「……一緒に寝ないんですか?」
結局、
一度自分の部屋に戻って着替えを取ってくる家入。隣の部屋に住んでいる以上、帰れない状況じゃない。だから『俺の部屋に泊まる』理由なんてのは限られてくる。俺と家入は付き合っている。男女関係という特別な関係こそが『俺の部屋に泊まる』ための理由となり得る。
男女が一晩をともにする。その関係が恋人同士だというのなら、もうそれはそういうことだ。
別に家入が泊まっていくのは初めてじゃ無い。この間の誕生会の時がそうだ。そして結局そのときに一線を越えているのだから、もはや当然の流れなのかもしれない。
けれども客観的事実はそうであっても、俺がそのときのことを覚えていない以上、俺の主観では初めてのことなのだ。だから緊張だってする。
「シャワー借りますね」
着替えを取りに行くのなら、そのままシャワーを浴びて着替えて来れば良かったんじゃないだろうか。そんな疑問が浮かんだけれど、なんだか野暮な気がした。
そして彼女は続けざまにこう言ったのだ。
「風呂場の前に居てもらっていいですか?」
「なっ、何でだよ」
「……良いじゃないですか。こんな機会、滅多にないですよ?」
家入の言葉に驚きはしたけれど、驚きすぎてかえって冷静になった。そして感じたのは、家入がどこか無理をしているということ。
とりあえず俺は家入に言われるがままに風呂場へ行こうとしたのだけれども、「ちょっと待ってください」と止められてしまう。
「これじゃ服を脱ぐのを見られてしまいますね」
「まあそうだな。じゃあ風呂場に入ったら声かけてくれ。そしたら行くから」
「ホントですね? 絶対ですよ?」
やけに念を押されてしまう。その様子から俺の考えは殆ど確信に変わった。
「もしかして怖いのか?」
B級でSFとはいえ、さっき観た映画はホラーといえばホラーだ。『俺の部屋に泊まる』理由は、決して俺が思っていたようなことじゃなくて、一人になりたくないというシンプルな気持ちなんだろう。
その予想は当たっていたようで、ややか細い声で肯定の言葉を漏らした。
「そんな大したホラーじゃなかっただろ」
「それは……。男の人には解らないかもしれませんね。だって、地球外生命体の子供を植え付けられるんですよ?」
「……なるほどな」
そんな考えは俺の頭になかったので、ハッとさせられるところではあった。
別に男女問わず、寄生虫に卵を産み付けられることは現実にある。けどそれは見えてないミクロな出来事だったりするし、身体に影響を及ぼすような寄生虫は大体きちんと処理された状態で口に入ってくるのだから、実はあんまり現実味は無かったりする。
でも男と違って女は子どもを産む。自分とは違う生命が自分から出てくる経験をする。だからこそあの手の物語では女性がターゲットにされるし、もし本当にあんな生物がいたらと考えると、自分に被害が及ぶ可能性に至るんだろう。
そんなことを考えていたら、浴室の方から俺を呼ぶ声がした。俺はそれに応え、風呂場の前へと移動した。
目に飛び込んでくるのはさっきまで家入の身体を包んでいた衣服。聞こえてくるのは今まさに家入の身体を洗い流しているシャワーの音。つい想像してしまうその身体。さっき観た映画の記憶が、その想像をさらにリアルにしていく。俺は何も見ていないし何も聞いていない。そう思いながらただ時間が経つのを待った。
家入のシャワーを終えると、今度は交代で俺もシャワーを浴びた。もちろん家入は扉を隔てた向こう側だ。
その後、お互いあまり言葉を交わさないまでも、これから寝ようという共通認識で着々と支度が進められた。
すべてを終え、寝床として座椅子を倒して使えないかと試していたところ、家入が不思議そうに訊ねてきた。
「ベッドで寝ないんですか?」
「お前が使うだろ」
「……一緒に寝ないんですか?」
「……狭いだろ」
まるで互いの腹を探り合うかのような応酬。暫くはお互い譲らないといった具合だったが、最終的に家入の方が「しょうがないですね」と言い出した。なんとか折れてくれたか思いきや、そうではなかった。
「じゃあ勝負しましょう。勝った方の意見を採用で」
「解ったよ。何で勝負するんだ?」
「そうですね……しりとりはどうですか?」
「またシンプルなものを。いいぞ」
「ちなみに、野菜縛りです。先輩からどうぞ」
「や、野菜!? ルール後出しすんなよ……」
確かに単純なしりとりだとなかなか決着がつかずにダラダラ長続きする可能性もある。こうした縛りは早期決着を目指してのものだろう。
野菜、野菜……人参はダメだから……。
「トマト」
「豆苗」
即答だった。家入にしては頭の回転が速い。対する俺は、『う』で始まる野菜の名前が早速思い浮かばずにいた。
「早いな……。豆も野菜でいいよな? うぐいす豆」
「いいですよ。め……芽キャベツ」
やっぱり野菜縛りは難しい。早々に詰まり、出てくるのはあまりメジャーではないものばかりだ。
「つ……つ!?」
「ヤバくないですか? まだ始まったばかりですよ?」
「ぐぬ……つ、つくし。料理して食べられるらしいし、山菜ってことで」
「ししとう」
「う……瓜」
「り……り……あ、リーキ。西洋ネギですね」
野菜縛りだと言い出しただけのことはあって、家入の方に少し分がある。けれども、しりとりはしりとり。『り』でつまったってことは、次に『り』で終わる野菜の名前を言えば勝てる見込みがある。
「キャベツ」
「ツルムラサキ」
「き……」
あるじゃないか、『り』で終わる野菜。さっきは思わずキャベツなんて言ったけど、同じくらい誰もが知ってるような野菜。それは──。
「キュウリ」
勝ったな。これで家入は答えられまい。
「り、り、りゃ、りゅ……リュウキュウ!」
「何だそれ」
「そんな野菜があったはずです。調べてみましょうか?」
そう言って家入はスマホで検索し出す。すぐに結果が見つかったようで、合間を開けずに俺に画面を見せつけてきた。そこには『高知の夏野菜で別名ハスイモ』と書かれていた。
「……仕方ないな。う……う、う?」
「どうですか? 降参しますか?」
「ま、待て」
「じゃああと十秒待ちますよ」
そう言うと家入はカウントダウンを始める。それがさらに俺を焦らせ、思考を鈍らせる。
うあ、うい、うう、うえ……ダメだ、思い浮かばない。
「5、4、3、2、1、0! はい、私の勝ちですね」
「くそっ」
「残念でしたね先輩。ウドとかウコンとか、他にもありますよ」
勝ちの余裕からか嬉々として家入は言う。こういうのは終わってから思い出すものだ。瓜。奇しくも『り』で終わって家入に報いることができる言葉が頭をよぎった。実は勝ち確な流れだったのに、自分の力不足が悔しい。
「さ、一緒に寝ましょうか」
終わったことは仕方が無い。今宵俺は家入と二人並んで眠ることとなった。
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