「何で金髪なんですか?」
「うわお、ホントに先輩いるじゃないですか」
入学式から暫く経ったある日、次の授業が始まるのを待っていたらそんな声が聞こえた。声の方向を見なくとも、それが家入だと判る。
次の授業はマクロ経済学。俺は一年の時に取らなかったこの科目を今取ってるし、家入は家入で俺とは違うモデルに倣って一年からこの科目を取っている。
ついに来たるべき時が来てしまった、なんて思う。
「先輩、今日何限までですか? 終わったら遊びに行きますね」
質問と一緒に決定事項が飛んでくる。真面目に質問に答えると、この決定事項を覆せなくなる。
「暇なの?」
「いやいや私だって暇じゃ無いんですよ先輩」
「じゃあ今日は止めたらどうだ?」
「だって先輩、友達いなさそうですから、相手してあげたほうがいいのかなって」
「は?」
こいつ何を言ってるんだ。
「今も一人だったじゃないですか」
「それは単に、この授業受ける二年が少ないからだろ」
「普段から見かけると大体一人だと思いますけど」
「……まあ、そうだな」
正直家入が言うことはあながち間違いじゃ無い。
友達が居ないとは言わないが、やっぱりリモート授業なんかの弊害で人付き合いが少なくて、仲のいい同級生ってのがなかなか出来なかった。
だから、別にこんな状況なのは俺だけじゃない……ハズだ。
「それにしても先輩、この教室で随分浮いてますね」
「そうか?」
「その金髪で浮いてないと思ってたならヤバいですよ」
言われて周りを見渡すと、まあ確かにここまで明るい髪色な奴はそういなかった。大半が一年だからというのもあるだろうし、染めていたとしてももう少し暗めの色合いばかりだったからだ。
ちなみに隣にいる家入は高校時代から変わらぬ艶やかな黒髪のままだ。
「しかも先輩目つき悪いですからね。なんか一緒にいると私がヤバい人に絡まれてるみたいですね」
「お前の方が絡んできてるのにな」
「まるで私がヤバい人みたいな言い方ですね」
「違うのか?」
「違うに決まってます」
そう言ってふくれっ面を見せる家入を適当にあしらうと、家入も特に気にしてなかったみたいな口ぶりで「そういえば」なんて切り出してきた。
「そもそも、何で金髪なんですか?」
至極真っ当な質問だ。むしろ今まで訊かれなかったのが不思議なくらいに。
「別になりたくてなったわけじゃないからな。騙されたんだよ」
俺は家入に事の経緯を説明することにした。
◇ ◇ ◇
ある日、
「
「あー、確かにそうすね」
「普段どこで切ってるの?」
「家の近所すね」
「あたしがいい美容室紹介してあげよっか?」
「うーん……」
前に行った近所のところで十分だと思うけれど、いいところと言われると少し気にはなる。
まあそもそもこの先輩の誘いを断るのも面倒くさいので、俺は素直に先輩の紹介を受けることにした。
「じゃあ時間と場所は後で伝えるから、よろしくねー」
てっきりこの場で教えてくれると思ってたのに、先輩は一切何も教えてくれなかった。
時間ってことは、もしかすると先輩が予約を入れるのかもしれない。わざわざそんな手間をかけるってことは、紹介制だったり? だとしたら、ちょっと入りづらそうだ。
そして先輩が言っていたとおり、その数日後に時間と店の場所についての連絡が来た。店について調べてみたけれど、なんというか別段普通の、どこにでもありそうな美容院だった。
しかしそのときには気づかなかったけれど、当日になって実際に店まで行ってみると、なんと指定された時間は営業時間外だった。
てっきり時間を間違えたのかと思って引き返そうとしたところ、店の中から先輩が現れた。
「来たね、入って入って」
そうやって促されて中に入る。店の中を見回してみたけれど、他の客の姿は見えなかった。やっぱり営業時間外だ。
「あの、今営業時間外すよね?」
「そりゃそうよ、カットモデルやってもらうから」
「は!? いやいや、聞いてないんすけど」
「そうだっけ?」
悪びれもせず、惚けたようにそう言った先輩は椅子に腰を落とすと、そのままクロスに袖を通した。
俺もその隣の席に座るように促されたので、流されるように席に着いた。
「あ、今回試したい髪型があるから、注文は受け付けないんだって」
「え、マジすか」
とはいえ、正直なところどうカットしたいかを伝えるのもちょっと億劫なので、それはそれで願ったり叶ったりだと思った。だがこの先輩の事だ、念のために確認必要だろう。
「奇抜な髪型とかじゃないすよね?」
「んー……たぶん?」
えらく自信なさげな返答が帰って来た。
「普通の髪型だよ、大丈夫大丈夫」
フォローするかのように、俺の後ろからそんな声が聞こえた。先輩が言う大丈夫よりかは幾分安心……いやまてよ、美容師の言う普通は俺にとっての普通なのか?
なんて疑心暗鬼になっていたらカットが始まってしまった。この際仕方ないなと流れに身を任せる。
そしてそれが失敗だった。このとき、髪をどうするつもりなのかちゃんと訊けばよかったのだから。
「うわ、ウケる」
全てが終わった後、ケラケラ笑いながら先輩は言った。当然、嘲笑の対象はヘアスタイルじゃなくて明るい金色の髪に対してだ。
ただ俺はそんな先輩の笑い声なんかほとんど意に介して無くて、ただ目の前にある鏡に映る人物が自分だと受け入れられずにいた。
「え、なんすかこれ」
「金髪だね」
「いや、そう言うことじゃなくて。何で金髪なんすか」
「練習台って言わなかった?」
「練習台とは言ってないすね」
先輩は相変わらず惚けた口ぶりで「あれー?」なんて言ってくるのだから、きっとわざとやってるに違いない。事前に言ったら断られると解ってのことだろう。
「まあ、あたしだって同じだからね」
確かにそう言う先輩の髪も綺麗に染まっていた。ただし茶色に。
「いやいや、茶髪とか無難じゃないすか」
「ベージュね」
「どっちだって同じすよ」
◇ ◇ ◇
「──みたいなことがあったんだよ」
事のあらましを簡単に伝えた。話を聞いた家入は、意外にもお得意の『ヤバい』すら言わず、思いのほか真面目な顔つきでこう訊ねてきた。
「その先輩って言うのは女の人ですか?」
「え、ああ、そうだけど」
「ふーん」
思ってもない質問だった。気にする所そこか? それか、女なら割とカジュアルに髪染めるのか? 別に家入は染めてないけど。
そんな疑問を口に出さず頭の中で考えていたら、家入が続けて質問を投げかけてきた。
「それって結構最近の話ですか?」
「冬くらいだ」
「……いや先輩、その割に根元まで金髪じゃないですか」
「それがさ、最近もやられたんだよ」
そう答えると、家入が俺を見る目が変わる。何ならジロリと睨まれたような気さえした。
「またその先輩とやらの誘いにノコノコとついていったんですか?」
「ちげーよ。あの時割引券貰ったから、今度は一人で普通にカットに行ったんだよ。そしたらプリンみたいだって話になって、気づいたらまたこうなった」
「それは先輩がバカですね」
家入の表情が呆れた様子に変わったのを感じた。そんな彼女に返す言葉がない。
「先輩、今度私にも紹介してくださいよ」
「なんだ、お前も染めたいのか?」
「普通にカットしたいだけですよ。あ、でも先輩は何色が好みですか?」
「好みとか言われてもな……」
特に何がいいというのもない。
せめて家入に何が似合うからくらい考えることにしよう。
そう思って家入のことをマジマジと見ていたら、急に顔を赤くして目線を逸らされた。
「な、なんですか?」
「まあ、そのままでも十分似合うんじゃないか?」
「えっ」
「どうした?」
「い、いえ、なんでもないですよ」
そうは言いながらも家入は、しばらくの間顔を赤くしながら視線を泳がせるのであった。
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