「どうして頑なに加入しないんですか?」


 俺の作った麻婆豆腐を食べを終え、一息ついたところで家入いえいりが俺に訊ねてくる。


「そういえばプライム会員には──」

「まだだな」


 これで何度目の問答か、意外としつこいな家入は。

 いつも家入は『入れ』ということしか言わないのだから、俺も『入らない』と答えるしかない。

 だが今回の家入はほんの少しだけ違った。俺の答えに対してさらに問いかけたてきたのだ。


「どうして頑なに加入しないんですか?」


 とまあ、何が悪いのか全く判っていないといった様子。

 このまま放っておくとこのやり取りを延々と繰り返しかねない。ここは家入にきっちりダメなところを説明すべき。俺はそう考えて家入を説き伏せることにした。


「いいか家入。経営学部にいる以上、将来は銀行や、企業のマーケティング担当みたいなところに就職するだろう。もしかしたら営業職かもしれん。けど少なくとも、今のお前はそれに足るスキルが全然無い」

「当たり前じゃないですか。就職どころか、この間入学したばかりですよ」


 まあそれは家入の言うとおりだし、そもそも俺だってそんなスキルは持っていない。単に先輩風を吹かせてそれらしく言ったまでだ。

 だがこのムーブを俺は保ち続けてこう言った。


「営業スキルってのは、仕事じゃなくても、日常的に使えることだってある」


 家入は『日常的に使える』という言葉に反応した様子で、黙って俺の話を聞く姿勢を見せた。普段ならもっと噛みついてくるのだから、珍しく殊勝な心がけだ。


「いいか? お前は単に動画が見れるサービスに加入しろと促すだけだ」

「そりゃだって、先輩が加入してくれませんから」

「例えば俺がお前に買い物を頼むとしよう。そうだな、『座椅子買ってくれ』みたいな。しかもお前の金で」

「え、先輩座椅子ほしいんですか?」

「たとえ話だ。けど、お前は買うか?」

「むむむ、先輩のためならと思わなくも無いですが、なんだか貢ぐのは癪ですね」


 貢ぐという言い回しが気に障ったけど、まあ遠からずかとも思い直して特に言及はせずに本来の話を続ける。


「いつもこの部屋でテレビ見るとき、俺はベッドを背もたれにして見てるだろ?」

「そうですね。というか正直、私の座ってる場所は少しテレビが見づらいと言いますか……はっ!?」

「気づいたな? そう、もしこの部屋に座椅子があったら、今よりもテレビが見やすくなるってことだ。そういえばプライム会員になったとして、何が見たいんだ? もし映画が見たいなら、その状態で長時間座るのは辛いんじゃないか?」

「むむむ、言われてみればそうですね……。なるほど、つまり座椅子を買えば加入してくれるということですね?」


 論点がずれている。違うそうじゃない。呆れてため息をもらしはしたが、まずは最後まで話をすることにした。


「まあそうやって、買ってくれたら特典があります、なんてのも一つの手だけどさ。そうじゃなくても、買えばどんなメリットがあるのかってのを提示しないと、ただ買ってくれって言われて買うやつなんてそうそう居ないだろ」

「なるほど……特典ですか。先輩はどんな特典が欲しいんですか?」

「……メリットな? ちゃんと話聞いてるか?」


 家入は理解しているのか判らないが、とにかく何か考え始めた。正直なところ、よからぬ事を考えてるとしか思えないのだが。

 その直感は当たっていて、家入はこんなことを口走った。


「もしかして、先輩はそうやって私にいかがわしいことを強要しようとしてます?」

「家入、お前ホントに頭大丈夫か?」


 何故そんな考えに至るのか。そう思ってふと、この間ベッドの下から出てきた物を思い出す。

 ……だからあれは俺の及び知らぬ存在なわけで、そんなことは微塵も思っていないわけで、俺にはそんなつもりはないわけで。


「そ、それならば先輩。えっと、その、加入してくれたら……ほっぺにチューくらいしてあげますよ? ヤバいですね、これ!」

「……もう加入は見送るわ」


 ダメだこいつ。誰かなんとかしてくれ。


「な、何でですか先輩!?」

「何でってお前……メリットは?」

「なななっ! ほっぺにチューがメリットではないとおっしゃいますか」


 それがメリットかというと……まあ悪い気はしないけど、いやでも冷静に考えるとそういう事じゃないなと思い至る。


「まさか先輩、もっと過激なことがお望みですか?」

「そうじゃないだろ。もっと違う方向性を示せないのかお前は……」

「違う方向性、ですか」


 再び家入は考え始める。

 そして長考の末に彼女がたどり着いた結論はこうだ。


「わかりました、加入して頂けるならご飯くらい作りましょう。というか、作ってるから入ってくださいよ」

「なんだよ、常識的な交渉も出来るじゃん。けどそうなると、今日みたいに俺が作る事はもうないってことで良いか?」

「むむむ、それは少し悩ましいですね……。じゃあ費用の半分を私が持ちますってのはどうですか? だから先輩も半分くらいはご飯作ってくださいよ」


 まあ俺が契約する以上、俺は一人の時でも見れるようになるわけで、家入から何か享受されすぎるのもどうかとは思う。費用は折半、ついでに料理みたいな他のあれこれもフェアにやっていく。この内容で全然問題ない。

 問答の末に真っ当な提案にたどり着いた。……まあ無理難題をふっかけてから本命を提案するなんて方法もあるらしいけど。何て言ったっけ?


「わかった、良いだろう」

「やった! 二言は無いですよね?」

「それはお互い様だろ?」


 本当に半分払ってくれるのか。踏み倒すことはいくらでも出来よう。まあその時は解約するだけの話でもある。

 とにかくこうして、プライム会員になる方向で話が決まった。

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