「三億円当たったらどうしますか?」

 家入いえいりの作った肉じゃが(豚肉)は旨かった。旨かったのだけれど、やっぱり豚よりも牛の方が合う味付けだなと、俺は再認識した。

 そんなこんなで夕食を終えた俺たちは、今日の目的である映画鑑賞へと移るのだった。

 テレビを点けて配信サービスのアプリを立ち上げると、名前くらいは知っているような映画のタイトルがずらりと並んだ。


「じゃじゃん! 映画鑑賞といえば、やっぱりこれですよね」


 家入が取り出したのはポップコーン。家入が持ってきたマイバッグに入っていたものだ。さっき見たときから、映画を見ながら食べるんだろうと思ってたんだけど、期待を裏切らずその通りだった。


「俺としてはホットドッグも悪くないと思うな」

「そうですね……。お昼前に映画見ながら食べるホットドッグ、ヤバいですね」

「シチュエーションが細かいな。なんで昼前なんだよ」

「映画のあとはお昼ご飯食べるんですよ? カロリーがヤバくないですか? まあその背徳感がまた良いんですけど」

「カロリーとか気にしてないからな……」

「先輩、さらっとムカつくこと言いやがりますね」


 そう言って家入は睨み付けるように俺の方を見た。思わず目を逸らすように見た家入の身体は、別に太ってなんていないと思う。そこまで気にするほどでもないだろうに。


「なんかやらしい目つきですね」

「そういうんじゃねえよ。別に気にするほど太ってないだろ」

「ちょっとデリカシーなさ過ぎじゃ無いですか先輩。太ってないから大丈夫なんじゃなくて、食事や運動を気にしてるからこの身体を維持できてるんですよ。努力の結果なんです」


 家入が普段どんな努力をしているのか、俺は知らない。二十六木先輩のように背は高くないからスレンダーという印象はないけれど、華奢とまではいかない程度には細身だとは思う。流石に俺もそれが何もせず維持できるもだとは思っていない。


「あとジュースも買ってきたんですよねー」


 ただ、去年までに比べるとちょっと肉付きが良くなったような。微妙にそんな気はするんだけれども、流石にやぶ蛇なので言葉には出さなかった。

 冷蔵庫から二本の缶を取ってきて家入が戻ってくる。よく見るとその片方は缶チューハイだった。それは家入が買ってきた物でも俺が買った物でもなく、この間先輩含めた三人で飲んだときの余りものだ。


「先輩はお酒でいいですか?」

「俺もジュースが良い」

「私が飲まないからって遠慮しなくて良いんですよ?」

「いや……そういうんじゃない」


 やらかして記憶をなくしたあの一件以来、俺はしばらくは飲まないと誓ったのだ。だから冷蔵庫に入れてあってもまだ一本も飲んでいない。そうでなくても、家入は自分が飲んでいないにもかかわらず酔い潰れたわけで、家入の前で飲むわけにもいかないというのもある。

 曖昧な俺の返事に対して家入はすんなり納得したようで、一度冷蔵庫に戻り改めてジュース二本を手に戻ってきた。俺は差し出されたコーラを受け取って、早速封を開けた。


「まずは何を見ましょうか」


 家入はテレビのリモコンで画面操作を始める。チャンネル権は家入にあるらしい。俺の部屋なのになんだか理不尽だ。

 とは言っても、彼女が一体どんな映画を選ぶのかというのは気になった。だから特に口出しせずしばらく見ていると、コメディな感じの作品が並ぶところで動きを止めた。


「これとかどうですか?」


 栄えある第一作目として選ばれたのは、宝くじで当てた金を友人に持ち逃げされる話。前後の作品がコメディっぽかったのでこれもそうだろうと思ったけれども、あらすじをよく読むとそうではない印象も受けた。自分の趣味に合うかはちょっと微妙だけども、まあ悪くはなさそうだ。


「いいぞ、これにしようか」

「じゃあ再生しますね」


 早速家入は再生ボタン押す。最初に流れる広告に少し出鼻をくじかれたような印象をうけるけれど、映画館だってそれは同じだなと思い直した。

 視界のわきでは、思い出したように座椅子の向きをテレビに向ける家入の姿が映る。家入からの誕生プレゼントは、当初の予想通り彼女自身のために使われているのだ。


 ◇ ◇ ◇


「どうでしたか?」


 スタッフロールまでしっかり見終え、作品詳細画面に戻ったところで家入が訊ねてきた。


「ギャンブルせずに慎ましく生きようと思った」

「何でそうなるんですか!?」

「大金持つって怖くね?」

「それは何となく解りますけど、この話はそれだけじゃないじゃないですか。親友たちも、ギャンブルじゃなくて会社経営で大金を手にしたわけですし」

「なら会社員でいいや」

「何のために経営学部に居るんですか先輩……」


 呆れたように家入は言うが、別に経営とは社長による会社経営とは限らない。部長の部門経営だってあるし、それ以外にもマーケティングや経理といった道もあるわけで。

 ただこれは今は関係ない話なので心に留めるだけにして、本題に関わる話をする。


「確かに経営で大金を手にした話が出てきたけど、経営で大金が舞い込んできたなんてのはまれな話で、結局あぶく銭なんだよな」

「でも大企業の社長とかは常に大金が舞い込んできてないですか?」

「俺たちから見ればそうだけど、毎年大金が舞い込んでくるんなら本人からすれば大金じゃないんじゃないか? 小学生からすれば千円は大金かもしれないけど、俺たちからすればちょっと微妙だろ」

「まあそうですね」

「だから自分の収入に合った金の使い方が出来ることが慎ましさだと思うんだよ」

「うーん……。あの、ふすまに大金隠してた女性みたいな感じですかね?」

「あれもあれで、『大金に囲まれて生活する私』だろ」

「……あっ、主人公が言ってた『お金に使われる人間』ってそういうことですかね。お金ありきで生きてるっていうか。逆の『お金を使う人間』っていうのが先輩の言う生活レベルに合わせた使い方が出来るみたいな。最後のも、身の丈にあった慎ましい買い物をしたって意味でしょうか」


 家入の意見が思いのほかしっかりしていて面食らう。

 正直そこまで考えてなかったので、映画を思い出しつつ、彼女の意見を反芻はんすうする。


「あれ、私変なこと言いましたか?」

「いや、お前にしては真っ当な事言われて面食らってただけだ。解釈自体は理解できるかな」

「よかった。ちなみに先輩は、三億円当たったらどうしますか?」

「なんだよいきなりだな」


 まあこういう話になる事は予想できてたけども。映画を観る前なら安直に答えていたかもしれないけれど、今ならどうかな。そう思って少し考えてみたけれども、結局纏まらずに安直な答えが出てきた。


「マンションと車買って、あとは貯金かな」

「先輩、それはお金に使われてませんか?」

「多分、固定資産税に苦しむ奴だと思う」

「固定資産税っていくらくらいなんですかね」

「さあ。マンションの値段にもよるんじゃないか?」


 少し気になったのでスマホで調べることにした。家入も同じだろうか、スマホを手にした。

 調べると評価額の1.4パーセントという結果が出てきた。一億円のマンションだったとして……。


「一億のマンションで毎年140万円ってところか?」

「ええ! それはかなりヤバいですね。余生六十年として……」

「8400万円か。まあ六十年後も一億円のまま評価されるかはわからんけど。それに六十年も同じ所に住むかもわからないし」

「何にしても一億円のマンションが限界ってことですかね」


 そう呟きながらも引き続きスマホの画面をスワイプし続ける。


「……むむ、都心だと二億円とか結構多いですね。一億円だと……これとかどうですか?」


 やがてそう言って俺にスマホの画面を向けてきた。何かと思いその画面に目を向けると、新築マンションの情報サイトが表示されていた。価格は9460万円で3LDKらしい。


「寝室は一緒が良いですか?」

「何で一緒に住む前提なんだよ」

「えっ……」


 ……いや、野暮な事を言ってしまったか。そういえば、俺たちは付き合ってるんだった。

 これが三億円を当てたという例え話だとしても、俺がここから引っ越すのなら、当然そう言うことになるのだろう。

 そんなことを思っていたが、家入から返ってきた答えは少し違っていた。


「だって一億円近いマンションですよ? あやかれるなら肖りたいじゃないですか」


 そうだった。家入はこう言う奴だったな。

 改めて実感したのであった。

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