第5話

 「おはよう」


「おはよう」


夏休みを終え、2学期が始まってから2週間。


いつもの朝を迎え、西本と挨拶を交わす。


約40日間の休み中には、部活や自主トレ、剣道の稽古の合間をって、彼女と盆踊りに行けた。


前回は叶わなかった夢をまた1つ果たせて、上機嫌だった俺。


ちなみに、子供会のソフトボール大会では、やはり前回と同じ相手に負けたが、俺は例のピッチャー相手に、3打数3安打、ホームラン2本だった。


如何いかに外野が後ろに下がろうと、打球が校舎の屋根を超えていけば、それでホームランになる。


レフト方面には平屋の教室があり、そこまでの距離は約70m。


それを超えて飛んでいった打球を呆然ぼうぜんと眺めていた先輩(投手)を見て、打席に立った時、5年生で4番だったからか、『フフン』という声が聞こえてきそうな程に挑発された件を水に流す。


3打席目のチェンジアップも読んでいたし、部活の先輩の手前、大袈裟おおげさには喜べなかった西本が、耳元で『やったね!』ってささやいてくれたから。


剣道の合宿は、地元のお寺での泊まり込みだったが、俺だけは夜に一度抜け出して、自宅の風呂に入ってからまた戻っていた。


指導者の1人は母の同級生だったし、始めた時から小学生向け以外に、今回は一般の有段者が通う練習にも参加していたので、その実力を評価され、かなり融通ゆうづうが利いた。


ただ、こちら(有段者用)は生傷なまきずが絶えない。


例えば、3段くらいの相手が面を打ってくるのを何とか竹刀で受け止め、鍔迫つばぜり合いに持ち込んでも、その衝撃で、最初の頃はよく突き指をしていた。


長きにわたるバットや竹刀の素振りで、両手の握力が60近くになってやっとまともに戦えた。


勿論、ボコボコに打たれることの方が断然多いが。


西本と盆踊りに行った時、彼女は薄い水色の浴衣姿だった。


19時を過ぎた夜の校庭でやるので、俺が隣まで彼女を迎えに行って、その母親に丁寧に頭を下げ、1時間だけ許して貰った。


尤も、俺は踊りの輪には加わらず、少しだけ離れた場所から、彼女の踊る姿を見ていたのだが。


・・とても幸せな時間だった。


「会長の○○さん、どんな感じ?」


歩き出しながら、2学期は推薦で副会長を押し付けられた俺に、役から外れた西本がそう聴いてくる。


もし立候補者が誰もいなかったら、会長には彼女を推薦しようと考えていたのだが、何と1人の女子が立候補して、それで決まってしまった。


書記も他の女子が立候補して、推薦する余地がなかった。


「まだ2回しか話してないから、よく分らない。

色々聞いてはくるけど、それ程大事な内容ではないしね」


クラス役員の仕事は、担任の御用聞きと、機材が必要な授業の、その準備。


あとはクラスでの話し合いの際の司会役と、自習の際に皆を静かにさせる事くらい。


「ふーん。

彼女、結構かわいいから嬉しいでしょ?」


普段は他人の容姿や性格については全くコメントしない西本が、そんな事を言ってくる。


「別に。

僕はまた西本と組みたかったよ。

君も立候補すれば良かったのに」


「本当にそう思ってる?」


「勿論」


「・・これあげる」


服のポケットから小さな封筒を取り出し、俺に向けて差し出してくる。


「中を見るのは家に帰ってからにして。

ちゃんとしまってね」


「手紙?」


「違う。

ほら、早く終って」


仕方なく大事に鞄に終う。


「3学期は私も立候補しようと思ったけど、やっぱり止めにする。

元々、人の上に立つのは面倒だからあまり好きじゃないし」


「なら僕も推薦しないでよ」


「透君の場合は、私がしなくても他がするよ。

担任の先生からも、絶大な支持があるじゃない」


「特に何かをしている訳ではないんだけどね」


『そう思ってるのはあなただけよ』


「もう直ぐ運動会だけど、リレーの選手にも選ばれるでしょ?

陸上の町内大会向けの選抜にも、透君は必ず何かで引っかかると思うし」


赤組白組で、各学年男女共3人ずつ選ばれる男女混合リレーは、運動会の最終種目であり、全校生、全父兄(家族)が注目する花形競技だ。


1年生から3年生までは50m、4、5年生は100m、6年生は200m走る。


また、この学校に陸上部はないので、秋の大会のために、5、6年生の中から、一部の教師達がほぼ主観で選手を選んでいる。


「リレーはともかく、陸上は何か納得できないな。

僕達の適性をよく知りもしないのに、適当にあてがわれて、練習さえ見てくれないから」


前回も、学年で1番足が速いはずの俺が、何故か2年続けて100m走の選手じゃなかったし。


でもまあ、口ではこう言っているが、今の俺には当時見えなかった様々な面が見えている。


剣道だってそうだ。


小学生の部では、前回でも、俺は5年生から1番強かった。


6年生の誰よりも強く、道場の序列では、小学生でたった1人しかいない1級だった。


なのに、向こうから乞われて参加した武道館での団体戦(これは希望すればどの団体でも参加できる)では、5年生時は3回あった試合で出されたのはたったの一度だけ。


車で片道2時間近くかけ、休みを返上して行ったのに、偶々6年生の補欠の親が見に来ていたという理由で俺を外した。


6年生では、当時どの試合でも大将で出ていた俺を、やはり武道館の団体戦で、副将に降格させた。


その時の理由は、やはり補欠の親が見に来たから。


その者の親は、町議会の議員だった。


子供心にも、『何だかなあ』という思いは当然あった。


だから、今回は絶対にそれに参加しないと決めている。


只でさえ練習時、その中の6年生を息子に持つ指導者の1人から、いわれなき暴力(?)を受けているというのに。


そいつは、皆の前で技を教える時を利用して、俺を練習台に選び、小手や胴を打つ際、防具を付けていないすれすれの場所を狙って強く打ち込んでくる。


だから俺は、何気ない顔をして、ちゃんと防具に当たるように姿勢をずらす。


そいつの息子が俺よりずっと弱いのは、決して俺のせいではない。


俺はその息子をいじめている訳ではなく、練習や試合だから攻撃するに過ぎない。


無償のボランティアが教えているとはいえ、良い迷惑である。


試合の際、1分もかからず倒すくらいは許して欲しい。


まあ、俺が高身長から振り下ろす面が、パーンと良い音を響かせるのは、多少の私情が入っているかもしれないが(恐らく痛いはずだ)。


「確かにそれはね。

私は何も出ないから良いけど」


苦笑いする西本に、『俺が頑張るのは、ほぼ君のためだよ』、とはまだ言えない俺であった。


因みに、家に帰ってから封を切った封筒には、彼女の水着写真が入っていた。


旅行明けに貰ったお土産みやげの写真の中には、1枚もなかった水着写真。


それが3種類も入っている。


紺のスクール水着ではなく、かわいいフリルが付いた、淡いオレンジ色のワンピース姿。


その彼女が、海辺や砂浜の上で、無邪気むじゃきに笑っている。


しばらくじっと眺めてから、俺はそれを大切に机の引き出しの中に終った。



 運動会が終わると、今度は文化祭がある。


小学校は、何だかんだで楽しいイベントが結構けっこうあった。


運動会のリレーで、前を走っていた3人を牛蒡抜ごぼうぬき(こういう使い方は誤りという説あり)してアンカーの6年生にバトンを渡した俺を、西本以外にも褒めてくれる人は多く、陸上大会で何で100m走に出ないのと、かなり不思議がられた。


俺は出された2種目(前回と同じ)でどちらも1位を取ったから、どうでも良かったけれど、『大人には大人の事情があるから』と、やんわりフォローしておいた。


この頃になると、ソフトボール大会や運動会での俺の活躍を実際に見たり、学校での評判が耳に入ったりした西本のご両親からも、大分気に入られているみたいだった。


休日に行う文化祭で、あらかじめ一緒に回ると約束していた彼女を自宅の玄関まで迎えに行っても、その母親に『中で待っていて』と室内に通され、広くて明るいリビングで、彼女の父親と珈琲を飲みながら世間話をした。


勿論、脱いだ靴はきちんとそろえ、その靴も、いつもちゃんと汚れを落としてある。


通常の登校以外で彼女と出かける時は、いつものジャージではなく、きちんとアイロンをかけた私服を着る。


目上の人と話す際には、それが誰であろうと敬語を使った。


「お父さんと何を話してたの?」


身支度を終え、2階の自室から出て来た西本と共にその家を後にし、学校に向けて歩き始めた辺りでそう聴かれる。


「色々だよ。

学校での君の様子や、普段僕が家で何をしているかなど。

君の母親とは、家事の手伝い中によく外で会うから、それを聞かされているのだろう。

『家の手伝いをきちんとしながら、成績も優秀なのは凄いじゃないか』と褒めていただいた。

君、僕の成績を彼に教えただろう?」


夏休みが始まる前に貰った通知表を、西本が『お互いに見せ合おうよ』と言って交換した。


「仕方ないじゃない。

あんな5ばっかりの通知表、初めて見たんだから。

お父さんにも、あなたの事、それとなく聞かれたし」


「音楽は4で、図工は3だったろ」


「それ以外は全て5だったじゃない。

まあ、大体予想はついていたんだけどね。

テストの点、いつも100点ばかりだし・・」


「小学生の内だけだよ」


「どうだか。

お陰で私の成績がかすんじゃったわ。

折角国語と算数が5になったのに・・」


「君はきっと、やればできるよ。

本番は、まだまだずっと先なんだから」


「あなたの言う事だから、一応信じるけど・・」


「それより、文化祭で何食べる?

やっぱりジンギスカンかな?」


いくつもの出店があるが、1番人気はやはり肉だ。


250円で、ラムではなくマトンの150グラムパックを買い、それを専用スペースで焼いて食べる。


規則や監視が緩いので、肉屋の子供達なんかは1パックだけ買って、あとは家から持ち込んだ肉を豪快に焼いていた。


「うーん、それは止めとこうかな。

去年食べたけど、あんまり美味しくなかったし。

お母さんも苦笑いしてたから」


まあ、そうだよね。


西本の家は、近所のスーパーで肉を買わない。


以前スーパーで、買い物籠を下げた彼女の母親と少し話をしたけれど、肉だけは、県外の馴染なじみの店から宅配して貰っているそうだ。


確かに、この辺の店は、1頭買いできないからか、値段と味が釣り合っていない所がほとんどだ。


何時間も煮込む物ならともかく、ステーキやローストビーフなら、俺でも敬遠する。


「じゃあ、学校の外でラーメンかチャーハンでも食べる?

小学生だけでも入れて、結構美味しい店、近くにあるよ?」


やり直す以前、何かの雑誌で、『男女2人でラーメンを食べに行くカップルは、肉体関係がある』という記事を読んだ記憶がある。


俺達には当然そんなものはないが、彼女が現時点でどのくらい俺に気を許しているかの判定くらいにはなるかも。


そう考えて提案してみる。


チャーハンを入れたのは、少しでも確率を上げたいという、情けない私情が入り込んだせいだ。


「えー、それもちょっと・・。

私、甘い物が食べたい。

クレープが良いな」


「だよね」


うん、分っていたさ。


夢を見た俺が悪い。

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