それぞれのおうち時間

沢田和早

それぞれのおうち時間

 トマリ君は小学4年生。今日この町に引っ越してきたばかりだ。

 学校での最初のあいさつは少し緊張して盛大に噛んでしまったけど、クラスメイトは温かく迎え入れてくれた。ほっと一安心のトマリ君だ。


「ボクはハヤシだハヤシ君と呼んでくれたまえ君の家はどこだいボクの家はここから徒歩で10分ほどの場所にある今日にでも遊びに来るがいい」


 給食が済んだ後いきなり話し掛けてきたのはハヤシ君だ。すごい早口で息継ぎをせずに一気に最後までしゃべってしまった。トマリ君はかなり面食らった。


「うん、ありがとう。でもよその家へ遊びにいくときは母さんの許可を取ってからってことになっているから、今日はちょっと無理かも」

「なら明日にしたまえ待っているぞ」


 ハヤシ君はスタスタと自分の席に戻っていった。その動作も口調と同じでキビキビしている。


「ハヤシ君ってどうしてあんなにせっかちなのかなあ」

「それは、おうち時間が、せっかちだから、だよ」


 隣の席のオソシ君がのんびりした口調で答えてくれた。オソシ君の言葉は遅い。息継ぎが何度も入る。


「おうち時間? 何それ?」

「おうちの時間、だよ。明日行って、みればわかるよ、ふふふ。ぐうぐう」


 オソシ君は謎の微笑みを浮かべると食後の睡眠に入ってしまった。

 翌日、母親の許可をもらったトマリ君はハヤシ君の家を訪ねた。


「ようこそさあ入ってくれたまえ」


 中に入ったトマリ君は驚いた。家の中から外を見ると全てが速いのだ。道路を歩く人も、木から落ちる葉っぱも、時計台の時計の針も早回しのドラマのように速く動いている。


「ど、どういうこと? どうして家の中から外を見るとこんなに速く動いているように見えるの?」

「おや君は何も知らずに引っ越してきたのかいこの町では各家がそれぞれの『おうち時間』を保有しているのだよ」

「おうち時間?」

「そうだ各家が独自の時間を持っているので家の外の時間の流れと家の中の時間の流れが異なってしまうのだ」

「初耳だよ」

「ちなみに我家のおうち時間は通常の3分の1だここで20分経過すれば外では1時間が経過している」

「それは大変だ」

「3時間しか寝てないのに9時間寝たことになってしまう食事も風呂も勉強も大急ぎで済ませてしまわなくてはとても間に合わない」

「だからそんなにせっかちな性格になってしまったんだね」

「そうだ学校でもこの速度を維持していなければ家に帰ってから大変だからな」


 それからトマリ君は出されたケーキとココアを急いで食べて20分後に退出したのだが、外の世界では1時間が経過していた。おうち時間とは恐ろしいものだとトマリ君は思った。


「じゃあ、今度は、ボクの家に、来てよ」


 翌日隣の席のオソシ君にそう言われた。なんとなくオチが見えているなあと思いながらオソシ君の家に行ってみるとハヤシ君の家の逆だった。道路を歩く人も、木から落ちる葉っぱも、時計台の時計の針も全てがかたつむりのようにのろのろと動いている。


「ボクの、家の、おうち時間は、通常の3倍。ここで1時間、過ごしても、外では、20分しか、経過して、いない」

「だからオソシ君はそんなにのんびりしているんだね」

「うん。宿題も、ご飯も、お昼寝も、ゆっくりして、いても余裕、で間に合う、からね」


 それからトマリ君は出された前菜、スープ、本日の肉料理、新鮮サラダ、デザート、果物、お茶を3時間かけてゆっくり堪能したあと退出したのだが外では1時間しか経過していなかった。おうち時間とは凄いものだとトマリ君は思った。


「君の家でもそろそろおうち時間が発動する頃だ」


 転校してから1週間ほどしたある日、トマリ君は先生からそう言われた。この町では全ての家が例外なく固有のおうち時間を持っている。しかし新築の場合、住人がある程度家に馴染んでからでなくてはおうち時間は発動しないのだそうだ。


「どのようなおうち時間になろうと文句を言ってはいけないぞ。町が決めたおうち時間なのだからな」

「はい。わかりました」


 元気に答えるトマリ君。しかし翌日、トマリ君は欠席した。電話をしても誰も出ない。


「心配だ。見に行こう」


 その日の放課後、先生と児童たちはトマリ君の家へ向かった。と、そこには数名の警官が立っていた。家の周囲にはキープアウトの黄色いテープが張り巡らされている。


「ああ、そこ、近付かないで」

「すみません、私はこの家の児童の担任です。この子たちは同じクラスの児童です。何かあったのでしょうか。事件ですか」

「ああ、先生ですか。残念なことに昨晩この家でおうち時間が発動してしまったのです」

「それの何が残念なのですか」

「おうち時間が『停止』なのですよ。家の中では全てが完全に停止しています。窓から確認したところ全員睡眠中でした。きっと就寝後に発動したのでしょうね。彼らにとっては1秒の睡眠であってもこちらの世界ではほぼ永遠。二度と目覚めることはないでしょう」


 先生にとってはつらい現実だった。しかし受け入れなくてはならない現実でもあった。町が決めたおうち時間なのだから。


「そうですか。どうやら諦めるしかないようですね。みんな、トマリ君にお別れの挨拶をしよう。さようなら、そして永遠におやすみなさい」

「トマリ君! さようなら! おやすみなさい!」


 こうしてトマリ君の家はそのまま永久保存されることになった。その家の中でトマリ君は気持ちよさそうに眠っている。きっと今でも眠っていることだろう。

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