「ちなみに先輩ならお金出せますか?」

 夕食を済ませて片付けまで終えた俺たちは、家入の部屋を後にした。と言っても、すぐ隣にある俺の部屋へと移動するだけなんだけれども。なんというか、外出時間数秒なのは不思議な感覚だ。

 一方の家入いえいりにとっては慣れたもののようで、俺より先に部屋の奥へと入っていく。その背中を見送りそうになって、俺ははたと気づいて引き留めた。


「手洗いくらいしろよ」

「先輩も今一緒に来ましたよね? 隣ですよ?」

「普段手を洗う前に触るだろ、ドアノブを」

「先輩って結構神経質ですね。わかりましたよ」


 二度目の手洗いを済ませて、いつものように俺はベッドを背に、家入は座椅子に腰掛ける。やっぱりこの感じの方が落ち着くと思った。


「クンクン、他の女の人の匂いがしますね」


 座椅子の匂いを嗅いで家入は言う。もちろんそんなはずもない、口から出任せだ。


「俺しか座ってないぞ」

「なるほど、これが先輩の匂いですか」

「座椅子の匂いだと思うぞ」


 家入のことはテキトーにあしらいつつ、俺はテレビを点ける。

 一方の家入もスマホを触り始める。多分、ネットでおすすめを検索しているのだろう。言いだしっぺの俺もそれにならうようにスマホを手にして、検索ワードを入力する。


「おすすめ50選って、多すぎてヤバいですよ」

「そうだな……」


 配信されている全作品に比べれば母数は減っている。けれどもその中から今日見る一つを選ぶにはまだ多い。


「まあでも、さっきの話で思ったんですけど、困ったらコメディにしておけば間違いなさそうですね」

「それもそうだな」


 夕食の際に話した結果、互いにコメディはわりと好きな部類らしい。まあ笑いがそのまま楽しいという感情に直結するわけだから、ある意味当然というか、単純思考だとも言えよう。

 しかしコメディと言ってもお笑い番組じゃないんだから、ストーリーはあるし、そこに共感や理解がないと笑えないケースもある。コメディならなんだっていいわけじゃない。


「これどうだ? 百姓が藩に金貸そうとする話」

「またお金の話ですか。好きですね」

「前回はお前が選んだだろ」

「そうでしたっけ? まあいいですよ、これにしましょうか」


 そう言って家入がリモコンを操作する。やっぱりチャンネル権は家入にあるらしい。俺の部屋なのに。

 検索画面を表示してタイトルを入力する。キーボードやスマホみたいなタップじゃないから少し入力が面倒くさいらしく、家入はぼやきながらタイトルを入力する。何文字か入れたところで候補として現れたので、再生ボタンを押した。


 ◇ ◇ ◇


「思ったよりコメディではなかったですね」

「いや、でも程よくコミカルで解りやすくないか? 史実に基づいてるらしいし」

「そうですね。時折入る説明も解りやすかったですよね」


 現代の感覚だと当然、貫文かんもんだの両だの言われてもピンとは来ない。けれどもそういった部分は都度解説が入るので、事前に勉強しなくとも問題なく見れるのはありがたい。

 けれどもその分ストーリーへの没入感がないので、そこを気にするようだったら微妙とも言える。


「それにしても、馬にも籠にも乗らないって、今の時代なら余裕ですね」

「まあ普通に暮らしてたら馬にも籠にも乗らないよな。今で言えば公共交通機関を使わないって感じか?」

「でも車じゃ結局お金かかるから、この話みたいに節制は出来ないですね。電車の方が安上がりな場合もありませんか?」

「まあそれはそうだが……。別に、馬に乗らないのは節約のためじゃないだろ? 生き方っていうかさ……」

「ああ、そう言う話でしたね。ちなみに先輩ならお金出せますか?」

「それは、金がある前提でいいか?」


 俺の問に家入は頷き、「それこそ宝くじ三億当たったことにしましょう」と答えた。以前見た映画の話を巻き込んできたようだ。どちらも金の話だから当然か。


「三億もあったら俺一人で藩に貸す金がほぼ揃うな」

「その代わり、末代まで上座かみざに座れない呪いにかかります」

「それだとメリットが……。違うな、もともと町のために金を出す話だったよな。……メリットとか考えた時点で俺には無理だな」


 やっぱり利己的な考えに至る。町のためといっても、基本的には他人のため。本当に金があれば利他的になれるのだろうか?


「まあ当然の結果ですかね。しかし先輩、一口千円ならどうですか?」


 家入はそう言うと両の手を揃えてこちらに差し出してきた。


「何だその手は」

「一口千円です」

「何のカンパだと訊いてるんだけど」

「この部屋で楽しく過ごすための何かに使うお金ですよ。あ、じゃあ私は一口出しますね」


 家入は鞄から財布を出して千円を取り出した。まあ結局は家入が預かるのなら同じなんだけど。

 その光景を見て、なんだか頭の片隅に引っかかる物があった。


「そう言えば、前にも似たような理由で金払わなかったか?」

「えっ……あー、英語禁止ゲームの時ですか?」

「そう、それだ。あの時プールした金はどうなったんだ?」


 俺の言葉に家入はすぐ目を逸らした。これは明らかに横領したな。呆れてため息を漏らすと、家入が震えたような声で弁解を始めた。


「そ、その、座椅子買うのに使ったワケで……」

「誕生日プレゼントじゃないのかよ。つか、基本お前が使ってるしな」

「先輩も使ったんですよね? なら良いじゃないですか。それにプールしたお金じゃ足りませんから、ちゃんと私の財布からもお金は出してますからね」

「相談や報告がなかったら横領と同じだろ」

「むむむ……」


 家入は困ったような表情を見せた。

 と言っても自業自得なわけで、フォローするつもりはない。ただ、挽回の余地くらいは用意してやろうと決めた。


「俺にカンパさせたかったら、その千円で何か買ってきてくれ。もちろん、報告と相談はしてくれよ?」

「……わかりました、良いですよ。先輩が驚くような物買ってきますから」

「だから、まずは相談な」

「はーい」


 解ってるのか不服なのか、空返事する家入。

 おそらくだが、カンパを募る時点で既に目的があると考えていいだろう。

 いったい何を企んでいるのか分からないが、とりあえず初回は家入の千円だけなので、期待せずに相談を待つことに決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る