「私、そんなに魅力ないですか?」
二人で寝るには窮屈なベッド。流石に仰向けにはなれず、俺は
家入もまた、俺に背を向けている。寝ているのか起きているのか、どんな表情をしているのか。全く判らない。
季節は春。日中は暖かいけれども、夜はまだ少しだけ肌寒い日もある。けど今日は、自分とは違う体温が俺の体温を上げていくように感じ、少し暑いと錯覚する。
静寂に包まれた部屋。時折布が擦れる音が静かに響いて、微かながら呼吸する音も聞こえる。寝息……ではないその音に、まだ彼女が起きていると確信する。
そんな時間がどれだけ流れたんだろうか。一時間かもしれないし、十分くらいかもしれない。だからって時計を見る気にはなれなかった。
しかし永遠とも思える静寂は唐突に破られた。
「何もしてこないんですね」
思った通り起きていた家入。その言葉の意味をはかりかねて、俺は即答できなかった。
いや。よく考えてみたところで、何もしないという言葉に対して、肯定も否定もできないと感じた。俺だって、出来ることならしたかったから。
「無理だろ、流石に」
あの時と違って、今日は
一線は越えたけれども、成り行きで付き合い始めたけれども、だからって今この場で易々と手出ししていいわけじゃない。家入の気持ちがわからない。それを言葉で訊いて良いのかもわからない。
それに。今日に限って言えば、他にも理由がある──。
「私、そんなに魅力ないですか?」
しまった。俺が返した言葉の意味を、彼女はそう捉えてしまった。
それは……違う。家入に魅力がないとは思ってない。何も無ければ、酔ってなくても何かしたかもしれない。
けれど今日、何故家入が俺の隣に居るのか。その理由を思い返すと自ずと何も出来なくなるのだ。
「さっき言ってただろ。得体も知れないものを植え付けられるのは怖いって」
「先輩なら……得体は知れてますよ」
さっきの映画が怖かったというので気を遣ったつもりだったのだが……。
そう思っていると、突然家入は笑いだした。
「でも先輩、植え付けるとかそんなコト考えてたんですね。なんかやらしいですよ」
「え、いや、だってお前……」
「まあでも、そんな変な気遣いする先輩のこと、私は好きですよ」
「な、何言って……」
思わず振り返ると、すぐそこに家入の顔があった。その近さに驚いて、顔を背けるように正面に向き直ってしまう。
何をしてるのだろうか。俺も、家入も。再び訪れた静寂の中で俺は考えた。そしてただ時間が流れていく。
「先輩」
家入が再び声をかけてくる。でも俺は言葉を返さなかった。寝ていると思ったのだろうか。それとも返事は要らなかったのか。とにかく彼女は話を続けた。
「ホントはあの夜、何もなかったんですよ」
あの夜とは、誕生日の時のことだろう。
何もなかった。これも何のことかと一瞬思ったけれども、多分翌朝のやり取りは嘘だったって意味に違いない。
つまりどういうことだ、と考えを巡らせる。
あの朝、俺は責任を取る形で家入と付き合う事になった。けれどもそれが嘘だというのなら、この関係は成立しないことになる。
だったら? 何故家入は今そのことを打ち明けたのか。付き合う必要ないんだから何もするなってことか? それとも何もなかったんだから気負わなくてもいいということ?
真意が知りたかった俺は、今度は体ごと振り返って家入の方を向いた。
「なあ家入」
けれどもその呼びかけは静寂へと溶け込んでいった。聞こえるのは家入のすうすうという寝息だけ。
今のは寝言だったのだろうか。それとも……。家入の寝顔を見ながらそんなことを考えつつ、やがて俺も眠りに落ちていった。
◇ ◇ ◇
そして朝になって目が覚めたとき、隣に家入の姿は無かった。部屋の中を見回してもその気配もない。
直感的にドアポストを開いてみると、中には鍵が入っていた。この部屋の鍵、家入が持っていた合鍵だ。
『バカじゃないのあんた』
丁度
『好きって言われたんでしょ? だったらそのままガバッといっちゃいなさいよ』
「でも……」
『でももだっても無いわよ。実際のところやっぱりあの子のこと好きなんでしょ?』
「それは……」
『この間の話からも凄い感じるのよ、そう言うところ。まあ、自分で気持ちに整理出来てないんでしょうけど。あたしに『昔は好きだった』なんて言えるんだから、整理さえつけばなんとかなるでしょ』
「整理か……」
確かに俺は、自分の考えに整理が付いていなかったようにも思う。置かれた状況にただただ戸惑っていただけ。家入のことが好きかどうかは……今はよく解らない。
少なくとも、電話の向こうの人を好きだったことがあるけれど、そのときに向けていた気持ちと同じかというと、違うような気もする。
けれども、先輩への気持ちは終わったことだから、客観的に理解できたような気もしないでもない。
やっぱり今あれこれ考えていても、すぐには考えがまとまりそうになかった。だから少し考えたいと先輩には伝えた。またとやかく言われるかと思ったけれど、先輩は何も言わずそれを肯定した。
そこでふと思い出す。そういえば先輩は何で連絡してきたんだっけ、と。
『そうそう、そう言えばあの子、休み明けたら学校来るって?』
「え、誰のことすか?」
『ステイシーよ、連絡来てない?』
「は!? マジすか!?」
先輩のそんな報告に、何だかいやな予感しかしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます