「英語禁止ゲームとかどうですか?」
「じゃあ今日は何しましょうか」
朝食で使った食器を洗い終えた
当然俺はこいつと遊ぶつもりなんて無かったから、何をするなんて訊かれてもそんなすぐに思いつくわけがない。
「そういえば先輩、プライム会員になりましたか?」
「昨日の今日だぞ」
確かに家入は昨日そんなことを言ってたけど、さすがにハイそうですかと加入するようなもんじゃないだろう。
だから状況としては昨日と何ら変わりなし。何かやるにも、選択肢は昨日と同じってことになる。そうなるとゲームでもするのが妥当なところかな。
「けどゲームするだけもつまらないですよね。……そうだ!」
まるで名案でも浮かびましたとばかりに家入は手を叩く。一方で俺は悪い予感しかしない。
「英語禁止ゲームとかどうですか?」
「名前から既に英語なんだけど」
予感に反して、まあまあ無難なアイディアが家入から出てきた。
英語禁止ゲーム。何かのバラエティ番組で聞いたよな名前のそれは、ルールを聞くまでもなく名前の通り英語を言ってはいけないだけの単純なゲームだろう。けど単純と簡単は違う。この説明で出てきた英単語の数を考えればその難しさが解る。
「ルールは単純に英語を使ったら負けってことでいいか?」
「先輩、ルールは英語ですよ」
「まだ始まってないだろ」
「仕方ないですね。それでですね、うっかり英語を使うごとに罰金百円払ってもらいます」
お金が絡むのはどうかとは思う反面、まあ百円ならばと思う、絶妙な設定だ。
「罰金は相手に払うのか?」
「いえ、プールしておいて今度そのお金で遊びましょう」
「プールは英語だぞ」
「気が早いですね先輩。まだ始まってないですよ」
同じやり取りを立場を逆に繰り返す。なのに自分が言ったことを棚上げするかのように、馬鹿にするようなニュアンスで家入が返してきた。ホントこいつはこういう所があるな。
まあそれはそれとして、罰金をプールするってことなら賭け事にもならないしいいだろう。また次に遊ぶ機会がある前提なのはまあこの際仕方がない。
「解った。他に決め事はないか?」
「単純な方がやりやすいですからね。それじゃあ始めますよ? 英語禁止ゲーム、スタート!」
「おい待て」
意気揚々と英語を交えて開始宣言をする家入に対して真っ先にツッコミを入れる。天然でやってるバカなのか、それともウケを狙ってるのか判断に困る。
「その開始宣言は範囲内か?」
「あー、範囲外ですかね」
どうやら天然らしい。この調子なら余裕で俺が勝ちそうだ。だからこれくらいは大目に見てやることにした。
そしてここからが本番だ。
「そういえば先輩は、朝ご飯はご飯派じゃないんですね」
開始早々、脈絡ない話題を出してくる家入。あまりの不自然さから、俺がうっかり何か言ってしまうのを狙ってるのがバレバレだ。
「そうだな。実家に居たときはご飯も出てきたけど、こっち来てからはもっぱらパンだな。楽だし」
「はい100円です」
「は?」
100円を出せと言わんばかりに家入は俺に向けて手を差し出してきた。
思った通り、家入は俺が『パン』や『トースト』と言うのを狙ってたようだ。けどまだまだ詰めが甘い。
「パンは英語じゃないぞ」
「えっ」
そう、パンって言葉は英語じゃない。誰だって英語を習ったときに知る事実。英語でパンはブレッド。
「じゃあ何語なんですか?」
「パンはな……あれ、何語だ?」
パンは英語じゃない。それは解るんだけど、どの国の言葉かと言われたら判らない。流石に日本語ってことはないはずだけど。
判定のためスマホで調べることにした。検索した結果、ポルトガル語が由来だと判る。
「どうやらポ……」
待てよ、ポルトガルって呼び方が英語じゃないか? こういう時どう呼べばいい? アメリカなら米国、イギリスなら英国。じゃあポルトガルは?
少し考えて、遠回しに説明することにした。
「天ぷらとかカステラの語源と同じ国の言葉らしいぞ」
「先輩、ヤバいくらい物知りですね。ところで、それってどこの国でしたっけ?」
当然カステラも英語じゃないので同じ理屈でセーフ。家入はそれを解ってかそのことに追及するよりも、俺にポルトガルと言わせることを選んできた。
「なんだ知らないのか? 高校、いや中学に戻って日本史の勉強やり直したらどうだ?」
「むむ、流石にそれはヤバいですよ」
とりあえず家入の誘導をやり過ごした。
とにかく家入は俺に英語を使わせようと積極的に攻め込んできている。そっちがそのつもりなら、俺も何か仕掛けていった方がよさそうだ。
「それで家入、一人暮らしはどうだ?」
「いやー、ヤバいですよ。家の手伝いくらいはしてたから余裕だって思ってましたけど、いざ全部自分でやるってなると大変と言いますか」
「だから朝食をたかりに来たってことか」
「あははー、まあそんな所ですね」
なんともはた迷惑な話ではあるが……一人暮らしの大変さは俺もこの一年で身に沁みて理解している。すぐ近くに慣れ親しんだ相手がいたら甘えたくなる気持ちもだ。だから俺は彼女のことを無下には出来なかった。
「まあ困った事があれば言ってくれ」
「だから言ったじゃないですか。先輩は専属の……」
そこまで言いかけて、家入はハッと口を塞いだ。たぶんコンシェルジュと言いたかったんだろう。別に俺はそこへ誘導したつもりはなくて、家入は勝手に自爆しようとしただけだ。
「専属の召使いですからね」
「コンシェルジュは召使いじゃないだろ」
「はい先輩、100円です」
「むっ」
ついツッコんでしまった。これは家入に一杯食わされ……いや、コンシェルジュって英語か? なんか英語っぽくないぞ。
財布ではなくスマホを手に取ってまた検索する。フランス語らしい。その結果を家入に見せると「意外と英語じゃない言葉も多いんですね」と納得が得られた。
しかしこの物言い、完全に油断し始めている。そろそろぼろが出そうだ。
「んで話戻すけど、家具とか家電とかどのくらい揃えたんだ?」
「そうですよ、聞いてくださいよ先輩。テレビ買ってくれなかったんですよ、テレビ無しとかヤバくないですか?」
「200円な」
「はっ!」
早々にぼろが出た。テレビ。すなわちテレビジョン。流石にこれは英語だ。
ソファー、ベッド、パソコンやポット、そしてテレビ。家具や家電には英語が少なくない。しかも冷蔵庫や洗濯機と違ってこういうのは生活に必須じゃないから最初に買ってくれなかったりする。家入のことだからその辺を付けば愚痴りそうだと思ったら案の定だ。
「しょうがないですね」
家入は渋々とバッグから財布を取り出して、100円玉2枚をテーブルに置いた。
そういえば、100円を貯めておく容器が必要だな。
「これに入れるか?」
なんてことの無いただの空き箱を持ってきてテーブルに置いた。家入はその中に先ほどの100円玉を入れる。
「むむむ。でも先輩、先輩は最初から買ってもらったんですか? それとも自分で買ったんです?」
「自前だな」
「先輩も買って貰えなかったんですね。お金はどうしたんですか? 盗んできました?」
「バイトしたに決まってるだろ」
「ふふふ、100円です」
してやったりといった表情を見せる家入。しかし残念ながら彼女の企みはまたも失敗に終わる。
「アルバイトはドイツ語な。ちなみにドイツって呼び方もドイツ語だ」
「えー」
カタカナ語禁止ゲームにしなかったのが裏目に出たな。ここまで出てきたように、ポルトガルやドイツ語由来の言葉も少なくない。
他にもフランス語由来のサボる、意外にも中国語由来なリーチといったように、英語じゃないカタカナ語はまだまだある。
そこの見極めができないと、このゲームで相手を
「ま、まだまだこれからですよ、先輩」
しかし家入はまだ諦める様子も見せず、闘志を燃やすのであった。
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