「じゃあキスくらいはしたの?」
「あ、先輩!」「
ある日の昼のことだ。昼食を取ろうとしたところ、左右からそれぞれ異なる声が聞こえた。
まず右手に目を向けると
振り返るようにして左手にはステイシーの姿が目についた。同じくこれから席に着こうとしていたようで、そのまま俺の元へとやって来た。
「今からお昼だよね、一緒に食べない?」
「いいけど、ちょっと待ってくれるか?」
再び家入に目を向けてみたけれど、そこに家入の姿だけが無かった。少し目線を逸らすとこちらに向かってくるのが見えた。ピンク色の髪は見つけやすいな。
そして俺たちのところまでやってくるや、「先輩、その人が例のお隣さんですよね?」と挨拶もなしに訊ねてきた。答える前にステイシーの顔を見ると、突然のことに驚いた様子で、家入のことを誰だというように見ている。
「ああ、こいつがこの間話したステイシーだ。ステイシー、こっちは家入っていって俺の高校からの後輩だ」
「初めまして家入
何故だか古い付き合いという所を強調するように家入は言う。そこ関係あるか?
そんな家入の挨拶に対し、特に何も気にしていない様子でステイシーも応えた。
「大内アナスタシアだよ、よろしく。ステイシーって呼んでね」
「ステイシーってニックネームだったんですね。それにしても先輩がた、立ち話も何ですし、座って話しませんか?」
「いいけど、お前友達と一緒じゃなかったか?」
「そこは大丈夫ですよ」
そうは言うけれど、俺としてはなんだか気を遣うんだけど。そう思っていると、家入は俺の耳元に顔を寄せてこう続けた。
「私たちまだ付き合ってることになってますから」
「おいおい、マジか」
「まあでも、現実はそんなに甘くないですからね?」
そう言い残し家入は一度席へと戻った。恐らく俺たちと合流することを伝えにいったのだろう。
俺とステイシーも、そんな家入と共に座れる先を見つけると、向かい合わせに座って家入を待った。
やがてやって来た家入は当然のように俺の隣に座った。
「それで、その子が丈留の彼女?」
「こいつは……」
さっき家入は『付き合ってることになっている』と言ったけれども、この場ではどう答えるべきか。
というか、ステイシーの訊き方はまるで『俺に彼女がいる』と知っての言い方にも受け取れる。まあ周りがそう受け取ってるのだから、誰かから話を聞いたとして不思議でもないか。まずは無難に返しておこう。
「そういうことになってるみたいだな」
「実際は違うみたいな言い方だねー?」
ステイシーの言葉とともに、足に痛みが走った。誰かが踏んできたというのは解る。足下に視線だけ向けると、案の定家入が俺の足を踏んでいた。
「恥ずかしがらないでくださいよ先輩。ラブラブですよね、ラブラブ」
「え、お、おおう?」
なんだかさっきからやけに仲の良さを強調してくるな。
付き合ってることになってるとさっきは言っていたし、ステイシーもそのことを知っているようだけども、ここまであからさまに付き合ってるフリをする必要があるのだろうか。少なくとも俺にはそんな理由が思い浮かばなかったのだけれども、家入はどうなんだろう。
「ふーん、じゃあキスくらいはしたの?」
「ふふん、キスしまくりですよヤバいですよ」
「その割にはまだエッチはしてないよねー」
「ぬおは!?」
家入から変な声が出たが面白くて、俺はステイシーの言葉よりもそっちに吹き出してしまった。だからだろうか、家入はそんな俺に恨みを込めるように睨んできた。
「ゴムが未開封だったよー?」
「ふっ、ふふっ。あれはですね、その……えっと…………先輩、何なんですかこの人! ヤバいですよ!」
「ステイシーはアメリカンだからな」
「そんなに薄味じゃないよ。むしろ顔が濃い味じゃない?」
そんな軽口をたたきつつ、ステイシーは「でも」と続ける。
「その様子だと、思った通り付き合ってるってのは嘘みたいだねー?」
「ぐぬぬ……」
唇をかみしめるようにして悔しがる家入。ステイシーの方が一枚上手だったようだ。いつから気づいていたのか、それとも
「ステイシーの言うとおり、ホントは付き合ってない。けれども、しばらくは付き合ってることにしといてくれないか?」
「えー、なんでー?」
必死に嘘を吐く家入を見ながら考えて、俺は気付いたのだ。
第一に家入と成り行きで付き合い始めてそれほど経ってないということ。すぐに別れたとなると、その理由を語らねばならない。
第二に家入が髪を染めたこと。端から見れば俺の影響だと考えるだろう。
つまり家入にとって、付き合ってないとなるのは何というかばつが悪い。本人の自業自得だったり、そもそも二十六木先輩がそそのかした所為ではあるのだけれども、一応俺も事の片棒を担いではいるので、話を合わせてやるのが筋だと思う。
とりあえず責任の所在は明らかにしておくべきだ。
「二十六木先輩が悪い」
「あー、何かご愁傷さまー」
察しが良いというか、二十六木先輩の名前を出しただけでステイシーは途端に可哀想な物を見るような視線を俺たちに向けた。
「じゃあ問題ないよね?」
「何が?」
「これからも丈留の部屋に遊びに行くこと」
「まあ……」
「そうはさせませんよ。私もお邪魔しますから」
その言葉を皮切りに家入とステイシーはまるで睨み合うように視線を交わすのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます