「先輩はどっちが食べたいですか?」
「先輩、遊びに来ましたよー」
今日もまた当然のように
「おい手洗い──」「じゃじゃん! マイコップ買ってきましたー!」
「お、おう」
自慢げに手提げのマイバッグから取り出したそれは、おそらく百均で買ったであろうプラスチックコップだった。
「じゃあ早速」
「待て待て。口に付けるものだからまずは洗っとけ。だがその前に手洗いうがいをしろ」
「ヤバいですよ先輩、矛盾してませんか?」
「次から使えばいいだろ」
俺がそう言うや、家入は怪訝そうな表情を魅せる。変なこと言ったか?
「先輩、そんなに間接キスさせたいんですか?」
「そのネタそんな引っ張る?」
「冗談ですよ」
くつくつと笑いながら家入は表情を緩める。
「次からってことはつまり、これからもお邪魔していいってことですね」
「あ、いや、そう言う意味で言ったつもりは」
「先輩がそうおっしゃるなら、私いつでもそばに居ますよ。ふふ、ヤバいですねこれ」
「人の話を聞かんか」
とりあえず家入には手洗いうがいをさせ、その間に俺は家入が買ってきたコップを洗う。
洗ったコップを家入に渡すと、彼女はそれを俺のコップの隣に置いた。そしてさらにマイバッグから歯ブラシを取り出して歯ブラシ立てに差し込む。
「おー、ヤバいですねこれ」
「え、何してんの?」
「歯ブラシ買ってきたんですよ。なんだかんだここでご飯食べてますからね。歯磨きしたいじゃないですか」
「まあ、それもそうだな」
確かに、食後そのままなのもあまり良くは無い。歯ブラシなんかを置いておくに越したことはないのか。
……いやちょっと待てよ。家が隣なら歯磨きしに戻ればいいんじゃないか? これ、いる?
「あ、私がいない隙に咥えないでくださいね」
「お前俺を何だと思ってんの?」
「ヤバい人ですかね」
こいつの『ヤバい』は多用されすぎて、この場合どういう意味なのかよくわからん。
そんなことを思って聞き返そうとしたが、それより先に家入がこう言った。
「それより、ケーキ買ってきたんで食べましょうよ」
「ケーキ? 何でまた」
「まあ、人の部屋に毎回手ぶらで遊びに行くのも、なんか悪いじゃないですか」
「なかなか殊勝なことで」
しかしそれならせめて、もう少し頻度を減らせないものかと思うのだが、家入の性格を鑑みるに馬の耳に念仏だろう。手土産があるだけよしとしておくべきだ。まあこれも、長続きするとは思えないんだけど。
とりあえずケーキを食べるなら一緒に飲み物も必要だ。
「コーヒーでいいか?」
「はい。あ、ミルクと砂糖もかってきましたから」
マイバッグからスティックシュガーとコーヒーフレッシュを取り出して家入は言う。そのマイバッグ、いろいろ出てくるけど、一体こいつは俺の部屋にどれだけの物を持ち込むつもりなんだ?
そんな俺の疑問をよそに家入はケーキの箱を開けた。中にはショートケーキとチーズケーキがそれぞれ1ピースずつ入っていた。
「先輩はどっちが食べたいですか?」
「どっちでもいい」
「じゃあ私はショートケーキにしますね」
家入はヒョイと箱からショートケーキを取り出して自分の皿に置いた。俺も残ったチーズケーキの方を皿に載せる。
さっそく一口食べてみると、濃厚なチーズの香りが口の中から広がっていく。
「おお、美味いなこれ」
「ホントですか?」
家入は断りもなく俺のチーズケーキに手を伸ばし、ひょいと一口食べた。すると直ぐに「ヤバいですね」などと口にする。
「ショートケーキよりこっちの方が良いですね」
「なら、交換するか?」
「え、良いんですか? 食べかけですよ?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししてやるよ」
「ならお願いします」
互いの皿を交換し、俺の前にショートケーキがやってくる。しかしそのショートケーキはどこか物寂しく……。
「苺無いじゃん」
「そりゃそうですよ。食べかけって言いましたよね?」
確かに家入の言うことは間違っていない。俺は苺を最後に食べるけど、家入は最初に食べる。その違いがあっただけだ。
気を取り直して俺はショートケーキを口にする。これはこれで悪くない味で、例え苺が上に乗ってなくてもわかし満足できた。
「それじゃあ今日は何しますか?」
互いにケーキを食べ終え、その余韻に浸りかけたところで家入がそう言った。
相変わらず具体的な目的も無くやってきたらしい。まあ今日に限ってはケーキを食べるっていう目的を達してしまったということにしよう。
まあまた何かゲームでもしようかな。そう思った矢先に俺のスマホが着信を知らせた。
電話に出ようとスマホを手にしたけれど、画面に表示された名前を見てちょっと
「出ないんですか? 私のことは気にしなくて良いですよ」
「あ、あぁ」
家入がいる前で電話に出ることに躊躇ったわけじゃない。けど家入に気を遣わせてしまった以上、出ないのも不自然だ。仕方が無いので俺は受話ボタンを押した。
『遅い!』
スマホを耳に当てるなり耳をつんざくような大声が飛んできて、思わずスマホを耳から離してしまう。
そしてスマホから目を背けたところで家入と目が合った。あの家入が少し申し訳なさそうな表情を魅せているようにも見える。だから俺も気を遣って、なんともないかのように答えた。
「はいはい、何すか?」
『はいはい、何すか……じゃないでしょうが。もう約束の時間とっくに過ぎてるんだけど』
「約束?」
はて何のことだったか。一度スマホを耳から離してカレンダーを見てみると、そこには『花見』と書かれていた。
「……あー、もしかして花見?」
『そう。あとはあんた待ちなんだけど』
「えー、あれマジでやるんすか?」
『当たり前じゃない。今すぐ来なさい。五秒以内に来なかったら、承知しないわよ』
そう言われて通話が切れた。断る余地など微塵もない状況。大体五秒で行けるわけが無い。
思わずはぁとため息が漏れた。息を吐ききってから顔を上げると、再び家入と目が合った。
「先約があったんですね、すみません」
「いや、俺も忘れてたんだ、仕方ない」
とりあえずこの場はどうしようか。あの人を放置しとくわけにもいかないし、やっぱりここは花見に行くしか無いか。
けどまずは片付けをしなきゃいけないな。もう暫くかかると連絡を入れなきゃいけないかな。
「じゃあ片付けはしておきますから、先輩は行ってきてください」
「いや、でも……」
「人を待たせてるんですよね? じゃあ急いだ方がいいですよ」
「……そうか。わかった、頼んで良いか?」
「お任せください!」
後のことは家入に任せ、俺は出かけるための最低限の準備だけして、家を出ることにした。
だがその直前、家入を俺の部屋で待たせることになると気づいた。流石にそれは悪いから、合鍵を使って鍵を閉めて帰って貰おう。
「あそこの棚に合鍵があるから、帰るときに鍵閉めてドアポストにでも入れておいてくれ」
「わかりました」
「じゃあな」
俺は部屋を出て駅へと向かった。
この先待ち受けてる面倒臭い奴のことを思うと若干足取りは重かったが、それでも俺は急いだ。
◇ ◇ ◇
さて、先輩が行ってしまいました。
急いでいるようでしたが、だからって他人を残して家を空けるなんて、不用心にも程がありますね。それとも、私が信頼されているってことでしょうか。
先輩が私をどう思っているのかは定かではありませんが、ここは折角なのでポイント稼ぎをしようと思うわけです。
先ほど使った食器を洗い終えた私は、次に掃除機を探します。
掃除機は玄関先にありました。コードレス掃除機。なかなか良いものを持ってますね。けれど、掃除機自体に若干埃が付いています。
この部屋、埃っぽいとは言いませんが、ところどころ埃が溜まっているのが目に付いてました。時々掃除機はかける程度ってところでしょうか。
ですから折角なのでこの部屋を綺麗にしよう。そう思ったわけです。
部屋中に掃除機をかけていき、ベッドの所まで差し掛かりました。さて、先輩はベッドの下にどんなやらしい本を隠しているのでしょうか。
うっかり掃除機で吸ってしまわないように、なんて言い訳を心の中でしながら、私はベッドの下を覗き込んでみました。
やっぱりというか、埃が溜まっています。けど流石に本なんかはありませんでした。
その代わり、何かの箱がポツンと置かれているのが目に付きました。手を伸ばしてそれを取り、軽く被った埃を払います。
「こ、これはっ……」
先輩、いったいこれはどういうことなんですか?
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