「もっと一緒にいたかったですか?」


 夕食を食べてから映画を一本見る。普段なら家入がそろそろ帰ろうとする時間だ。しかし家入いえいりはそんな気配をおくびにも出さない。リモコンを操作しながら映画のラインナップを眺めているからだ。


「まだ観る気か?」

「ダメですか? まだそんなに遅い時間でもないですし。そもそも隣なんですから、終電どころか夜道すら気にしなくていいんですよ?」

「それはそうだけど」

「それに明日はお休みですからね」

「お前がいいならそれで良いけど」


 家入の判断に委ねると、彼女はそれを肯定と受け取ったようで引き続き映画を物色し始める。


『寝室は一緒が良いですか?』


 さっき家入が言った言葉が俺を惑わす。

 まだ夜の始まりに過ぎないこの時間。恋人として初めて過ごす夜に、俺はどうして良いのかがわからなかった。

 別に今までだって、もっと遅い時間まで遊んでいたことだってある。関係が変わったからって、単に俺が意識しすぎているだけなのかもしれない。だって家入はいつも通りなんだから。


「これとかヤバくないですか? B級ホラーぽくて」


 家入が見つけた作品は、タイトルから既にB級の匂いがしていて、評価もそう高くない。はっきり言って、見終わった後に後悔することが目に見えている地雷。


「うわ……B級で済めば良いな」

「どうでしょうね、楽しみです」


 家入は嬉々として再生ボタンを押した。世の中にはB級な物が好きな人も居るらしい。家入もその中の一人なのかもしれない。

 話としては地球外生命体に襲われる的な、SFホラーみたいな感じである。ただ何というか、あまりおどろおどろしい演出も感じられず、地球外生命体もなんだかチープな印象だ。まさにB級という言葉では優しすぎる、言い方は悪いがクソ映画であった。

 しかし家入は、流石に怯える程ではないにせよ、真剣にテレビへ目を向けていた。


「……面白いか?」

「これからじゃないですか。さらわれた妹を助けにいくんですよ?」

「そ、そうか」


 とうことで、さらわれた妹を助けに行くため、主人公は同じようにさらわれて助けに行こうとするんだけども……。地球外生命体による誘拐の発生範囲が狭いのか、他に人が歩いていないのか、いとも容易く主人公がさらわれていくワケで。やっぱりご都合主義的な展開だ。

 そう思っていた矢先のことだ。主人公の目の前に現れるは全裸の女性たちの姿。安直なエロ。ある意味B級に相応しいともいえよう。

 そして、こういうのは往々にしてお茶の間を凍り付かせる。いっそ濡れ場ならまだ良い。全裸はなんていうか、変なアダルトビデオみたいで余計に反応に困る。


「あわわわ」


 案の定、家入は取り乱している。しかも自分で選んだものがこんな内容だとなおさら焦るんだろう。

 こうなると映画よりも家入を見ている方が面白い気がして、彼女の方にしばらく目を向けていた。

 すると少しして彼女も俺の方に目を向け、俺たちの目が合ってしまう。結果生まれる、なんだか気まずい空気。

 そんな中でも話は進んでいき、シーンも変わる。話題を逸らしてやろう。


「なんか戦闘機が出てきたぞ」

「え……うわっ、なんですかこれ、ヤバいですね」


 再びテレビに視線を戻した家入は、戦闘機の描写に驚いた様子を見せる。……その驚きは、決して良い意味ではないのだろうが。

 そして場面は研究所へ。とりあえず妹は救出したようだが……。


「ええ……」


 妹の体から出てきた生命体によって研究所はパニックに見舞われる。生命体はどんどん増殖していき、最終的に主人公は命を落とす。まあゾンビ映画とかにありがちな展開かな。

 とりあえず最後まで観たけれども、なんというかいろんな意味で喪失感を覚えるというか、そんな感じだ。果たして家入はどう思ったのか。俺は問いかけてみた。


「どうだった?」

「えっ、そ、そうですね……」


 ぎこちない様子を見せる家入。無理も無い。結局家入は質問に答えもせず、同じ質問を返してきた。


「先輩は、どうなんです?」

「どうって、大したことないっていうか、微妙だよな」


 家入がこの映画に対して肯定的かどうか判らなかったので、念のため少しオブラートに包んで答えたつもりだ。これで家入も否定的な感じならもっとぼろくそに言ってやろう。


「そ、そうですか。……先輩は大きい方がいいですか?」

「……何の話だ?」

「えっ。あ、あれ、その……」


 家入はそれ以を答えようとせず、ただうつむくだけだった。

 何が言いたかったの気にはなったけれど、いつもとは違う家入の様子に、なんだかそんな気は起きなかった。


「おわっ、もうこんな時間ですね」


 まるで誤魔化すように家入は言った。多分俺の選択は間違ってないようだ。


「そうだな。流石にこの辺にしておくか?」

「……そうですね、今日はここでおいとましますね」

「おう」


 まあ当然というか、いつも通りの流れだ。安堵したつもりでそのまま流したけれども、家入は揶揄からかうかのように言ってくる。


「もっと一緒にいたかったですか?」


 その言葉に心なしかいつもとは違った雰囲気を孕んでいるように思えたのは、俺の本心を見透かされているような気がしたからだろうか。

 だから俺はいつもの調子で即答することができなかった。そんな俺の気持ちを汲んだのか、それとも最初からそういうつもりだったのか。


「仕方ないですね。今夜は一緒にいてあげますよ」


 家入は俺にそう告げるのだった。

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