「あんた絶対告白されたら断れないでしょ?」
「──って感じすね」
『ふーん。楽しそうじゃない』
『今度はあたしも混ぜてよ』
「暇なんすか?」
『全っ然』
強い口調で先輩は言うと、今どれだけ忙しいかを語り始めた。
今までも就活に対する愚痴なんかを聞かされはしたが、そこ卒論の話までもが加わってきた。
それらに対して経験のない俺には、ただただ相槌を打つことしか出来なかった。
しかし先輩がそれを解っていることも、だからこそ単に話を聞いてほしいだけだということも俺は知っている。
昔から先輩とはこうなんだ。二年という歳の差は、長い人生にはちっぽけでも、俺たちのような学生にはとても大きな隔たりなのだから。
そして先輩は
『結局のところまだ
「なっ、唐突すね」
『もとは大夢ちゃんたちと遊んだ話だったじゃない。あたしの愚痴で脱線しただけでしょ』
「まあ、そうすけど」
先輩質問に対する答えはノーだ。
結局のところ俺は家入の言う『新・家入大夢』という名の仕切り直しに甘んじているだけだ。
いや、甘んじているのではない。家入の気持ちは知ったけれど、仕切り直したことでそれが変わっているかもしれないと思うと、かえって踏ん切りがつかない。
単に臆病なだけなのだ。
『この際だから言っとくけど』
「なんすか改まって。先輩も俺のこと好きとでも言うんすか?」
『流石に自意識過剰すぎてキモいわね。てかそんな軽口たたける癖に情けないわね』
先輩の言葉がグサグサと心に突き刺さっていく。
しかしその程度で折れるわけにもいかない。先輩の非難の声を半ば聞き流して、先輩から本題を聞き出すことにした。
「それで、どうしたんすか?」
『ああそうね。ステイシーも多分あんたの事好きなんじゃないかって思うわけよ』
あまりにも突飛な言葉に俺は面食らい、とっさに返す言葉が出なかった。
ステイシーが俺を? いやいや、そんな馬鹿な。
「先輩の
『ホント言うようになったわね。けどホントに大丈夫?』
「何がすか」
『あんた絶対告白されたら断れないでしょ?』
「そんな日は来ないから心配ないすよ」
まったく、何を心配しているんだろうかこの人は。
それより自分のことを心配すべきではなかろうか。
あんなに愚痴を語るくらいなんだ。聞かされる身としては、早く先輩には諸々を終わらせてほしいものである。
『ま、そう思うなら好きにしなさい。けど、あたしは言ったからね』
「はいはい」
こうして先輩は最後にはため息をつくだけとなり、『おやすみ』の言葉を交わして先輩との通話は終わった。
◇ ◇ ◇
「丈留って大夢のこと好きなのー?」
「はっ!?」
ステイシーの突然な言葉に驚き、講義後の教室に俺の声が響きわたる。まだ人気も多く、その視線の一部がこっちに向いたが、あくまでも一時的なものだった。
「何を藪から棒に」
「えー、事実確認? 恋人のフリはしてるんだったよねー?」
「まあそれは……そうだが。まあ何だ、それは先輩としてのよしみでだな」
「そんな回りくどい言い方しなくても、違うなら違うでいいんじゃないかなー?」
「そう言うお前だって、言葉に含みがあるようにしか思えないが?」
そんな言葉で生まれる一時の静寂。周囲の話し声が際立つ。
しかし直ぐにステイシーは俺に向けて言い放つ。
「じゃあ付き合おっか、私」
「はあ!?」
先ほどより大きな声が俺の口から生まれた。再び周囲の視線が集まり、しまったと後悔が胸に広がる。
今の言葉、他の誰かに聴かれていないだろうかと、そんな疑念が頭をよぎる。
『あんた絶対告白されたら断れないでしょ?』
そして次に浮かんだのが二十六木先輩の言葉。
まさか昨日の今日でこのシチュエーションに遭遇するとは。
いや、俺は『そんな日は来ない』と思っていた。今もそうだ。
だからこれはきっと夢に違いない。夢なら早く覚めて欲しい。
「じゃ、決まりねー」
「お、おい」
流石にこのままというわけにはいかない。俺だってきっぱり断れるのだ。
気づくとステイシーは俺の前を過ぎ去り、教室の出口へと遠ざかっていた。周囲にいた皆もその数を減らしている。
だが呼び止める言葉が浮かばなかった。だからその背中を追いかけようとする。
しかし俺が教室を出たときには、その姿はどこにも見当たらなかった。
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