「こうやって話すのも何か良くないですか?」

 あれ以来、俺はステイシーの姿を見ていない。


 恋人、か。

 ついこの間、家入と付き合うことにはなった。けれどそれは二十六木とどろき先輩の悪ふざけでそうなったに過ぎない。

 だから面と向き合って付き合おうなんて言われたのはこれが初めてだ。

 こんな時どうすれば良いのだろう。そう思いながら俺はテキトーな恋愛映画を再生していた。

 映画は後半に差し掛かっただろう。

 ぐるぐると渦巻く頭でも解る。正直なところ、今の俺の悩みなんてのは子供じみた恋愛ごっこなのだ。


「見る映画、間違えたな」


 誰にいうでもない独り言の末に、戻るボタンで再生を停止した。

 この続きはもう見ないだろう。そう思いながら立ち上がり、部屋の窓を開けた。

 昼間はもう暑さを感じ始めるくらいにはなってきたが、夜はまだ肌寒い。それでも俺は特に考えもなしにベランダへ出た。

 ベランダから見える景色は明るい。マンションや街灯の光によって照らされる夜空は、妙に明るい色で星も見えやしない。

 早々に景色を諦めた俺が目を向けたのは隣、ステイシーの部屋だ。

 帰ってきたときにはまだステイシーの部屋は暗かったのだが、もう帰ってきただろうか。

 間仕切りの向こう側を覗き込もうかと思った矢先、背後からカラカラと窓が引く音がして心臓が跳ね上がった。

 振り向いた先にあるのはもちろん、家入の部屋だ。

 途端に後ろめたさに見舞われて、そっと部屋に戻ろうとしたのだが、それより先にこちらを覗き込む家入と目が合った。


「何してるんですか先輩」

「……そっくりそのままの言葉をお前に返そう」

「ちょうど先輩にメッセ送ろうとしたんですけど、なんか外に出る音が聞こえて」

「そこまで壁薄くないだろ」


 とはいえ時折外から大声で話す通行人か誰かの声が聞こえたことがあるのは事実。

 家入はまるで誤魔化すように一度笑い、話を続ける。


「まあ直接話した方が早いかなって思いまして」

「……物音聞こえるくらいなら、話し声なんか他の部屋に丸聞こえじゃないか?」

「それはヤバいですね。まあ大丈夫ですよ」


 なんとも信用できない『大丈夫』である。まあこの際どちらでも良いと思い、話を続ける。


「で、何の用だ?」

「ああ、前にカンパしてもらったお金ですけど、この間可愛いぬいぐるみクッションを見つけたので、それでいいかなと」

「完全にお前の趣味嗜好じゃねえか」

「可愛すぎてヤバいんですよ。このマンション、ペットは飼えませんがぬいぐるみなら大丈夫ですし」


 そう言いながら家入はスマホを操作し始めた。

 ややあって「今画像送りましたから」と声がした。

 その言葉を聞いて反射的にスマホを取り出そうとしたのだが、遅れて二つのことに気がついた。

 一つ。スマホは部屋の中だということ。

 そしてもう一つ。


「結局メッセージ送ってくるなら話す必要なくないか?」

「あっ……ヤバいですね」


 思わずやれやれと肩をすくめたくなる。


「まあでも、こうやって話すのも何か良くないですか?」

「そうか?」

「なんか、漫画とかドラマみたいなシチュエーションじゃないですか」

「あー……まあそうだな。普通は隣の部屋に知り合いが住んでるとかないよな」

「発想が陰キャですよね。隣と仲良くなればいいじゃないですか」


 まあ確かに家入の言うとおりではあるし、俺にはそんな気概はない。

 ただ──。

 反対側の部屋を一度見るように振り返り、再び家入に目を向けて俺は言う。


「今はどっちとも元からの知り合いだからな」

「あはは、凄い偶然、ヤバいですね」


 家入は笑って言う。

 しかしホントに偶然なのか。まるで作為めいた感じすらあるのだが……。


「先輩が隣でよかったです」

「そ、そうか?」

「おかげで退屈しませんからね」


 別に俺が居なくてもよろしくやってそうだし、単に俺が振り回されてるだけな気もするが、まあこの際いいだろう。


「じゃあクッションの件、考えておいてくださいね」

「ああ」

「ちょっと早いですけど、おやすみなさい」


 そう言って家入は部屋の中へと戻っていった。

 俺は本来の目的も忘れてしばらく夜風を浴び、しかし少し寒くなってきたので、早々に部屋へと戻った。

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