「もう一度呼んでくれますか?」


「このままではらちがあきませんね」


 家入いえいりとの英語禁止ゲーム。

 意外と英語じゃないカタカナ語の存在に翻弄され、自分はぽろっと英語をこぼしてしまう家入。そんな彼女にとって現状は面白くないらしい。

 そしてとにかくどうにかして俺に英語を言わせたいらしく、あれこれ思案しているようだ。


「何か他の遊びも一緒にしましょうか。夢中になれるものだとうっかり英語言っちゃうかもですし」

「いいぞ。じゃあ今日はあれやるか」


 テレビを付けてゲームを起動する。そこから俺が選んだのはオープンワールド系のゲームだ。広大なフィールドを駆け回って敵と戦ったり家を作ったりと自由に遊び回ることが出来るこのゲーム。そのゲーム性そのものは英語禁止ゲームに向いているワケじゃない。これを選んだのは、それとは別の特徴があるからだ。


「え、ヤバいですよ先輩。全部英語なんですけど」


 そう、日本語化されていないのだ。システム表示もアイテム名もすべて英語。下手にアイテム名を口に出せば終わり。もちろん共倒れの恐れもあるので、俺も細心の注意を払う必要がある。むしろ英語版のこのゲームに慣れてるからこそ俺の方が危ないのかもしれないけれど。


「これ、何するゲームなんですか?」

「100円」

「むう……」


 油断していたのかうっかり英語を使った家入は、弁解するでも無く100円を箱に入れた。


「それで、これは何して遊べばいいんですか?」

「建築したり採掘したり、敵を倒したり。まあ好きに遊べばいい。けどまずは斧で木を切って、木材で小屋でも作った方がいいぞ」

「斧ってどれ……あ、これですか。英語だからヤバいくらい判りづらいです」


 そう言いながらも家入はさほど迷わずキャラに斧を装備させて木を切り始めた。すると木材が現れてそれがインベントリに回収される。そしてそれを使って小屋を建てる。もちろん出来上がったのは、いわゆる豆腐と呼ばれる四角の小屋だ。


「って、これ出入りどうするんですか? ドアがないんですけど」

「100円」

「ヤバいですね」


 家入が100円を投入したのを確認し、扉の作り方を説明した。

 これで最初の拠点が出来上がったので次のステップへ進む。


「んじゃ次は金属でも採掘して装備を強化するか」

「どうやって採掘するんですか?」

「そのぴ……」

「ぴ?」

「あー……あれだ、その、そうだツルハシだ。ツルハシを使って地面を掘ってくれ」

「今のはヤバかったですよ先輩」


 一応セーフということらしい。

 今のは危なかった。どうしても俺が説明する手前、ゲーム中の用語は俺が先に口に出すことになる上、英語で書かれた表記をそのまま読むという普段の呼び方が俺の中で定着してしまっている。

 もっと気をつけなければ、そう思った矢先のことだ。


「先輩、このコッパーって何ですか?」

「カッパーな。……あっ」


 発音の違いが気になって、つい指摘してしまった。しかも指摘はしたけど、コッパー読みも間違いじゃない。Boxをバックスのように発音するかボックスと発音するかの違いみたいなものだ。

 ちなみにCopperは銅のこと。


「ふっふっふ、してやったり」

「いや、お前もダメからな」

「えー、発音が違うからセーフですよ」

「今のでもう100円な。てかそっちの読み方も間違ってなかったわ。全然セーフじゃないから」

「ふふん、さらに100円ですね。」

「自分も言ってるからな?」

「……と、とにかく、私を巻き込もうったってそうはいかないですよ」

「いやいや。ちょっと待って調べる……。ホラ見ろ、発音記号、άɔもあるだろ」

「さらに200円追加ですね」

「ちょ、タイム! 今のは発音だから違うだろ! 英語じゃないって!」


 今ので200円って、流石に意味が解らない。どんだけ俺に金を払わせたいんだよ。


「良いですけど、今のも100円ですよ?」


 今の? ……あぁ、タイムって言ったからか。待ったとか言えば良かったな。

 家入の無茶に対してムキになりすぎてついつい英語が出てきてしまっている。少し冷静になろう。

 ……待てよ、これは。


「今のはお前の名前を呼んだだけだ」

「へっ」


 そうだ、家入の名前は大夢たいむだ。ちょっと苦し紛れの言い訳っぽいけど、いけるか?

 家入の返事を伺っているが、家入はしばらく黙り込んだままだった。そして心なしか顔が赤らんでいる。


「わ、私の名前ですか」

「そうだぞ」


 お? これは押し通せそうな雰囲気だな。


「だ、だったら、もう一度呼んでくれますか?」

「いいぞ大夢たいむ

「ふっ、ふふふっ、ヤバいですねこれ」

「え、何だよ気味悪いな」


 突然不気味な笑い声を洩らす家入に、俺は若干引き気味になる。

 

「そんな嘘を押し通したいなら、これからも私のことは名前で呼んで下さいね」

「100円払うわ」

「わっ、ちょっと待ってください先輩!」


 結局のところ口から出任せとバレバレだったらしい。不気味な笑いはそんな俺をどう揶揄からかおうかといったところに違いない。

 変なルールが課せられるのと100円を天秤にかけるなら、流石に俺は100円を払うことを選ぶ。金額がもっと大きければ違うんだけど。


「良いじゃ無いですか、100円大事にしましょうよ」

「面倒臭い」

「なら私もこう呼びましょう、丈留たける先輩」

「うわ、なんか寒気する」

「ひどいですよ!」


 そしてしばらくの言い合いを経て、なんとか俺が100円を払うことで決着が付いた。何故そこまでして呼び名にこだわるのか、俺はイマイチわからなかった。

 その後も英語禁止ゲームは続いて、最終的に2500円が貯まった。


「微妙な金額ですね」

「二人で何かするにはそうかもな。どうする?」

「使い道はまた今度考えましょう。それじゃあ今日はこの辺で失礼しますね」


 そう言って彼女は、やはり隣の部屋へと帰っていくのであった。

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