「じゃあ大夢ちゃんのことは?」
家入と先輩は初対面だったけれど、同じ高校、同じ部活、同じ大学、そして俺という共通の知人と、話題には事欠かなかった。だからこの時間になっても、まだまだこの会合が終わる気配はない。
けれども最初の頃とは明らかに違うことがある。酔いの所為で判断力が鈍っているのを感じている。感じてはいるんだけれど、でも何故かどうしようもなかった。
ただそんな俺でもハッキリと判る。
「大体ですね、先輩は決断力がないんですよ」
家入の絡みがいつもより激しいということが。まるで家入も酒を飲んで酔っ払っているようにしか見えない。けれど、家入が酒を飲んでいないと、俺の酔った頭は認識している。
その考えは先輩も同じようで、俺にこう訊ねてくる。
「アルコール飲ませてないわよね?」
「ジュースしか飲んでないはずすよ」
「呼気で酔ったのかしら……」
流石の二十六木先輩も若干引いているようで、普段酔ってるときよりかはマシに見える。もしかしたら普段から酔ったふうを装ってるのかもしれないとも思って、それが口から出かかった。
けれどなんとか我慢したし、家入の方が先に言葉を投げかけてきた。
「ちょっと聞いてますか? この間だってそうです。どっちのケーキが良いか訊いたら『どっちでもいい』とか、あり得なくないですか?」
「確かにそりゃないわね。丈瑠くんってそういう所あるから」
「ちょ、後ろから殴るみたいな言い方止めて欲しいす先輩」
「そういえば前にも──」
家入の心配はどこへやら、先輩は家入の話題に便乗して、過去の俺のエピソードを嬉々として語り出した。それに対して家入は都度都度大げさにリアクションする。
「そう言うとこですよ先輩。そんなんだから……そんなん……だから……」
暫くすると、先ほどまでの勢いはどこへやらといった具合に、家入は突然眠ってしまった。……気絶じゃないよな? 少し心配になったけど、すうと寝起きを立てているのが聞こえた。
「ふう」
二十六木先輩も一息ついて、そのまま後ろに倒れ込んだ。
俺も一息ついて缶チューハイを口にする。そして家入をどうしようかと考えようとしたところで、先輩が先に訊ねてきた。
「それで、大夢ちゃんとはどうなの? 付き合ってるのよね?」
「違うって話したすよね?」
「あっれー? じゃあ別の子と? それとも、付き合って無くてもやることやってる? あんた意外と隅に置けないわね」
「……何のことすか?」
いまいち要領を得ない質問。単に俺が酔いすぎてるわけじゃない。先輩の言葉が足りてないからだ。付き合うとかどうとか、そう言う話なのは判るけど、家入とはそう言う関係じゃないって、それでおしまいな話じゃないのか?
そんなふうに疑問に思っていると、ようやく先輩が核心となる問いを投げかけてきた。
「ベッドの下にあったあれ、使ったでしょ?」
「ベッドの下……?」
はて何のことだろう。心当たりはなかった。なかったのだけど、徐々に頭の中で情報が結びついてくる。
『先輩、これは何ですか?』
前に家入が問い詰めてきたこと。あの時、家入はあの箱がどこにあったと言ったか。それはベッドの下。
そうだ。あの時、こういうことをする人に心当たりがあると思ったんだ。その人物こそ、俺の目の前にいる人物。二十六木先輩だ。
「あれ置いたの、やっぱり先輩だったんすか?」
「そうよー」
「何してんすか」
「決まってるでしょ」
そう言うや、二十六木先輩はこちらに顔を近づけて、右手を俺の頬に当ててきた。吐息が肌に触れるような距離。その吐息からは少しアルコールの匂いがした。けどそれは、自分の呼気も同じなんだと思う。
「どう? したい?」
「……か、
頬に当てる手を振り払う。そんな俺に向けて先輩はいたずらげに言う。
「せっかくのチャンス、いいのかな?」
「チャンスってなんすか」
「好きだったんでしょ? あたしのこと」
先輩の言うとおり、俺は二十六木先輩が好きだったことがある。もちろんそれは昔の話で、今はそうじゃない。けれど本人にバレているとは思っても居なくて、俺は流石に動揺した。けれど、知られてたからって大したことはない。俺はそう自分に言い聞かせる。
「む……昔の話だろ」
「ふーん。今は?」
「面倒くさい先輩としか思ってないすね」
「あっはっは、違いない」
先輩はそうやって笑い、俺から離れて居直った。
これで良かった。先輩と俺はそう言う関係じゃない。今のことは無かったことにしよう。そう心に決める。
すると先輩の笑い声がピタリと止んで、また真剣な表情に変わった。
「じゃあ大夢ちゃんのことは?」
「何でそこで家入が出てくるんすか」
「だってこんなに可愛いのよ? あたしが男ならほっとけないわね」
「……まあ、そうすかね」
確かに家入の顔は可愛い……方だと思う。ただ、あくまで外見の話だ。だってそうだろ、今まであいつは俺にどれだけのことをしでかしてきたか。
「でも性格に難ありだと思うんすよね」
「あんたそれ、前にもあたしに同じ事言わなかった?」
そう言いながら先輩はまたケラケラ笑う。確かにそんな事を本人に向かって言ったことがあったような気がする。いや、間違いなく言った。
「で、どういう所が難ありなのよ」
「先輩のそういう所すよ」
「あたしじゃ無くて大夢ちゃんの話よ」
「そうすね……。いきなり押しかけてくる所とか?」
「そういうところも可愛いじゃない。しかも、ベッドの下も綺麗になってるから、掃除までしてもらってるんでしょ?」
「まあ……」
確かに掃除にせよ料理にせよ、近頃は何かと家入の世話になっているのは事実。だから、人の家に押しかけて来ては遊ぶだけ遊んで帰って行くみたいな奴ではない。そこは良いところだ。……ていうか、遊ぶだけ遊んで帰るのって先輩のことだな。
「ねえ丈瑠くん。今、あたしこそが押しかけてくるだけの迷惑な奴って思ったでしょ?」
「い、いや、なんのことだか……。大体家入は今でこそこうだけど、最初ヤバかったから。あいつ俺に向けて何て言ったと思います? 『先輩のくせに大したことないんですね』すよ。ヤバくないすか?」
「実際、あんた大したことなかったじゃない」
「先輩がヤバすぎるだけすよ。……あと家入も」
「あたしも、結局は大したことない存在よ……」
先輩は急に伏し目がちになってしまう。俺の上に先輩や家入がいるように、その上の天上も存在する。まさに上には上がいる。その言葉は俺みたいな平凡なやつよりも、先輩みたいにある程度実力がある人ほど、届きそうで届かない頂へのもどかしさとして突き刺さる。
先輩のそんな悩みを俺は知っている。だからこれ以上、この事に触れてはいけない。酔いの所為でうっかり出そうになった言葉を、慌てて酒と一緒に飲み込んだ。
「……そもそも、二人が今の関係になるまでの間に何があったのよ」
「何って……なんだっけな。えーっとあれは……」
先輩に問われ、家入との出会いから今までのことを俺は思い返すことにした。
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