「何やってるんですか?」
「何で隣に住んでるわけ?」
ステイシーにそう
「いろいろあってねー。実家を飛び出した、みたいな?」
「飛び出したってお前な……」
そうやってステイシーを
「こっちだって、いい加減大人なんだから、自分で考えなきゃね」
「大人って、まだ未成年だろ」
「えっ、違うよー。もう二十歳だから。だから賃貸契約も親の同意とか要らないんだよねー」
ステイシーの誕生日は知らなかったけれど、どうやら俺と近いらしい。それだけで少しだけ親近感が湧いた。ただそれは、この話には関係ない。
気を取り直して隣の部屋になった理由を訊いてみたけれど、偶然の一言で済まされてしまった。
「まあそう言うわけだし、お隣さんとしてよろしくねー」
などとステイシーは軽く言うけれども、なんだか面倒ごとの予感しかしなかった。
そしてその予感が的中したなと感じたのは、翌朝のことだった。
チャイムが鳴ってドアを開けてみると、そこにはステイシーの姿があった。
「これ開けてー」
そう言うステイシーの手には瓶があった。とりあえず受け取ってみて、それがピーナツバターだと判る。
何故俺が、という気持ちも感じつつ、受け取ったからにはやるしかないかと、ふたを回そうと試みる。存外固くはあったが、少しして蓋は開いた。
「やるねー。これから毎日
「あのな。ゴム手袋とかで滑らないようにするとか工夫するとこから始めろ」
毎朝こんな事に駆り出されるなんてたまったもんじゃない。そう思って断ったつもりだったけれども、その日の晩にもステイシーはやって来た。
「丈留ってみりんあるー? レシピに書かれてるんだけど、家になくて」
「酒と砂糖で代用しろ」
一人暮らしあるある。みりんなんて家に無い。みりんは甘みやてり、コクを出すためのもの。その辺は酒と砂糖である程度換えが効くのだ。
「酒と砂糖はもう入ってるよ?」
「みりんの代わりにもっと入れろって事だ」
「どのくらい?」
「……テキトー」
正直なところ、こういうときの分量はよく分からない。とりあえず自分は感覚的に同量の酒と、二、三割の砂糖を入れているけれど。
あまり下手なことを言って失敗されても嫌なので、ステイシーには「検索してみろ」と答えておいた。何事も、人に訊くより自分で調べるのが大事だと誰かが言っていたはずだ。
そうやってステイシーを追い払ったところで、自分の夕食のことを考え始めた。近頃はスーパーやコンビニの弁当なんかが多い。もう少し前はまともな食事をしていた気もしていたけれども、あれは家入のおかげだった。
そういえば、そもそも調味料ってどの程度残ってただろうか。流石にステイシーに酒や醤油をせびられることは無いとは思いつつ、調味料入れを確認する。
「うわ、みりんあるのかよ……」
思わず声に出てしまう。
ただ、みりんとは言ってみたものの、よく見るとそれはみりん風調味料だった。
買った覚えがないので、たぶん
折角だしステイシーに届けてやろうかと思ったけれども、今さら遅いだろうし、そもそも家入が買った物だから勝手に渡すわけにもいくまいと思いとどまり、そっと棚に戻した。
「しっかし……」
部屋を見回すと、思いの外家入の買ってきたものが多いと気付く。
けれどもその本人がこの部屋にはいない。まるで同棲して別れたカップルの気分だ。……まあ数日とはいえ付き合ってた事にはなってるけども。いや、あれを付き合ってたとカウントしていいのだろうか?
「返した方がいいのか?」
必要なら取りに来るだろうか。いや、それならとっくに取りに来ている。
多分このまま待っていても家入は来ない可能性がある。正直なところ出来れば直接会って話がしたいとも思うし、ここは俺の方から出向くしかないだろう。
そうやって意を決した俺は部屋を出て、隣の部屋、すなわち家入の部屋の前に立った。
インターホンを鳴らす手が緊張して震える。割と勢いで来てみたが、やっぱり何を話そうか。
「何やってるんですか?」
左耳の方から飛び込んできたその声に、俺は心臓が止まるかと思うほどに驚いた。
視線を向けると、そこには家入が──。
「誰だよ!?」
そこにいたのは漫画から飛び出してきたようなピンク色の髪の少女。こんなの町中で見たら二度見する自身がある。そうでなくとも、一度は視線を奪われてしまうだろう。これに比べれば俺の金髪なんて平々凡々だ。
「何言ってるんですか先輩、家入ですよ。家入
「そんな事は解ってるよ。なんだよその髪」
「……まあ立ち話もなんですし、どのみち私に用があったんですよね? 中に入りましょうか」
家入はそう言って鍵を開け、部屋の中に入ろうとする。少し迷ったけれども、俺も閉まっていく扉を掴んで開き直し、家入の後に続いた。
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