第6話

 6年生になった。


クラス替えはないので、また西本と同じクラス。


でも、席だけは中々近くにならない。


俺は(当時の小学生としては)背が極端に高いので、前の席だと後ろの人が黒板を見づらいという理由から、大抵1番後ろの席になる。


西本は標準的な身長より少し高いくらいなので、そこまで後ろにならない。


またしてもクラス会長を押し付けられた(推薦されると本人の意思が尊重されない。複数いた場合は決戦投票。事前に降りられない)俺が、西本を副会長に推薦しようとして本人からにらまれ、渋々口をつぐむ。


そして6年生から、俺の肩書には体育委員会長、子供会長、クラブ長(授業でやる、趣味の集まりのようなもの)、生徒会役員が加わる。


前回と同じ理由ではなく、堂々と西本の側にいるために、学校でも意識的に良い子を演じていると(この頃にはそれが既に習慣化していたが)、先生方も扱い易いからか、1人が幾つも掛け持ちさせられても、何処からも文句が出ない。


以前の俺は、その思考が幼かった事もあり、会議などの議論があまり得意ではなかったが、今回の俺は思考だけは成熟した大人のそれであり、むしろ余裕を持って事に当たれる。


司会の補助的立場の教師陣が何も言わなくても、スムーズに、無駄なく議事を進められる。


感情論に感情で返したりせず、無理難題を言ってくる相手には、その者に具体例を出させ、その欠点やあらを指摘しては発言内容を潰していく。


たったそれだけの事でも、何故か周囲の評価がどんどん上昇していく。


昔の子供って、こんなに単純だったかな。



 「今年はね、ソフト部のレギュラーになれそうなの」


学校への登校中、西本が話しかけてくる。


「凄いじゃないか。

何処のポジション?」


「セカンド。

あなたは?」


5年時から何度も代打に起用され、ホームランを量産した俺には、レギュラーがどうとは聴いてこない。


「4番でファースト」


サイドスローの練習を繰り返し、120km近い速球がきちんとストライクを取れるようになったが、重要な試合以外では、俺は投げない。


町や郡の大会では、俺が投げる程の強敵がいない。


今年のうちのチームは、結構強いのだ。


「この間、あなたが練習試合でホームランを打つとこ見たよ?

打球が飛び過ぎて、校庭を超えて先生方の駐車場に入っていったもんね。

車には当たらなかったけど、その内当たりそうだね」


嬉しそうに笑いながら、西本がそう言う。


「一応、もし当たっても、責任を問われない事にはなってる。

ネットを張ろうという意見も一部の先生方から出たみたいだけど、費用がかかる割に、駐車場があるライト方面でも直線で90mあるから、そこまで飛ばす人が今後も出るとは限らないという意見の方が多かったらしい。

外車に乗ってる先生もいないし、なるべく木の陰に駐車するなどして防ぐみたい。

監督からも、センターやレフトを狙えと言われてる」


因みに、レフト方面には100m先に西本が練習してるソフト部の練習場があり、センターには校舎があるが、そこまでは110m以上ある。


田舎の町で1番大きな小学校(全部で5つある)だから、こんなに広い校庭があるのだろう。


町に2つある、中学校の校庭よりも広い。


「そんな事言われるの、きっとあなたくらいだね」


何がそんなに嬉しいのかよく分らないが、相変わらずにこにこ笑っている。


だが俺は、今とても大きな問題を抱えており、思考の大半はそちらに向かっている。


学区外に親が建てていた新築の家が完成しつつあり、転校するかどうかを家族で話し合っていたのだ。


今住んでいる借家は、所有者の身内が住むことになり、自宅が完成すれば立ち退かねばならない。


引っ越せば、同じ町内の別の小学校に転校しなければならず、それだけは避けたかった俺は、前回、それとなく周囲を巻き込んだ。


学校の教師達は、俺が転校すると幾つもの役員を選び直さねばならず、面倒だから(特に全校生徒が投票する生徒会)、親に近所のアパートが伝手つてで安く借りられると助言してくれたし、野球部の監督も4番の俺を試合に出さなくなって、それを見兼みかねた親の方が折れてくれた。


ただ、俺は大人になってからそれを後悔する。


ろくに努力もしなかったのに、我がままで親に月4万円もの無駄金をいた。


学校から帰り、誰もいない部屋で留守番する俺を、仕事帰りで疲れていた母が、車で迎えに来てくれた。


今回は、そのアパートから自宅まで2kmも離れていないから、自転車に乗って(雨の日は徒歩で)自分で帰るつもりだが、相変わらず無駄なお金はかかる。


前回と異なり、親は俺の意思を第一に考えてくれ、どうしたいか聴いてくれた。


今の俺は無駄なお金を一切使わず、家計にも大きく貢献している。


だからそれくらいの余裕はあるのだろう。


もう直ぐその答えを出さねばならないが、その前に西本に聴いてみたかった。


『僕が転校したら寂しいかな?』と。


「どうしたの?

何か悩んでる?」


俺の顔に僅かな影が差し込んだ事に気付いた彼女が、笑顔から一転して、心配そうな様子で尋ねてくる。


「・・あのさ、西本は、俺が転校するとしたら、寂しいと思ってくれるかな?」


彼女の顔を見ず、小声でそう言ってみる。


「・・何処に?」


乾いた声で、端的たんてきにそう聴いてくる彼女。


「同じ町内だけど、学区が違うから、新しい家に引っ越したら転校しないといけないんだ」


「何だ。

良かった。

ずっと遠くに行っちゃうのかと思った」


「・・はは、やっぱりその程度だよね」


「だってもう会えなくなる訳じゃないでしょう?

学校が違うのは寂しいけど、もう少ししたら私も自転車を買って貰えるから、何もないお休みの日なら、会おうと思えば会えるんだし・・」


その両親から過保護気味に大切にされている西本は、未だ自転車での遠出を許されてはいないが、前々からの彼女の要望もあり、やっと買って貰えるみたいだ。


「家が隣じゃなくなっても、学校が別になっても、僕と会ってくれるんだ?」


「当たり前でしょ。

あなたは私の大切なお友達なんだから。

何よ?

もしかして、そうなったら私と会わない気でいたの?」


「いや、そうじゃないけど・・。

そうなったら、もう僕はお役御免なのかなと思って・・痛っ」


いきなりお尻を叩かれた。


「今度言ったら怒るわよ。

まるで私が、あなたをいように利用していたみたいじゃない。

私はね、打算であなたと付き合っている訳じゃないの!」


「御免」


「何へらへら笑ってるの?

私、怒ってるんだから」


嬉しさを顔に出した俺を見て、誤解した彼女が、さらに腹を立てる。


後ろから付いてくる下級生達が、俺達のり取りに少し驚いている。


校門を潜り、教室に入るまで、彼女の怒りは収まらなかった。



 結局、俺は親の厚意に甘えてしまった。


小学校から100mも離れていない場所に、親がアパートを借りてくれる。


住む訳ではない、ただの形式的な住所ゆえ、小さくて少し狭いが、2階まである。


俺は両親に深く感謝しながら、もう1年、西本と共に過ごせる幸運を喜んだ。


更なる努力をすると、己に固く誓って。



 部活動が本格化する。


大会に向けて、土日もほぼどちらかが練習試合だ。


町内大会、そこで2位までに入れば郡大会や県大会がある。


前回(やり直す前)の俺は、県大会で1つ悔いを残していたので、今回はそれを晴らさねばならない。


因みに去年の先輩達のチームは、県大会に出られなかった。


町内大会は敵なし。


郡大会も、前回以上にホームランを量産した俺の活躍もあって楽に優勝。


県大会を前日に控えたある日、俺は何故か西本の家でお茶を飲んでいた。


郡大会で優勝し、最優秀選手に選ばれた俺は、試合後に個人で表彰されたが、チームの表彰の際には、代表者3名の中には加わらず、6年生ながら補欠で、いつもベンチから仲間に声を出していた者をその代わりに出した。


嬉しそうに優勝旗を受け取る彼を、何気なく見ていただけなのだが、応援に来ていた担任を含め、数名の教師達から後で凄く褒められた。


残念ながら、郡大会の2回戦で敗退した西本も、母親と共にこちらの試合を見に来てくれたので、いつも以上に頑張った結果、決勝戦で5打数5安打、4ホーマーという、十分な成績を残せたのだ。


何せ俺のユニホームのポケットには、白いハンカチではなく、大会が始まる前、お互いのユニホーム姿で、西本と2人だけで撮って貰った写真が入っている。


保存用に2枚貰っていて、もう1枚は、以前の水着写真と一緒に、机の引き出しに大事に終ってある。


その写真を撮ってくれたのは西本の母親だが、何となく、彼女には俺の気持ちがバレている気がする。


今こうして、西本の家のリビングでお茶を飲んでいるのも、大会前に地元の新聞社が特集した少年野球の記事に、俺の写真が載っていたからだ。


それを見た彼女の母親が、転居先の外でバットを振っていた俺に、『美味しいお菓子があるから、お茶でもどう?』と、買い物帰りに声をかけてくれたのだ(この借家も、西本の家から幾らも離れていない)。


「県大会からは、毎試合、球場に新聞社の人が取材に来るんでしょ?

ホームランでも打てれば、またこうして新聞に載るかも」


俺の隣に座る西本が、嬉しそうにそう言う。


「県大会が行われる場所は、今までと違ってちゃんとした球場だからフェンスがある。

ホームランを打つためには、最低でも90m以上は飛ばさないとならない」


「透君(最近の彼女は俺のことを『あなた』と呼ぶ事が多いが、親の前では何故か名前で呼ぶ)なら可能でしょ?

もっと近くで試合をするなら、私も見に行けるのに・・」


球場は、ここから車で1時間以上かかる県庁所在地にあるので、さすがにそう簡単には行けない。


たとえ行っても、関係者以外ベンチには入れないし、応援席が開放されている訳でもないから、観戦するにしても不便だ。


それに、前回、やり直し前の試合では、ある理由で、1回戦で1点差で負けているのだ。


「今回の試合からは、地元のリトルリーグのチームも参加する。

小学校単位のチームだけじゃないから、苦戦するかも。

往復で2時間以上かかるし、家で休んでいた方が良いよ」


「久住君は、夏休みは他に何か予定あるの?」


珈琲とお菓子を運んできてから、ずっと黙って俺達の遣り取りを聴いていた、彼女の母親にそう聴かれる。


「子供会のソフトボール大会と、お許しいただければ、今年も若菜さんと一緒に盆踊りに行きたいです。

それ以外には、剣道の合宿があるくらいですね」


「盆踊りは、去年と同じ時間までなら良いわよ。

でもそれとは別に、良かったらうちで一晩、若菜と一緒にお留守番してくれないかしら?

主人の仕事の関係で、再来週、私も一緒に東京でのパーティーに出なければならないの。

お酒の席だし遅くなるから、その日は会場のホテルに泊まるしかないのだけれど、このを連れて行っても、部屋に1人で居させる事しかできないから。

久住君は剣道も強いみたいだし、主人も私も、あなたなら安心できる。

そちらのご両親には私の方からお願いするから、どうかな?」


「再来週には何の予定もありませんし、僕は構いませんが、さすがに若菜さんが嫌がるのでは?」


まだ体育の授業の際の着替え(プールを除く)などでは、男女とも同じ教室内でしている年齢とはいえ、そろそろ異性を意識し出してもおかしくない。


「私は別に、透君なら良いよ」


西本が、隣からぶっきらぼうにそう口にする。


「じゃあ決まりで良い?」


そう念を押してくる西本の母親に、『はい、分りました』と、どうにか平静を保ちながら返事をする俺であった。

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