「先輩って料理できるんですか?」

 ある日の午後、家入いえいりたずねてきた。


「先輩って料理できるんですか?」


 突拍子もない質問だったけれど、別に変なことを訊いてきたわけじゃ無い。俺は普通に答えた。


「作れないこともないな」


 とは言ってみたものの、面倒でコンビニ弁当やカップ麺で済ませる事も多いし、なんだかんだ近頃は家入に作って貰いがちだ。最後に自炊したのはいつだっただろうか、なんて考えてみたけれど、答えは判らなかった。


「ホントですか? 私、先輩の手料理食べてみたいなーなんて」

「手料理? ……まあいいぞ、何が食べたい?」

「そうですよね、ダメですよね……って、ええ!? ホントですか!? あ、これ夢なんですかね? それか先輩じゃなくて別人でしたか?」


 俺が要求をすんなり受け入れたことによほど驚いたのか、家入は身を乗り出してきた。俺はそんな家入を制して答える。


「日頃作って貰ってるのに、俺がやらない道理は無いだろ」

「それもそうですね」

「ちなみに何が食べたい?」

「だったら先輩の得意料理が食べてみたいです」

「得意料理か……」

「ふふふっ、ヤバいですね、楽しみです」


 とまあそんな経緯で、今夜は俺が料理当番となった。

 しかし得意料理てのはなかなか悩ましい。料理が得意なら、コンビニ弁当なんて買わないわけで、得意も何もあったもんじゃない。だからここは簡単に作れそうなものを作るとしよう。

 フライパンに油を熱して、豆板醤とチューブのおろしニンニク、生姜を入れる。しばらく火を通して油に味や香りを移したら挽肉を入れて炒める。火が通ったら水と中華スープの素、甜麺醤などの調味料を入れて、さらに予めレンジで水切りしておいた豆腐をちぎって入れ、しばらく煮込む。


「ほうほう、麻婆豆腐ですか」


 暇を持て余した様子の家入がキッチンへやって来て、俺の斜め後ろから様子を観察し始めた。

 何かあればダメ出ししてきそうだけども、特に何も言ってこないってことは、まあ家入から見ても特に変な作り方じゃ──。


「でも麻婆豆腐は絹ごしじゃないですか?」

「……は?」


 思わぬ指摘が入った。作り方じゃなくて材料の話だ。リカバリーできる範囲を超えている。


「木綿でいいだろ」

「絹ごし豆腐のつるんと口に入ってとろけていくのが良いんじゃないですか」


 完全に好みの問題だ。そしてそれは俺の好きな麻婆豆腐じゃなかった。だから家入を納得させるというよりは、家入と同じように好みを主張するために俺は反論する。


「いいか家入、麻婆豆腐は煮込み料理なんだ。味がしみこんだ大根は美味いだろ? それと同じだ。木綿の方がしっかり味がしみて美味い」

「むむ、珍しく意見が分かれましたね」

「……今までそんなに意見合ってたか?」


 とまあそんなふうに家入と言い合っているうちに良い感じに煮えてきたので、一度火を止めて水溶き片栗粉を混ぜ入れる。豆腐を崩しすぎないように気をつけつつ混ぜてから再び火入れしてとろみを付ける。

 とろみが付いたら最後にラー油と花椒を入れて出来上がりだ。


「最後の何ですか?」

「花椒だ」

「ほわじゃお」

「山椒みたいなやつだな。いわゆるマーのスパイスだ」

「へー。そんなの持ってるんですね」

「ちょっと前に流行らなかったか? コンビニ行くとやたら痺れる辛さのスナック菓子売ってたり」

「あんまりその辺りはチェックしてないですね」


 興味なさげに家入は言うので、これ以上説明はしないことにした。まあ食べればわかるだろう。そして理解するといい。

 そう企みながら出来上がった麻婆豆腐を皿に盛り付け、ご飯と、別で作っておいた卵スープとともに食卓に並べた。


「おおっ、良い感じですね。では早速、いただきます」


 家入は麻婆豆腐をスプーンで掬って口に入れる。途端に「んんん!?」と声を上げた。


「何ですかこれ、めちゃくちゃヤバいですよ」

「そうか、美味いか」

「ヤバいくらい舌がピリピリするってことです」


 家入はそう言って水を飲み、舌をべっと出した。仕上げの花椒を多めに入れた甲斐があったみたいだ。


「そのピリピリする感じがさっき言った麻ってやつだな」

「そして辛いです」

「それはラーだな。一緒に入れたラー油が効いてるだろ?」

「効きすぎですよ! 効きすぎですが……」


 家入はそう言いかけて、もう一口麻婆豆腐を食べるとこう続けた。


「美味しいですね。この痺れる辛さが病みつきになりさそうなのはもちろんですが、しっかりと旨味も感じます」

「言っただろ? 麻婆豆腐は煮込み料理だって」


 食材の旨味が全体に行き渡り、逆にその旨味を吸う。だからこそ煮物は美味いのだ。

 しかも麻婆豆腐なら包丁要らず。挽肉はスーパーがひいてくれるし、豆腐はちぎれば良い。ニンニクも生姜もチューブで十分だ。


「むむむ、悔しいですが、認めざるを得ないようですね」

「お前俺を何だと思ってたの?」

「料理もできないろくでなしでしょうか」

「泣いていいか?」

「冗談ですよ。ガス周りとか冷蔵庫とか見て、自炊したことないのは判ってましたから」


 意外と見るところは見てるというか、気が付くというか。まあ、いままで何度かご飯を作って貰っていたわけだから、いくらでも気づける余地はあったのかもしれないが、それでも少し感心した。


「先輩こそ、何か失礼なこと考えてませんか?」

「気のせいじゃないか? 感心してるんだぞ」

「なんか上から目線ですね」

「そうか? 悪かったな」

「ホントに悪いと思ってるのなら、また何か作ってくださいね」


 口車に乗せられただろうか?

 しかし断る理由も無いなと思い、俺はそれを承諾するのであった。

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