第9話

 「おい、あいつ・・」


「え、何で!?

あいつ確か○小だろ?

どうしてこっちに来るんだ?」


中学の入学式。


本来なら別の中学に行くはずの俺は、小学校卒業と同時に親が借家を引き払い、正式に自宅に移り住んだ結果、中学からこちらに通う事になる。


同じ小学校の人は誰もいない、完全な孤立状態だ。


ただ、剣道の道場仲間だった者や、野球、陸上の大会などで顔を合わせていた他校生も多く、全く知り合いがいない訳ではない。


尤も、野球部のように、俺のせいで常に試合で負けていた者達からは、あまり良い感情を向けられてはいない。


入学式が終わった次の日、この中学の剣道部顧問の先生が、わざわざ俺の教室まで来て、熱心に勧誘してくださった。


まさか俺がこちらの中学に来るとは思わなかったようだ。


大会でしつこく勧誘(命令?)してきた者は、もう1つの中学教師だ。


『お前は絶対に剣道部に入れるからな』


初対面の俺に、いきなりそう言ってきたつわものだ。


完全に無視してやったが(親にまで何か話してた)。


それとは異なり、こちらの先生は礼儀正しかった。


実は前回も、彼から同じ勧誘を受けている。


ただその時は、俺もあんな出来事があったせいで、気分がささくれだっていたので、そっけ無い返事で無下に追い返してしまった。


その事を反省した今回は、丁寧な言葉で、『自分なりの考えがあって、もう試合に出るつもりはありません』と説明する。


俺の実力を惜しんでくれた彼は、『部活は諦めるが、せめて初段だけは取った方が良い』と、昇段試験に協力してくれると言ってきた。


そのご厚意を有難く受け、試験前に型の教えを乞う事にする。


部活に入らないのに、それで満足されて帰って行く彼に、俺は深く頭を下げた。



 結局、俺は陸上部に入った。


自宅まで、先輩方数人がわざわざ勧誘に来たし、その実力も折り紙つきだ。


野球部は論外だし(勧誘すらされなかった)。


『日曜祝日は、事情があって練習には出られません(大会は別)』と言っても、顧問の先生は了承してくれた。


この中学には、前回、様々な不満や、嫌な出来事が多かった。


当時はまだ、中学教師の職は、当人達に『天職』と呼ばれるほどに楽で(田舎だけかな?)、今は廃止された諸手当なんかも付いて、まさにやりたい放題だった。


気に入らなければ直ぐに生徒を殴る(平手で叩く)。


『お前それ、完全な私情だろう』と、見ているこちらが言いたくなるほど、簡単に生徒達に暴力を振るっていた。


そのくせ授業はいい加減で、ただ教科書の内容を話し、板書してるだけ。


だから定期試験なんて、一夜漬けでも十分に100点が取れる。


偶に新卒の、やる気がある教師が赴任ふにんして来て、独自の授業をやろうとしても、『他のクラスと差がつくから』と、年配の無能教師達から注意されるのだ。


そして翌年には、彼ら(彼女ら)は別の学校に飛ばされる。


数十年後、俺が大人になってから、地元近くの中学で、教師が生徒に刺殺される事件が起きる。


まだそういう事件は珍しく、ニュースで何度も報じられたが、俺は驚かなかった。


モンスターペアレントとか言う、クレーム好きの親達の出現も、起こるべくして起きたと俺は思う。


学生時代、当時の教師達の理不尽な仕打ちを恨んでいた者達が親になり、対等な立場でものを言い始めた結果でしかない。


未来で逆に、一部の保護者達から、まるで小間使こまづかいの如く扱われる教師達の姿を紙上で読む度に(『子供が朝ちゃんと起きないから、先生起こしてくれ』だって)、因果応報だと感じたものだ。


今後教職に就く若い世代には、いい迷惑でしかないだろうが。


前回の経験から、俺はこの中学で、無駄むだな事は一切しないと決めた。


校舎の玄関先にある傘立てに挿した新品の傘が(名前が貼ってあるのに)何本も続けて盗まれる前に、折り畳みにして毎回教室まで持参するし、社会のテストで100点しか取った事がなくても、通知表に3しかつかない事に、いちいち文句を言いに行ったりしない(どうせ誰もいないだろうと俺達を馬鹿にして尋ねたら、俺が日本国憲法の前文を、すらすら暗唱したのが気に食わなかったらしい。美しい文章だから、覚えていただけなのにな)。


事前連絡なしに、他校で開催された立志式でいきなり代表に立たされても(式の手順をしっかり予行演習していたらしい西本の中学で、何も知らされていない俺達は、戸惑うばかりだった)、今回はきちんと対処できる。


言っても無駄な事は言わないし、やっても無意味な事はやらない。


どうせ学年トップで卒業するのだから。


まともだった、国語の女性教師(剣道部の顧問は、担当学年が異なり、接点がなかった)とだけ、親しくすれば良い。


そう考えると、随分気が楽になった。



 中学生になると、当時の田舎の子供達は、途端とたんに先輩風を吹かした。


大して中身もないのに、物凄ものすごえらそうだった。


ついこの間までガキだった奴が、下級生から『先輩』なんて呼ばれるから、誤解ごかいする者が多いのかもしれない。


その辺りは、他の就職先を全て落とされた新卒の若輩じゃくはいが、いきなり子供達から『先生』なんてうやまわれて、勘違いするのと似ている。


やり直す以前、大人になり、当時偉そうに彼らが指図さしずしたりいじめたりしていた後輩達が自分達の店や会社のお客さんに変わって、情けないくらいにペコペコしている奴らを、俺は何人も見てきた。


日々考えなしに人と接してると、何時いつかそういう目に遭う事もあるから、気を付けた方が良い。


『ざまあ』は、なにも空想の世界だけで起きるものではないのだから。


今回の俺は、1年時、学校でほとんど口をきかなかった。


やたらな事を言うと、同じクラスの性根しょうねくさった奴が、直ぐに先輩とやらに得意げに告げ口をしに行くからだ。


やり直し前、野球部に入らない理由をクラスの1人に聴かれ、『あの練習じゃ無理』とそいつに話したら、次の日、大勢の先輩達が下校時に俺の後をつけて来た。


家に着くまで、徒歩の俺に、自転車に乗りながら集団でぎゃあぎゃあほざいてきたので、家から竹刀を持ち出し、4、5人ほど手や腹を殴ったら、泣いて帰って行った。


似たような事が3回あり、その後、俺は教師2人から指導室に呼ばれた。


『クラスの皆がお前に怯えている。

簡単に暴力を振るうんじゃない』


そいつらは、俺の話を聴く事なく、一方的にそう言ってきた。


職員室の真ん前にある、体育館でも同じ事があったのに。


その時は、竹刀がないから素手で主犯格を2人殴り倒した。


中1で既に180㎝を超えていた俺は、口ばっかりの3年生が何人集まろうと、どうにかできる程やわではない。


ちゃんと顔を殴らないよう手加減してやったのに、まるで俺が全部悪いような言い方をされる。


面倒なので、その時俺は、『お前達が3年をきちんとしつけてないからだろ』とは言わずに、『向こうから来なければ、俺は何もしませんよ』、それだけ言って、あとは聞き流した。


結果として、俺は小学時代の模範生から一転して、また問題児扱いになる。


それもまあ、愚かな上級生がいなくなるまでの間だったが。


ただそのお陰で、当時俺と仲の良かった者達は、今で言う『陰キャ』、若しくは落ちこぼれ(頭が悪い、運動が苦手というだけで、性格は穏やかだった彼らを、俺は決してそう思わなかった。『陰キャ』だって、今のトレンドだろう?『実力を隠して‥』なんて題のラノベが流行はやるくらいだし)であったが、誰からもいじめられずに済んだ。


それだけは、素直に良かったと思う。


俺は今回、前回も仲の良かった彼らと、休み時間に前日のアニメの話をする以外、学校では大人しくしていた。


心の洗濯、ストレス解消は、専ら週末の西本との時間でする。


お互い中学生になった事で、それまで以上に一緒にできる事が増えた。


自転車に乗れるようになった彼女と、隣町の大きな公園まで行って、桜の樹の下で、ジュースを飲みながらお喋りを楽しむ(毛虫のいる時期は別の樹)。


俺がサンドイッチなどの軽食を作って、おしぼりやシートと共に持参し、2人でそれを食べながら、色んな話をした。


お互いの学校の事、最近の出来事、悩みや、ほんの僅かな愚痴ぐち


彼女が珍しく愚痴を言う時は、わざわざ俺と背中合わせに座り直してからにする。


負の感情を吐き出す際の顔を、俺に見せたくないそうだ。


彼女の愚痴は、大体が異性がらみ。


先輩や同級生の男子達から、手紙を渡されたり、机の中に入れられたりする事が増えてきたそうだ。


彼女は凄く可愛いし、頭も良く、それなりに運動も得意で、家も裕福だ。


小学時代は俺と一緒にいる事が多く、そういう事はほとんどなかったそうだが、別々の中学になり、他の小学校から来た者達は、俺達2人の事を知らない。


俺達は付き合っている訳ではないので、彼らがそういう行動に出ても、仕方のない面もある。


「さすがに、校舎裏とかの呼び出しには一切応じないけど、手紙の返事を求められるだけでも嫌なのよね。

一方的に思いをぶつけてきて、それにいちいち返事をしろだなんて、こっちの身にもなって欲しいわ」


「・・まあ、相手が可能性があると考えてる内は、返事くらい欲しいと思うだろうね。

中学生なんてまだ子供だし、自分勝手な奴は多いさ」


「あなたは違うじゃない」


『実際に精神年齢が異なるからね』


「面倒に思うなら、何か断る理由を作れば良いさ。

毎回そう言っていれば、その内それが定着する」


事実、やり直し前の俺は、バイト先の飲み会でカラオケに行った際、『じいさんの遺言ゆいごんで、カラオケは歌えないんだ』と言って毎回ごまかしていた。


みんな半信半疑だったが、その内誰も歌えと言わなくなった。


「そう?

ならそうしようかな。

・・それ結構名案かも!」


急に弾んだ声を出す彼女。


「・・そっちはどう?

誰か可愛い子いる?」


「主観的な意味で答えるなら、いないね。

女子全員の顔を見た訳でもないし」


「告白とかはされないの?」


小学校の5、6年時、俺が数人の女子達から手紙を貰った事を、彼女は全部知っている。


西本が最初に手紙を貰った際、昼休みの2人だけの時間に、どうやって断ろうかを相談され、以後、何故かお互いに報告し合う事になったからだ。


貰った相手の名前は伏せる事で、罪悪感を消していた。


「されないね。

僕は西本みたいに持てないよ」


『それは違うでしょ。

もしそうなら、こんなさぐりは入れないし』


「・・夏休みになったらさ、うちの家族と一緒に、旅行に行かない?

軽井沢。

お母さんが、おじいちゃんから別荘を分けて貰うんだって。

あなたも誘って良いと言われたの。

以前、お留守番に付き合わせたお礼だって」


「軽井沢に別荘?

君のおじいさん、何してる人?」


「よく知らないけど、何処どこかの会社の社長だって。

別荘を3つ持ってて、お母さんと伯父さんに、其々1つずつあげるみたい」


「・・ある所にはあるんだなあ。

折角だけど、今回は遠慮しとくよ」


「どうして?」


「色々と気を遣いそうだから。

多分、君のおじいさんも、滞在中に一度は顔を見せに来るんじゃないかな」


「何で分ったの!?」


「やっぱり・・。

現実贈与と呼ぶには額が大き過ぎるし、不動産でもあるからね。

書類作成や手続きには、本人か、その代理人が要る」


「何か難しい事知ってるね。

折角おじいちゃんが会いたいと言ってくれたのに・・」


「僕に?」


「うん。

私に仲の良い男子がいるって言ったら、一度会ってみたいって。

伯父さんの子供に女の子はいないから、私を凄くかわいがってくれるの。

『子育ては田舎が良い』と言って、お母さんがここに家を建てたらしいけど、おじいちゃんは東京に住んで貰いたかったって聞いた」


「そう聴くと、尚更なおさら会いたくなくなるね」


「大丈夫、優しいよ?」


「君にはだろ?」


『もう、頭が良過ぎるのも考えものね。

今はまだ、焦っても仕方ないか』


「じゃあさ、その代わり、帰って来たら2人で何処かに遊びに行こう?

電車に乗って、映画を見に行くのもいな」


「映画館は、座席が狭くて気を遣うからなー」


「はあーっ。

・・分った。

うちでビデオ見よ(当時、まだ出てから数年で、最低でも20万円くらいしたから、学校でもほとんど誰も持ってなかった。因みに、彼女の家のビデオはベータ)?

あなたが好きなアニメもあるし、それなら良いでしょ?」


「ああ」


夏休み、1週間に及ぶ軽井沢滞在から帰って来た彼女は、お土産にと、自身の写った沢山の写真をくれた。

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