私、花子さん。最近誰も来てくれないの

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私、花子さん。最近誰も来てくれないの

 2020年、都内某所にある都立小学校。その四階にある女子トイレの四番目の個室。時刻は丑三つ時。こんな時刻にも関わらず、その個室のトイレでは赤い服を着た一人のおかっぱ頭の女の子が便座に座っていた。


『最近おかしいわ。誰も来ないなんて……』


 全国でも有名な都市伝説・学校の怪談話である『トイレの花子さん』だ。


 御年140歳、いわゆるロリババアである。


『うっさい!!』


 ナレーションに文句言わないでください……。


『はぁ……。もう一月以上は誰も学校に来ないわ。私達妖怪は、人の恐怖をエネルギーに生きてるのに』


 そう、『トイレの花子さん』に限らず、妖怪達が活動するには、人間達の恐怖エネルギーが必要なのだ。


『このままじゃ、消えてしまうわ。ただでさえ最近じゃ生きてくのがやっとなのに……』


 昨今のSNSの普及。学校のセキュリティーの強化。昔のように忍び込んでくる子供なんていやしない。人間にとっては便利でも、妖怪にとっては世知辛い世の中である。


 それに加え、このコロナ禍である。数ヶ月に及ぶ休校措置、『トイレの花子さん』にとっては死活問題だった。


『はぁ……ホントに何があったのかしら?』


 そう、この時の『トイレの花子さん』は、まだ何も知らなかったのだ。







『もうやばい、もう無理。花子もう限界』


 新入学児も来ない、在校生も来ない、先生もこんな四階なんてろくに来ない。『トイレの花子さん』ピンチである。まぁ『トイレの花子さん』って今そんなに有名じゃな……


『うっせええぞ! ゴラアアアアアア!!』


 だって、今どき有名なのって、くねくね、八尺様、きさらぎ駅等、ネットが中心に拡散されているものばかりである。もう時代が違うのだ。


『そんな事言わないでよ。くねくね?八尺様?ねぇ、私がくねくねしたら人気出るのかしら? あっはん?』


 一部の方々にはきっと人気になれますよ! 怖がられませんけど。


『それじゃ意味ないじゃない!!』


 あの……、もう慣れちゃったのであれですが、普通にナレーションにツッコまないで下さいね?


『知らない! あっかんべー!!』


 あーあ、拗ねちゃちゃった。







『…………』


 『トイレの花子さん』ならぬ、『干物の花子さん』である。


『……うっさい』


 反論する元気もないようですね。そんなあなたに一つ提案があるんです。


『……何よ?』


 思い切ってここから出て、他の場所で人を探せばいいんじゃないですか?


『くっ、それじゃ意味ないのよ!! ここが私のマイホーム! こ・こ・が!私のマイホームなの!! わかる!?』


 けど、『トイレの花子さん』って色々な逸話がありますよ? 頭が増えたり、花粉症だったり……。


『それは言わないで! ホントに頭が増えちゃうし、花粉症になっちゃう! 人の想いが私を変えちゃうの! それにそれは私であって私じゃない、違う『トイレの花子さん』よ』


 そ、そんな事が!?


『だから私はここを移動しない。今のままの私を、ありのままの私を認めてほしいのよ』


 そんな事情があったのですね。けど、このままじゃ『トイレの花子さん』が消えてしまいますよ?


『そんな筈ない! きっと、きっと子供達は来るわ。私は信じてる』


 そんな時、なんと数カ月ぶりに人間の声が聴こえてきた。


『ほーら来たわ! さぁさぁ、私はここよ!!』


 いや、あなたを探しにきた訳じゃないと……。


『うっさいハゲ!!』


 ハゲとらんわ!!


『きゃっ! そんな怒らないでよ……』


 誰が怒らせたんだか……。そんな事より、行っちゃいますよ?


『ホントじゃないの! ちょっと待って! こうなったら奥の手よ!!』


 妖怪の奥の手、そうポルターガイストである。


『うりゃりゃりゃりゃりゃ!!』


 さぁ、この想いは伝わるのでしょうか?


「ん? 何か物音がしたぞ?」


「バカな。今コロナ禍で休校だから誰もいないんだぞ? 気のせいだろ」


『え、そんな……。休校って……』


 遂にコロナ禍による休校の事を知った『トイレの花子さん』。茫然自失している間に人間達はどこかへ行ってしまいました。








『…………』


 あの? 生きてますか?


『もう……終わったわ』


 諦めてしまうのですか?


『だって、だって……!』


 そんなの、あなたらしくありませんよ。


『けど、どうしようもないじゃない!? 何よ! コロナ禍って! 休校って! ……人が来なければ『トイレの花子さん』も何もないわよ』


 流石の『トイレの花子さん』も厳しそうですね。


『……もう落ち目なのもわかってるわ。コロナ禍何て関係なくね。今じゃ誰も私の事なんて、見てくれないわ』


 このままで……いいのですか?


『うっさい。もう構わないで。あっちへ行って』


 このままでは消えてしまいかねない『トイレの花子さん』。果たしてどうなるのでしょうか?







 ガヤガヤ、ガヤガヤ。


 おや? 騒がしくなってきましたね。『トイレの花子さん』、人が来ましたよー?


『……もう、いいのよ。私にはもう人を怖がらせる事なんて出来ないわ』


 もはや溶けはじめてしまっている。これでは『トイレの花子さん』ではなく、『溶けてる花子さん』だ。








 それからまた大分経ったある日、ある一組の子供達がトイレにやってきた。


「よし、ここにセットして、と」


「緊張するね!」


 おや? 何か始めるみたいですよ?


『……私には関係ないわ』


 ハァ……。やれやれですね。


 何も知らない子供達は、壁に置いた四角い板を弄ると、大音量の音楽が流れ出した。


『うっちゃい、うっちゃい、うっちゃいわ』


 変わった音楽ですね。独創的な音楽に合わせて子供達は踊っています。お遊戯の練習かな?


 段々と曲が盛り上がり、テンポも上がってくる。


 おや? 『トイレの花子さん』の様子が……。


『そっちがうっちゃいんじゃーーーー!!』


 ドンドンドン!!


「きゃっ!」


「えっ?なに??」


 四角い板をそのままに、慌てて逃げ出した子供達。誰もいないそのトイレで音楽だけが鳴り響いています。


『こーこーは、トイレなの!! わかる!? トイレなの!!』


 誰もいない筈のトイレでドアを叩く音が絶え間なく続きます。音楽に合わせて……。いつの間にか毒されていたようですね。音楽の力恐るべし。


 曲の終わりと共に、『トイレの花子さん』は力尽きてしまったようで、動かなくなってしまいました。


「ね、ねぇ。はやくスマホ取ろうよー」


「い、いやよー。あなたのなんだからあなたが取ってよー」


 おやおや、先程の子供達が、忘れてったあの四角い板を取りに来たのですね。力尽きてしまった『トイレの花子さん』は、気づきません。ほら、はやく取ってお逃げなさい。








  あれから数日後。にわかにここのトイレが騒がしくなりました。


「ここよ、ここ。例の『太鼓の花子さん』! 誰もいない筈なのに急に音楽に合わせてドアを叩く音がするんだって」


「動画見た見た!! あれホントなのかな?」


「それを確かめる為にこうやって来たんでしょ?」


「早速やってみようよ!」


 またあの四角い板を取り出すとそこからあの音楽が流れ出しました。


『うっちゃい、うっちゃい、うっちゃいわ』


 あれ、『トイレの花子さん』の様子が……。


『何だか力がみなぎってくるの。私がまるで私じゃないみたい』


 そりゃそうですよ。そんな法被にねじりはちまきしてれば誰でも『トイレの花子さん』には見えませんよ。まさに、『太鼓の花子さん』ですね。


 ドンドンドン!!


「きゃー! ホントに鳴った!! ドア開けてみて!」


「んーー!! 開かない。おかしいわ!!」


「『太鼓の花子さん』よ! きっとそうに決まってる」


『やっ!ほっ!うりゃ!!』


 ふふ、生き生きとしてますね。


『うっさい!』


 ……まぁちょっと変わってしまいましたが、生き残る事が出来ましたね。これで良かったのでしょうか?




 こうして『トイレの花子さん』ならぬ、『太鼓の花子さん』の新たなる伝説の始まる? のでした。さてはて、どうなるのやら。


『うっさいハゲ!!』


 ハゲとらんわ!!

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