「責任取ってくれますよね?」

「うえ、気持ち悪……」


 目が覚めた、というよりも意識を取り戻したような気持ち。窓から差し込む光に、もう朝かと頭が理解する。

 そんな頭が、なんだかぐるぐると回っているように錯覚する。遊園地のコーヒーカップで回りすぎたような気持ち悪さ。まるで車酔いだ。同じ『酔い』でも、昨日の夜に感じていたのとは全然違う。

 けれども、世に言う『二日酔いで頭が痛い』みたいな感じじゃないのでまだマシなのかもしれない。たぶん飲み過ぎたというよりも、酒に身体が慣れてないだけだ。

 ……そういえば、俺はいつ寝たんだったっけ。確か先輩と話していて……そこから先の記憶は無い。多分途中で寝てしまったんだと思うけど、それなら今俺がベッドの上にいるのが不思議だ。無意識に布団に入ったのか?

 ぐるぐると考えを巡らせながら、先輩と家入はどうしたのかと部屋の中を見回そうとした。

 最初に目を向けたのは自分のすぐ側。ぐるぐるとした頭でも理解する違和感。自分とは違う温かさ。


家入いえいり……?」


 目に飛び込んできたのは家入の寝顔。同じ布団の中で一緒に寝ていたことは嫌でも理解できた。けれども、家入ってテーブルのところで寝てたんじゃなかったか? いつの間にベッドの上に? っていうか、何で俺と一緒に寝てるんだ?

 そうやって考えを巡らせるけれど、余計気持ち悪くなるだけだった。なんだか頭の芯の方が痛くなりそうな気もしてくる。

 そういえば先輩はどこだと思ったところで、丁度部屋の入り口に人影が映った。


「あら、起きた?」

「今起きた……うお!?」


 人影の方を見ると、そこには湿り気を帯びたバスタオル1枚に包まれているだけの先輩の姿があった。どう見てもシャワーを浴びた後なその姿。直視するのもどうかと思って、俺は慌てて目を背ける。


「何よ目を逸らしちゃって」


 そう言う先輩の声が徐々に近づいて聞こえてくる。まさかと思って声の方に目線を向けると、俺との距離はかなり縮まっていた。


「あら、結局見たいんじゃない」

「いいから服を着て欲しいす」

「何を今更恥ずかしがってるのよ」

「いやいや、いくら何でもそれは無いすよ」


 いくら気の知れた間柄といっても、相手の裸を見るのはちょっと気まずい。異性ならなおさらだ。無茶苦茶な先輩だからって、その辺はわきまえてる……はずだ。


「何よ、昨日はあんなにノリノリだったくせに」

「……は? えっ、昨日? な、何のことすか、どういうことすか!?」


 ノリノリ? え、先輩の裸を見ることが? いやいや流石に先輩の裸なんて見たことないぞ。てか昨日? だって昨日は……あれ、でもあの後の記憶無いんだよな……。

 そうやって狼狽えていると、隣で何かがもぞもぞと動き出す。家入だ。


「……あ、おはようございます先輩」


 まだ眠そうな声で家入が言うので、釣られて俺も「おはよう」と応えた。

 その直後、布団の中で脚に何かが触れる。もぞもぞと動いた家入の身体だ。けれども、その感覚に違和感を覚えた。まるで肌と肌が触れるような温もり。ぐるぐるする頭じゃ気づかなかったけど、これ俺下履いて無くないか?


「おはよう大夢ちゃん。大丈夫?」

「ええ、まあ……ちょっとまだ、あれですけど」


 戸惑う俺のことを差し置いて二人は話す。そういえば家入が俺たちの呼気で酔って潰れたんだっけ。俺みたいに調子を悪くしてても当たり前か。

 ……いや、俺だってちょっと調子悪いんだし、揶揄ってないでこっちのことも気遣ってくれても──。


「先輩、激しすぎですよ。ホントヤバかったです」


 ……ん?


「あっはっは、ホントそれね。二人相手によくやるわよ」


 ……んん?


「これじゃあもうお嫁に行けませんよ」

「何言ってるのよ。ここに貰い手がいるじゃない」


 ……んんん?


「そうですね……。先輩、責任取ってくれますよね?」

「えっ、ちょっと待ってくれ。……どういうこと?」


 状況が理解できない。違う、なんとなく言葉の端々から事を理解しつつはある。けどそれが現実なら、俺はすぐには受け入れることはできない。頭の芯の頭痛が少しずつ広がってくる。


「何あんた、しらばくれる気?」

「あ、いや、そういうわけじゃないすけど……覚えてないっていうか……」

「覚えてなければ何してもいいわけ?」

「そうじゃなくて……」

「ああもう、ハッキリしなさい。どうすんの? 責任取るの? 取らないの?」


 身に覚えが無いことに責任を取らされるのはしゃくだ。けどこの状況で断れるわけがない。

 相手は家入。知らない相手じゃないし、悪い奴でもない。変な相手じゃ無かったのは幸いだし、そういう相手だからこそしっかりとしなきゃいけないだろう。


「責任取るってのは……付き合うって事でいいのか?」

「そりゃそうよ。むしろ結婚まで持って行きなさいよ。話聞いてたの?」


 先輩に訊いたわけじゃないのに、引き続き先輩からはきつい言葉を浴びせられる。広がる頭痛。早くなんとか落ち着きたい。


「わかった。付き合うよ」

「二言は無いわね?」

「この期に及んで言い訳するつもりもないすよ」

「だって大夢たいむちゃん。これでいいかしら?」


 二十六木先輩の問いかけに家入はすぐに答えず、少し押し黙った。無理も無い、先輩がぐいぐいとねじ込んだ急展開だからだ。責任取ってくれなんて言ってたけども、一番の被害者は家入だ。

 そして暫くの静寂の末に、家入はようやく答えた。


「その、……はい」

「じゃ、決まりね」

「……せ、先輩、よろしくお願いします……」


 こうして俺はなし崩し的に家入と付き合うことになった。これも全部酒の所為だろう。最後の方は先輩の所為かもしれないけど、少なくとも事態を覚えていないのは酒が悪い。

 しばらくは酒なんて飲むまい。俺は心に強く誓った。

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