独裁時計

不屈の匙

独裁時計

 僕の家では、時計が一番偉い。

 何時に何をするのか決まっていて、誰もが時計の鐘に従って規則正しく過ごしている。

 僕たちは『時計』を父のように慕っていた。


 規則正しくチクタクチクタク。


 6時には起きて、

 7時には朝ごはん、

 8時には家の掃除。

 11時までは畑を耕し、

 12時にはお昼を取る。

 15時にはおやつが出て、

 16時には市場に売買に。

 18時までまた畑を耕す。

 19時に夕食をし、

 20時に入浴を済ませ、

 22時に就寝。


 規則正しくチクタクチクタク。

 『時計』は一時間ごとに鐘を鳴らして、僕たちの生活の指揮を執る。


 『時計』は融通の効かないやつなので、夏でも冬でも一定に時を刻んでいる。

 暑くても僕たちは布団を被って6時まで寝るし、暗くて手元が見えない冬でも僕たちは18時まで畑を耕した。

 熱と咳にえづきながらも鍬を振るい、土砂降りでも畑に種を蒔いた。

 規則正しい生活は、慣れてしまえばそう悪いものではない。

 なにせもの心ついた頃からそうだったから、スケジュール通りに過ごすのはとても簡単なことだった。


 規則正しくチクタクチクタク。

 『時計』に躾けられた僕たちは時間通りに呼吸をして排泄した。

 『時計』はチクタクチクタク僕たちを管理するはずだった。


 規則正しくチクタクチクタクタクトクタクタク。

 けれど、なにぶん古い『時計』なものだから、少しずつ刻む時間がマチマチになってきた。


 最初はほんとうに数秒だったと思う。

 母や妹ができたての朝食を並べて、僕も食卓についても、7時の鐘が鳴らなかった。

 僕たちが「アレ?」って首を傾げた数秒後に「ボーン」と鐘が鳴った。


「気のせいか」

「気のせいよね」

「気のせいだよ」

 なんて囁き合って箸を手にとった。


 乱れたリズムでチクチクチクチクタックタックタック。

 『時計』の『針』は右往左往。


「嘘。ついさっきまで6時だったのに! 15時まであと5分!」

「5分もあるかな」

「お茶菓子、足りるかしら」


 夕暮れ時に慌てておやつの時間にしたり。


「兄さん、今何時?」

「11時」

「寝てる時間?」

「『時計』が怒ってないから昼間だよ」


 太陽が出てる間に眠らないことに安堵したり。


「20時だ! お母さん、お風呂、沸いてる!?」

「まさか。水しかないわよ」


 真冬の朝に水風呂に入ったり。


 そんなこんなでてんやわんや。

 『時計』は時間通りに動かない家族に「ボーンボーンボーン」!

 『時計』は「きちんと時を刻んでいる」と主張する。


 僕らを責めるようにチクチクチックチック。

 僕たちは『時計』の癇癪にビクビク怯えていた。


 最初に根を上げたのは母だった。

 これまでの規則正しい生活が祟って、急な変更に苦しんだ。

 日に日にその体は細く草臥れていった。


 次に泣きじゃくったのは妹だった。

 妹の友人たちが日向で遊んでいるのを尻目に、父は真夜中だから寝ろというのだ。

 乱れた生活に少ない友人を失った。


 それでも二人は『時計』に従った。

 僕だけが耐えられなかった。

 耐えられなくって、僕はカナヅチを握った。


「ぎゃーんぎゃーんぎゃーん」


 とうとう『時計』が断末魔を鳴らした。世界中に渡るような盛大な音だった。

 針はピタリと動きを止めた。

 うんともすんとも言わない『時計』に、僕は爽やかな気持ちだった。


「『時計』はどうしたの」

「死んじゃった」

「じゃあ兄さんが次の『時計』ね。これからどうするの」

「これから何を頼ればいいのかしら」


 不安げな母と妹に、僕はこう言った。


「もう『時計』に縛られる生活はやめよう」


「えっ。それってどういうこと」

「一人一人が『時計』になるってことさ」

「考えたこともなかったわ」


 何度も瞬きをする二人に、僕は問いかける。


「どうかな」

「賛成」

「賛成」


 二人は一も二もなく諸手を上げた。


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独裁時計 不屈の匙 @fukutu_saji

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