「これで対等でしょ?」
「ねえ家入さん」
午前の講義も終わって、お昼でも食べに行こうかな、なんて思っていたらクラスの子に話しかけられました。
相手とは特に仲が良いわけじゃなくて、最初の頃に少し話したことはあったかな、なんて程度の間柄。だから彼女が私に声をかけるということは、何か特別な理由があるに違いありません。
「なんでしょうか?」
「その……」
彼女は少し言い淀みます。彼女の目線が私だけじゃなくて、一緒にいる友達にも向けられているのを感じます。きっとここでは言いづらい話なのかもしれません。
「先に行ってるねー」
だから彼女の気持ちを察したのか、単に居づらいだけなのか、友達は私を置いて教室を出て行ってしまいました。
私たちもどこかに移動した方がいいのかな、なんて思いましたが、教室からどんどん人が減っていく様子を見て、彼女は話を始めました。
「今日の朝、家入さんの彼氏を見かけたんだけど」
先輩の存在は思いのほか有名なようです。それは単に目立つ頭だからでしょう。大学生活にも慣れてきましたが、なかなかあの色の人は見かけません。なんだかんだ皆無難な色合いに落ち着くみたいですし。
もちろん先輩だけが金髪なわけじゃありませんので、金髪という情報が一人歩きしていて、全然関係ない人と勘違いされることもありますけれど。
「なんか女の人とべったりだったんだけど」
だからこれも人違いでしょう。私は思いました。
けれど思い当たる節がないわけではありません。
だとしたら、付き合ってることになってるって釘を刺しておいたのに、先輩はホントに迂闊ですね。
とりあえず事実確認はしておいた方がいいでしょう。あり得るのはたぶん、ステイシー先輩の方。
「一緒に居た人も金髪でしたか?」
「そうそう。綺麗なブロンドで、ちょっと色合いは違ったけど、まるで二人で揃えたみたい」
「なら大丈夫ですよ。それは──」
知り合いだから、と口から出かかったところで机の上に置いてあったスマホが震えました。同時に点灯した画面には、ステイシー先輩からの未読メッセージがあるという通知が表示されています。
私は一言断りを入れてメッセージを確認しました。目に飛び込んできたのは一枚の写真。それは加藤先輩とステイシー先輩のツーショット写真でした。
「どういうことですか」
「え?」
クラスメイトの声で私は思わず
すぐに私は謝ると、先ほどの話のこともありましたから、彼女に写真を見せて再び事実確認することにしました。
「見たっていうのはこの二人ですよね?」
「そう、……ってこれ……」
彼女が言葉を失ったのは、たぶん写真せいではありません。そこに添えられていた、私に怨嗟を沸かせたメッセージ──。
『私たち付き合うことになりました』
──これのせいに違いありません。
流石に彼女の反応を見て、私は画面を見せたことは迂闊だったと気づきました。面倒な事は避けたいですから、意味がないとは思いつつ最後に釘は刺しておきます。
「この事はくれぐれも内密にお願いしますね」
彼女はうんと頷きました。どの程度信頼たり得るか判りませんが、何も言わないよりはマシでしょう。
そして教室を去って行く彼女の背中を目で追いながら私は考えます。ステイシー先輩はどういうつもりでこんな事をしてきたのか。
フリとはいえ、私と加藤先輩が付き合っていることは知っているハズです。だから私に断りがないというのは不義理ですし、加藤先輩がそうするはずがありません。しかも内密にするでもなく、こうして大っぴらにするのだから、なおさらたちが悪い。
考えていても埒があきません。すぐに既読を付けちゃいましたし、直接訊いてみるしかありませんね。
『どういうつもりですか?』
下手に探りを入れるようなこともせず、直球で攻めることにします。
メッセージを送ると、すぐに返事が届きました。
『これで対等でしょ?』
対等とは何でしょう。私と同じ『恋人のフリ』ということでしょうか。
もしそうだとして、ステイシー先輩に何のメリットがあるのでしょう。……いえ、それは私にとっても同じことが言えるのかもしれません。
そうなると……。
『好きなんですか、先輩のこと』
『付き合うって、そういうことでしょ?』
思いがけない即答でした。……まあ、正直そんな事だろうと思ってましたし、今さら驚きもしません。
『一応私と付き合ってることになってるんですけど』
『丈留に浮気された可哀想なヒロインとして清算できるよ?』
『清算なんてするつもりありません』
『その気はなくても決算の時期は来るよ。そして利益の無い事業は切られる。ビジネスなら何もしない大夢はもう終わり』
『あいにくですがこれはビジネスゲームじゃありませんから』
『確かにゲーム理論じゃ解き明かせないよねー』
ゲーム理論? 何を言ってるんでしょうこの人は。なんにせよ、これはきっとステイシー先輩からの宣戦布告です。
だいたい、先輩も先輩です。まんざらでも無いみたいな顔してるの、ちょっと腹が立ちますね。
すると小さくぐうという音がお腹から聞こえました。腹も立つけど、腹も減った、なんて感じで。そこでようやく友達を待たせてることを思い出して、私以外誰もいない教室を後にしました。
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