「起きてるんでしょ?」
「ねえ
加藤先輩が寝てしまってから間もなく、
二十六木先輩の言うとおり、実は私は寝てなくて、もちろん先輩たちの話も聞いていました。
しかしそんなことがバレると何を言われるかわかったものではありません。だから私は寝たふりを続けることに──。
「起きないとイタズラしちゃうわよ。そうね、まずは……耳に息でも吹きかけようかしら」
「お、起きてますよ!?」
無視を続ける方が酷い目に遭う。私はそう考えを改め、慌てて起き上がりました。
「あら、おはよう」
「お、おはようございます」
今にも息を吹きかけようとしていた二十六木先輩と目を合わせると、時間に全くそぐわない挨拶を交わしました。
「どこから聞いてたの? 全部かしら?」
「……そ、そうですね」
最初から気付いていたのでしょうか。
もしかして加藤先輩も、気付いていてあんな話をしたんでしょうか。それとも……。
「ま、多分
私の考えを見透かすように、二十六木先輩は言いました。まあ加藤先輩のことですから、多分そんな気はしますが……。
「そうですかね?」
「そういう子でしょ」
まるで加藤先輩のことはよく解ってます、と言わんばかりの物言いが少し気に障ります。
私は高校で二年間。対する二十六木先輩は高校で一年と大学で一年。加藤先輩と一緒にいた期間は大体同じくらいかもしれませんが、最近の先輩のことをよく知っているのは向こうの方なのかもしれませんけど。
「告白しないの?」
「……な、何でそうなるんですか?」
「何でって、好きなんでしょ? 丈留くんのこと」
突然他人から自分の気持ちを言葉にされるのはとても恥ずかしい。私は顔から火が出る思いで、つい
「そ、そんなことは……」
「この子の『ヤバい』って口癖が移るくらいには一緒にいて、その言葉に耳を傾け続けてきたんでしょ?」
二十六木先輩の言うとおり、もともとこれは加藤先輩の口癖でした。近頃は私に対して『語彙力の無い言い方』なんて馬鹿にしてくるくせに、です。
でも私にとって、そうやって先輩と『ヤバい』なんて言って笑っている時間はとても楽しく、大切なものでした。
「で、でも先輩は……た、丈留先輩は二十六木先輩のことが──」
「話、聞いてたんでしょ? そんなのは昔の話だって」
「それは……でも……」
「それに、この子はあたしとは合わない。あたしが年上だから、どこか萎縮しちゃってるのよ。あたしと話すときの口調、わかるでしょ?」
確かに、二十六木先輩と話すときには『そうすね』みたいな、敬語のつもりだかなんだかよく解らない口調になってしまっているのは気になっていました。
でも、それなら私も先輩に対しては敬語で話しています。その事を二十六木先輩に伝えると、先輩はこう答えました。
「大夢ちゃんの場合は話し方だけじゃない。実際には遠慮なくいろいろ言ってるでしょ。『先輩のくせに大したことないんですね』だっけ?」
「うっ……」
何度もこうやって昔のことを掘り返されるのは、さっきとは別の意味で恥ずかしくなります。これも全部、加藤先輩の所為です。
「それにしても随分強く出たわね」
「いやー、それはですね……」
あの言葉にはもちろん理由はありました。
この話を初対面の二十六木先輩にすることに一瞬抵抗を感じましたが、何故だかこの人にならという気になり、私は話を続けます。
「先輩のことは、中学のときから知ってたんです」
「あら、そうなの?」
「もちろん中学は別でしたけど、大会でも顔も合わせていて、話をしたこともあったんですよ」
「一言もそんな事言ってなかったじゃない」
「覚えてないんですよ。多分今も知らないままだと思います」
中学時代のことが先輩の口から出てきたことなんて今まで一度もありませんでした。だからきっと、あの時のことは忘れてしまっているんだと思います。
「なるほどね。だからムカついたんだ」
「まあそれもちょっとはあります。けどやっぱ、言葉通りの意味ですよ。あの時に憧れた姿がそこになかったんですから」
私のことを覚えてもいないし、大したことない結果しか出ない。だからもしかすると、同姓同名の別人なんじゃないかって思ったくらい、私はがっかりしたのを今でも覚えています。
私の答えに二十六木先輩は少し考え、やがてこう訊ねてきました。
「大夢ちゃんが中二の時、丈瑠くんに会った?」
「中二ですか? そりゃもちろん……あれ、でも先輩いなかった事ありましたね」
あれはいつ頃だったでしょうか。二十六木先輩の物言いからして、やっぱり中二の頃? というか、二十六木先輩は何か知っている素振りですね。加藤先輩に何かあったということでしょうか。
「丈瑠くんの身長、伸びててびっくりしたんじゃない?」
「そう、そうなんですよ。中学の時はそんなに変わらなかったんですけど」
だからなおのこと、私は先輩に期待したのかもしれません。私の知っている先輩より、更に高みに至っていることに。けど、実際はそうではありませんでした。それどころか、昔よりも酷いくらいです。
「中三の時に身長が急に伸びたらしくてね」
「それで感覚が狂って記録が落ちたってことですか」
「それだけなら良いんだけど、結局それが原因で怪我しちゃったらしいのよ」
この言葉だけで、私はすべてを察しました。
中学時代、急に先輩の姿を見なくなった理由。そして大したことなかった理由。
「怪我でうまく跳べなくなったってことですか」
「怪我自体は大したことないらしいのよ。どっちかって言うとメンタルね」
なんとなくその気持ちは解ります。上手くいっていたことでも怖いときがあるのに、失敗を味わったら……。想像しただけでも少し身震いします。
けど加藤先輩も嫌な人です。それならそうと早く言ってくれれば良かったのに。二十六木先輩には話したということに、私は悔しさを覚えます。
「話してなかったってことは、大夢ちゃんたちには余計なことを考えさせたくなかったってことじゃない?」
まるで私の思ったことを、そして加藤先輩のことをも見透かしたように二十六木先輩は言いました。手のひらの上で踊らされているような気分。悪い人では無いんでしょうけれど、だから加藤先輩が振り回されてるんだろうなって、改めて感じます。
だからつい意地悪く否定してしまいます。
「そうでしょうか? 単に自分の失敗談が恥ずかしくて言えなかっただけかもしれませんよ」
「あー、そういうとこもあるよね。格好つける感じ。けど多分、この事を格好悪いとは思ってないわね」
「どうしてそう思うんですか?」
「消したい過去なら高校入ってから違うこと始めればいいじゃない。けどそうしなかった。過去の失敗は捨てず、でも過去の成功は捨てて、ずっと足掻いてた」
ああ、この人は、二十六木先輩はきっと私よりも加藤先輩の事を理解しています。口には出さないけど、もしかすると──。
「つまり大夢ちゃんはそれだけ大事にされてたってことね」
「そ、そうでしょうか?」
「ま、格好つけて弱みを見せたくなかったとこもあるでしょうけどね。何にせよ、多分上手くいくわよ。さっさと告っちゃいなさい」
「いやいや、だって」
「意外と意気地がないわね。……じゃあこうしましょうか」
そう言って先輩は、ある提案を私に持ちかけてくるのでした。
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