「今日あんたの誕生日でしょ?」
「
週末遊びに行こうと誘われました。
このご時世によく出掛ける気になりますね。なんて心の中で思いながらも、一応スケジュールは確認しましょう。
スケジュールの管理に、スマホのカレンダーアプリなんかはあまり使ってません。もっぱら紙のスケジュール帳を使っています。やっぱり紙の方がいろいろ、それこそ絵でも何でも書き込めるから使いやすいのです。
もちろん理由はそれだけではありません。スケジュール帳を覆い被すカバー。これは私にとって、とても大切な物。大事に仕舞っておくことも考えましたが、私はこれをこうして肌身離さず持つことにしたのです。
栞のひもを頼りにスケジュール帳を開いて、今週末の予定に目を向けます。そこにはしっかりと目立つように色まで付けて予定が書き込まれていました。
「あっ今週末じゃないですか」
思わず声が漏れました。
そんな私の言葉は、もちろん彼女たちの質問に対する答えではありません。だから「どうしたの?」なんて訊ねられます。
「あ、いえ。すみません、今週末は予定がありまして」
「そっかー、残念。あ、もしかして例の彼氏とデート?」
ニヤニヤと
「まだ彼氏じゃないですよ」
「まだってことは、いずれそうなるってことでしょ? それにあの人とデートっていうのも否定しないんだ」
少し墓穴を掘ってしまったようです。どうにか言い返そうとしてみましたが、いい感じの言葉が出てこないまま、「まあ頑張んなよ」なんて言葉を残して、彼女は他の人の予定を訊きにこの場を離れてしまいました。
実際のところ、デートなんかじゃないですし、それどころか先輩と約束をしてるわけでもありません。勘違いさせてしまいましたが、この際些末な問題でしょう。
スケジュール帳に書かれていたその日の本当の予定。それは──。
『センパイ誕生日』
せっかくやって来たチャンスなんですから、今年はちゃんと祝ってあげないとですね。
◇ ◇ ◇
「……平和だ」
ベッドでゴロ寝しながら漫画を読んでいたところ、ついついそんな言葉を呟いてしまう。
無理もない。ここのところ家入が来て騒々しい日々が多いワケで、今日みたいに一人の日はとてもレアなのだ。
ただ……。平和なのに越したことはないけれど、気が付くとチラチラ時計を見たりスマホを見たりする自分がいた。まだまだ日は高い。もしかしたら家入がやって来たりするかもしれない。そんなふうに考えてしまうくらいに俺は家入が来る生活になじんでしまっていた。
玄関のチャイムが鳴った頃にはもう夕方だった。やっぱり来たかと、俺は玄関の扉を開ける。
「珍しく遅かっ……おう!?」
「サプラーイズ!」
そんな声がしたのと同時にパーンと破裂音がして、何かが目の前を舞った。
それがクラッカーで、目の前にいるのが
「な、何すかサプライズって」
「何って、今日あんたの誕生日でしょ?」
「……あっ」
誕生日の事なんてすっかり忘れていた。去年の誕生日も知らないうちに終わっていた。やっぱり実家を出て、地元を離れて一人で暮らしていると、誰かに祝われることもないから忘れてしまう。
「こないだ約束したでしょ?」
そう言って先輩は手に提げていた買い物袋をこちらに差し出してきた。袋の口からは缶ビールなんかのお酒が入っているのがうかがえる。
そういえば花見の日、俺が二十歳になった後に部屋で飲むみたいな話をしたっけ。まさか誕生日に早速とは思ってなかったけど。
「……そういやそうすね。どうぞ」
「お邪魔ー」
俺が招き入れると、先輩は遠慮なしに部屋へ入って来る。
「あ、手洗いとうがい、お願いす」
「はいはい」
そう言って先輩は手を洗いに行ったのだけれども、すぐさま「ちょっと
何事かと顔を覗かせるなり、先輩は俺にこう訊ねてきた。
「これ誰のよ」
「え? ……げっ」
先輩が指さす先にあったのは家入のコップだった。どう見ても俺に似つかわしくない可愛らしいデザイン。あんまり考えてなかったけれど、これって客観的に見れば──。
「もしかして彼女でもできた?」
「ち、違っ、その……」
どこから説明しようか。別にやましい関係じゃないんだから、真っ当に説明すればいいだけだろう。何なら二十六木先輩は部活の先輩で、家入は部活の後輩。入れ替わりで二人に面識はないけど、どっちも同じ部活のOG同士なんだ。
ある程度頭の中の整理が付いて、いざ先輩に説明しようとしたところで再びチャイムが鳴った。俺の第六感が告げる。これは面倒くさいやつだと。
一旦先輩のことは置いて、玄関の魚眼レンズを覗き込む。その向こうにいたのは案の定家入だ。
本人がいた方が説明はしやすいだろう。けど改めて考えると、この二人を一緒にするのはやっぱり面倒くさい。どっちも一人相手するだけで疲れるんだ。二人いればめんどくささは二倍、いや二乗だ。
そういうわけで俺は居留守をきめることにした。玄関から離れて先輩のもとに戻り、先輩には少し息を殺して貰おうなんて思った矢先、玄関からガチャリと音がした。
それが鍵が開く音だと気付いた頃には扉が開いて、家入が中に入ってきた。そんな家入と俺の目が合う。
「ややっ、先輩居るんじゃないですか! 居留守とはヤバい度胸してますね」
「ちょちょ、ちょっと待て家入。お前どうやって鍵を開けた?」
「合鍵ですよ」
そう言って家入はキーケースに繋がった鍵を一つこちらに見せた。そのデザインは俺の鍵と同じものである。
「は? そんなのいつの間に……あっ」
以前、家入に留守を頼んだときに合鍵の場所を伝えていたのを思い出す。
結局あの時は帰ったら家入がまだ部屋に居たので使わなかったはず。しかしどうやら彼女はそれを勝手に持ち出していたようだ。
「お前……何勝手に持ち出してるんだよ」
「ほら、先輩が部屋で一人倒れてたらヤバいじゃないですか」
「それは……」
家入の言葉が意外にもっともらしくて、俺は返す言葉が見つからなかった。確かにコロナにかかって重症化したら、一人暮らしの俺にはどうしようもない。……いやでもその場合は家入は接触禁止か?
一応少し考えて、『だったらお前の合鍵も俺に渡してくれ』なんて言いかけたのだが、その言葉は流石にヤバい気がして飲み込んだ。
そして、そんなことに気を取られていてすっかり忘れていたことがあった。
「丈留くん、この子だーれ?」
「うおお!? ヤバいです、先輩が女の人を連れ込んでます!」
結局、家入と二十六木先輩が邂逅してしまった。さてこの状況、どうしたものか。
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