「先輩、これならどうですか?」


「ってわけで、かんぱーい!!」

「かんぱーい!」

「乾杯」


 二十六木とどろき先輩がジュース、さらに何故か追加のお酒や食事などを買って戻ってきて、三人での家飲みが始まった。

 俺の手にあるのは、先輩に『まずはこれ』と渡された缶ビール。乾杯を終えて早速一口ゴクリと飲み込んだ。


「うえっ、美味くもなんともないすね。なんで先輩達はこんなの飲んでるんすか?」

「さあ、慣習みたいなもんじゃない? 結局最終的にはみんな別のもの飲んでるわよ」


 そう答える先輩が飲んでいるのはグレープフルーツのチューハイのようだった。俺には『やっぱ乾杯はビールっしょ』などとも言っていたのにである。


「無理ならあたしが貰おうか?」

「うーん、そうすね、やっぱり最初はそういうジュースみたいなのがいいんすかね」


 持っていたビールを先輩の前に置いて、交換するように先輩の飲んでいたチューハイを手に取った。


「あっ、ちょっ」

「先輩!?」


 二十六木先輩と家入が何やら驚いたような声を上げる。いやいや、別に俺は二十六木先輩が口を付けたとかそういうことを気にするつもりは無いから。

 なんて思いながら缶チューハイを口にすると、グレープフルーツの味とともに強烈なアルコールの匂いが口の中に広がった。


「うおっ、なんすかこれ!?」

「アルコール度数9パーセントの、いわゆるストロング系って奴よ」


 二十六木先輩は俺の手から缶をヒョイと取り上げるや何ともないかのようにそれをゴクリと飲んだ。あの強烈な酒をこんな風に平然と飲めるのは先輩だからなのか、慣れれば誰でも同じなのか、少し不思議には思った。


「まあ、二十歳なりたてのお子ちゃまには早かったみたいね」


 先輩はそう言ってケラケラと笑った。馬鹿にされているような言い方だけど、実際その通りなので何も言い返せない。

 そんな先輩の向かいでは、家入が傍らに並べられた缶を一つずつ手に取って何やら吟味している。もちろん家入が今飲んでいるのはジュースだ。次は酒でも飲むつもりなのかと思ったけれど、そうじゃなかった。


「先輩、これならどうですか?」


 家入が薦めてきたのはアルコール度数3パーセントの缶チューハイだった。ちなみにブドウ味。


「未成年が酒を勧めるな」

「別に私が飲むわけじゃないからいいじゃないですかー」

「でも良いんじゃない? まずはこれくらいの弱いやつから慣らしなさい」


 先輩がそう言うのならと、俺は家入から渡された缶チューハイを開けて口にしてみた。さっきのストロング系と違って、殆どジュースにしか思えないような味わい。これならイケる。


「全然ジュースすね」

「まあそれでダメならお酒は飲めないと思った方がいいわね」

「そうなんですね。私も一口いいですか?」

「大夢ちゃんはダーメ。でも来年、二十歳になったときにあたしと一緒に飲みましょ」

「むむむ、わかりました、その時はよろしくお願いします」


 そんなふうに二人は約束を交わすけれど、来年には先輩は卒業してしまっている。果たしてこの約束は果たされるのだろうか。いや、果たすつもりが二人にあるのだろうか。

 そんなことを当人は気にしているのかいないのか、家入は全く違うことを俺に訊ねてきた。


「そういえば先輩、この間の金髪にした話に出てきた先輩って、もしかして二十六木先輩の事ですか?」

「ああ、そうだぞ」

「えー何あんた、あの話したの?」

「流石にこんな頭してたら訊かれるに決まってるじゃないすか」

「そりゃ違いない」


 二十六木先輩はアハハと笑うのだが、当事者である俺からすればあまり笑えない。


「でも、今はベージュヘアじゃないですよね? また黒染めしたってことですか?」

「そりゃ就活中だしね。前の写真あるけど見る?」

「はい、見たいです!」


 先輩はスマホを取りだして写真を探し、家入に見せた。


「おお、ヤバいですね」


 その『ヤバい』は良い意味なのか悪い意味なのか俺には判断しかねたが、先輩は好意的に捉えたようで、「でしょ?」などとまんざらでも無い様子だ。


「あそこで働いてるのがあたしの先輩でね、結構実験台にされたのよ」


 そう言いながら代わる代わる写真を表示していく先輩。

 ってか今この人『実験台』とか言ったな。自分のことを指す分にはいいが、その実験台とやらに俺を巻き込んだと考えると少し聞き捨てならない。

 しかも先輩の先輩って言うのも初耳だ。つまり俺や家入にとっても先輩ってことになる。思い返せば高校時代のことを根掘り葉掘り聞かれたような気もする。そして就活中の先輩に代わる新しい実験台として俺が選ばれたのもそれが理由だろう。


「おおっ、どれもヤバいですね」

大夢たいむちゃんもやってみる? 紹介するわよ」

「いいんですか?」

「ふっふっふっ、お姉さんに任せなさい」


 一人考えているうちに、目の前では新しい実験台が誕生していた。これはひょっとして、俺が実験台から解放されるやつか?

 そんな俺の甘い考えを見透かしていたかのように、二十六木先輩は俺の方を見てニコリと笑う。


「丈留くんも、また声かけるねー」

「えっ」

「あなた、大夢ちゃんが次の実験台とか思ったでしょ?」

「え、いや……そういうわけじゃ……」

「残念ね、メンズだから別枠よ」


 ……まあ、そうだよな。そんなうまい話は──。


「それに、実験台は多い方がいいでしょ?」


 ──この人に限ってはあり得ないだろう。そんな先輩の笑みが、俺には末恐ろしさを感じさせるのであった。

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