「ポーカーフェイスは得意ですか?」

「ひとまず履修科目はある程度決まりましたよ」

「そうか、お疲れ」

「ほんとですよ、無駄に疲れました」


 だらんとテーブルに寝そべる家入いえいり。気持ちは解る。取得単位数に時間割、その授業の内容と考えることが多くて無駄に疲れる。ある意味テストの方が楽だ。なんせテストには正解があるのだから。

 家入を待っている間に入れたコーヒーを飲み、家入は一息ついた。


「さて、じゃあ今日はこれで遊びましょうか」


 いつの間にか家入の手にはトランプがあった。そして箱から取り出してシャッフルを始める家入。

 あれちょっと待てよ。家入は自分の部屋に帰らずに直接ここに来た。なのに何でトランプなんて持ってるんだ?


「最初から遊ぶ気満々かよ」

「ふふん。私、家入大夢たいむは先輩と遊ぶことに命かけてますから」

「意味が解らん」


 とは言いつつ、最初から遊ぶつもりで準備してただろうってことはなんとなく感じた。ただそうなると、最近顔を見せなかったのはなんだったのか、ということになる。

 まあこの際変なことを考えるのは止めとこう。今は目の前のことに集中だ。

 しかしトランプで遊ぶと言われても、トランプを使ったゲームは多種多様。


「それで、どんなゲームをするんだ?」

「そうですねぇ……ポーカーとかどうですか? あ、先輩はポーカーフェイスは得意ですか?」

「お前よりは上手いと思うぞ」


 事あるごとにコロコロと表情を変えてしまう家入の姿が目に浮かぶ。例えばババ抜きなら、俺がジョーカーを掴んだ瞬間にいい笑顔を見せるに違いない。


「むっ、酷い言い草ですね」

「じゃあやってみるか?」

「いいですよ。……って、あ、ヤバいですよ先輩。私、ポーカーのルール知らないです」

「だったら何でポーカーを提案したんだよ」


 家入は困ったような表情を見せつつ、スマホをいじりだした。きっとポーカーのルールを検索しているに違いない。そしてしばらくスマホとにらめっこした後にこう言った。


「ヤバいですね、役を覚えられる気がしないです」

「いやいや、そんなに多くないだろ」


 確か十個も無かったはずだ。ああでも、手役の強弱にはちょっと自信が無い。ストレートとフラッシュ、どっちが強いんだったか。

 まあそんな状況なので、俺は別なゲームを提案することにした。何がいいかと少し考えた末に、あるゲームのことを思い出す。


「じゃあインディアンポーカーにするか」

「何ですかそれ」


 インディアンポーカーはポーカーのように手役が無くて、単純にカード一枚の大小で勝負が決まるゲームだ。このとき手札は自分では見えず、額にかざして相手から見えるようにする。そして相手のカードを見て、言葉で駆け引きしたうえで、勝負に出るか降りるかを選ぶ。


「おお、なんかヤバいですねそれ」


 俺が説明をすると、家入は悔い気味聞いてきた。

 ただこのゲーム、本来ならばもっと多くの人数でやるのだが、今この場には二人しか居ない。正直なところ、二人では実質的にハイ&ローと大差ないし、二人での駆け引きにしかならないので、多少面白みに欠けてしまう。

 それでも家入はやりたいということなので、トランプゲームの種目はインディアンポーカーに決まった。


「先輩、あれできますか?」


 カードをシャッフルしていると家入が訊ねてきた。


「二つの山に分けてバラバラバラバラってめくるみたいにして交互にかみ合わせるあれです」

「いいか家入、偉大なる先人はこう言った。ショットガンシャッフルはカードを傷めるぜ」

「何ですかそれ、ヤバいですね。でも、そんなふうに呼ぶんですね」

「いや、実は違うらしいぞ。ホントの名前は覚えてないけど」

「何ですかそれ、ヤバいですね」

「相変わらずの語彙力だな」


 そうこう言っている間にある程度シャッフルし終えた。ただ、今回新品のトランプだったので、まだ結構偏っているような気もする。そう考えると、最初くらいは多少カードを傷めてもバラバラとカードをかみ合わせてシャッフルさせた方がいいのかもしれない。

 まあ、家入の質問に答えるならば、俺はそのシャッフルが上手くできないのだけども。


「じゃあ一枚引いて、額の前にこうやってカードをかざしてくれ」


 家入に促しつつ、俺は例を示すようにカードを引いて額の前にかざした。家入もすぐそれに倣う。

 家入のカードはダイヤの2だった。ハイ&ローで考えれば十分勝てる相手だ。そう慢心した矢先のこと、家入の声が響いた。


「うっわ、先輩のカードヤバいですよ!」

「何? どうヤバいんだよ」

「え、なんか数字じゃないんですけど」


 流石に家入がバカだと言っても、トランプの英字、すなわちエース、J《ジャック》、Q《クィーン》、K《キング》のことを知らないわけがない。これはそういう驚きではないはずだ。

 家入の言葉が嘘か誠かはわからないが、初手から攻めた発言である。インディアンポーカーにおいてAは最弱。そこからKまで順に強くなっていき、最強がジョーカーだ。つまり数字ではないと言うことは強い手であるかのように錯覚するが、最弱のAである可能性も存在する。

 そしてこの事実が今の俺には十分に効いてくる。なぜなら家入に負ける唯一のカードがAだからだ。家入の言葉が真実だと仮定すれば、44/52だった勝率が13/17になった。

 だがこの仮定、正しいのだろうか。逆にブラフだったと仮定して、何故こんなブラフを選んだのかを考えてみよう。

 13/17は44/52より低い勝率ではあるが、確率としてはそこまで低くない。勝負に出るには十分な数字だ。

 つまり家入は俺にカードを出させようとしている。それは何故か。俺の手が小さいからだろう。しかし『ブラフ』だと仮定しているのでAではない。つまり2以上。

 となれば──。


「──い。せんぱーい。もしもーし」

「おわ!?」


 いつの間にか目の前に家入の顔があって、俺は慌てて飛び退いた。考えすぎて周りが見えていなかったらしい。


「先輩、ヤバいくらいポーカーフェイス下手くそですね。というか、考えすぎですよ」

「え、あ、あぁ、そうか」

「ところでこれ、いつ出せばいいんですか?」

「あー、確か親が勝負に出る相手を募って、集まったらせーので出す感じだったはずだ」


 まあ二人しか居ないから、実際の所あまり親という存在に意味はないけど。単にどっちがかけ声を出すかの定義でしかない。


「じゃあ親は先輩から交代でいきましょう」

「いいぞ。降りるか?」

「いいえ、勝ちに行きますよ」


 自信満々に家入は言う。よっぽどの自信だ。これは降りるべきだろうか。

 ……否、俺は勝負に出る。


「じゃあいくぞ、せーの!」


 俺のカードはハートのAだった。家入はダイヤの2。つまり俺の負け。


「うわっ、ヤバかったですね」

「マジかよ……。お前あれ、ブラフじゃなくて素の反応だったのか?」

「ふっふっふ、それは秘密ですよ」


 俺の質問に対して家入は、真意の読めない笑顔で俺にそう答えるのであった。確かに、俺よりも家入の方がポーカーフェイスは上手いのかも知れない。

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