「じゃあ1個貰ってもいい?」

「飽きた」

「は?」


 ステイシーに勉強を教え始めてからまだ十五分といったところだろうか。早くもステイシーはごろんと寝転んでしまう。

 頼まれたから教えてるのにこんな態度を取られるのはやっぱり少し腹が立つ。一言もの申してやろうとしたけれども、それよりも先にステイシーが訊ねてきた。


「ていうか、何それ座椅子? ちょっと座らせてー」


 俺が座っているのは家入が買ってきた座椅子だ。この間は家入が使っていたけれども、一応俺の誕生日プレゼントという名目で渡されたわけだから、普段は俺がこれを使っている。


「やだよ」

「えー、そういうのは客人に譲るのが世の常でしょ」

「半ば無理矢理押しかけてきたうえに、すぐに飽きたとか言って放棄するようなやつを客人扱いする気はさらさらない」

「別に良いじゃん、勉強とか。どうせみんながみんな真面目に授業出てるわけじゃないし。多少すっぽ抜けても大丈夫でしょ」


 そりゃ確かに時々しか見ないようなのもいる。けれども、一回サボると授業について行けないこともあるというのに、ステイシーなんかは導入から授業を聞いてないのだから、きっと何の話かさっぱりなんじゃないかと思う。

 しかしそんなステイシーには馬の耳に念仏といったようで、説得虚しく勝手に部屋の中を物色しだす始末である。


「何か面白い物ないのー?」

「何だよ面白い物って」

「遊べるものならなんでもいいよ」


 もはや目的が家入と同じである。何故彼女たちは俺の部屋で遊ぼうとするのか。

 仕方がないのでテキトーにゲームでもやらせて帰って貰おう。そう思ってステイシーに提案しようと目を向けると、ベッドの下を覗き込むステイシーの姿があった。


「エッチな本とか出てきたら丈留たける揶揄からかって遊べるんだけどなー」

「悪いけどご期待に添えそうにないな」


 少なくともベッドの下には何もない。見られて困るようなものが簡単に誰かの目に留まるようにはなっているわけが──。


「そうでもないんじゃないかな?」

「え?」


 ステイシーの手には見覚えのない箱……いや、どこかで見たような?


「ちょっと貸してくれ」


 返事も待たずに取り上げるような形でその箱を手に取ると、いつだったかベッドの下から出てきたというコンドームの箱だと判った。二十六木とどろき先輩が置いていったというやつだ。

 けれども、問題は何故これがここにあるのかということ。あれは家入が回収していったし、だから無くなってたという話をこの間先輩がしていたはずだ。

 そうなると考えられる可能性は二つ。第一に二十六木先輩がまた置いていったパターン。けどそんなタイミングは無かったハズだ。

 そしてもう一つ、家入がここに戻したパターン。けれども、そうする理由というのが特に浮かばなかった。

 ちなみに箱は未開封。使われた形跡が無いことに何故だか安堵した。


「もしかしてワンチャンあるとか思われてるかな? いやー、悪いんだけど、部屋には上がるけどそんな軽い女じゃないんだよねー」

「全然思ってないから、な?」

「それはそれでムカつくー」


 ステイシーはそう言いつつ、勝手に封を開け始めた。そして箱から中身を取り出して、連なっているうちの一つを切り離した。


「だいたい未開封でベッドの下とか使いにくくない? こうやって出しといて枕元に置いとくと使いやすいんじゃないかな。別に一度に全部使うわけじゃないんだし」

「俺に言われてもな。それ二十六木先輩が勝手に置いていったやつだから」

「え、丈留って有希ゆうきちゃんと付き合ってたの!?」

「無いわ」


 興味があるのか無いのか、「ふーん」なんて空返事しながら、ステイシーはさらにもう一個を切り離す。


「じゃあ1個貰ってもいい?」

「勝手にしろ。何なら全部持っていってもいいぞ」

「何それセクハラ? 単に財布に入れて金運アップのために欲しいだけなんだけど」

「おまじないか何かか?」

「知らない? おまじないってよりは、人前で財布開けづらくなるから貯まってくって裏技みたいな感じなんだけど」

「初耳だわ」


 妙に生々しい裏付けがあるだけに、ある意味ただのおまじないよりは信憑性がありそうだ。けれども、さすがに自分も試す気にはならない。一方のステイシーはというと、本当に自分の財布の、しかも開けてすぐに見えるようなところにしまっていた。


「でも丈留はどうやって節約してるの?」

「節約?」

「一人暮らしって結構お金かかるんだね。もう早速火の車なんだけど」

「あれ、一人暮らし始めたのか? 確か前は実家暮らしだったよな」

「そうなんだよねー」

「どこに引っ越したんだ?」

「すぐそこだよ。あ、帰りはもちろん送ってくれるよね?」

「まあ、仕方ないな」


 近頃は暗くなるのが遅いとはいえ、流石にもう窓の外はかなり青い。この辺りは比較的街灯もあって人の往来もあるが、それでも送っていくに越したことはない。


「じゃあ行くか」

「えっ、もういくのー?」

「これ以上勉強する気ないだろ。何しに来たんだよ」


 追い返すようにステイシーを玄関まで導く。ステイシーも不服そうにはしつつも、なんだかんだで応じてはくれた。

 玄関のドアを開けて部屋から出たところで、「あっ」という声が聞こえた。反射的に目を向けると、出掛けるのか帰ってきたのか、家入の姿がそこにはあった。

 家入とは話したいことがあったはずだけれども、それが言葉にならなかった。家入の方も何か言いかけて──。


「どーしたのー?」


 靴を履き終えたステイシーが顔を出してきたのを一瞥して、家入はドアを開いた。そして彼女はそれ以上何も言わず、そのまま自分の部屋へと消えていく。

 とり残された俺の顔を、ステイシーがのぞき込んでくる。


「おーい、丈瑠?」

「あ、ああ、悪い。とりあえず、行くか」

「ちょっと待って」


 家入のことは気になるけれど、今はステイシーを送っていかなければいけない。気持ちを切り替え、エレベーターまで行こうとしたのだけれども、出鼻をくじくようにステイシーが俺を引き止めた。

 何か忘れ物でもしたのか。そう考えたんだけれども、ステイシーは思いもしない言葉を俺に向けた。


「こっちだよ」


 ステイシーが指し示すのはエレベーターとは反対側。そのまま進んでも突き当たりなので、マンションから出ることは出来ない。

 けれどもステイシーは俺がそっちへ行くのを待ち続けるものだから、仕方なしに俺は彼女の元へと歩み寄った。それを見てステイシーも歩き始めたかと思いきや、ほんの数歩歩いたところで立ち止まる。

 立ち止まったのは俺の部屋の隣、家入とは反対側の部屋の前だった。


「おい、お前まさか」

「どうもー、隣に引っ越してきた大内アナスタシアでーす。以後お見知りおきを」

「はあ!?」


 あまりの唐突さに、共用廊下であることを忘れて大声を出してしまう。慌てて口を塞ぐ俺に対し、ステイシーはまるでしてやったりと言わんばかりの顔を見せるのであった。

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