第11話 師匠の師匠

 夜空に浮かぶ月だけが、私達を照らす真夜中、師匠はゆっくりと語り出す。


「調子に乗っている私に、誰も私に関わろうとしなかった中、一人だけ辛抱強く接してくれる人がいました」


「その人って⋯⋯?」


「その方こそ、私の師匠です。ラミリアと言って、金髪で瞳が赤くて、背がとっても低くて、当時の私は歳下かとばかりに思っていました」


 師匠の師匠⋯⋯。そうか、首席だったんだから師匠にも師匠がいて当然だ。なんとなく、不思議な感覚に陥る。


「確か出会いは、その舐め腐った根性を叩き飲めしてやるから弟子になれとか言われまして。歳下が何を言っているんだと、当時の私はイキりたちました」


 私は黙って、リリーエ師匠の話を聞く。


「そして、歳下だと思っていたラミリア師匠と魔法勝負をして、惨敗しました」


「え、歳下と思いながらも魔法勝負したんですか?」


「残念ながら当時の私に歳上の余裕というものはありませんでした」


「えぇ⋯⋯」


 リリーエ師匠は、当時を思い返したようで、顔が赤くなっていた。黒歴史を思い出してしまった的なやつだろうか。


「ラミリア師匠、当時から鬼みたいな強さで、多分鬼なんでしょうけど、五分と持たずに私は地べたを這いつくばっていました。今やっても、勝てるか正直微妙です」


「師匠でも勝てないなんて⋯⋯そんなに強いんですね。ラミリアさん」


「あとから知った話ですが、ラミリア師匠結構有名人でして、世界有数の攻撃魔法の名手だとか」


 師匠の師匠、ワールドクラスだったか。


「まあ、惨敗した私に拒否権はなく、無事に師匠の弟子になりました。それからは師匠の家に住み込みで、雑用をめちゃくちゃやらされました。その反動で今は一切家事の類はしていません」


「あっ、リリーエ師匠の自堕落はそこから繋がっているんですね⋯⋯」


「はい。まあそんな生活を三年ほどしましたかね。ここからは、更生するキッカケになった話なのですが、ある時師匠に言われたんです。どれだけ優れた魔法が使えたも、人生が楽しくなければそれは全て無駄だ、と。」


 どれだけ優れていても、楽しくなければ無駄、確かに以前の私もそうだった。

 どこか満たされないで、ずっと何かに不満を持っていた。


「人は結局、独りでは生きていけない。

 師匠からの言葉ですが、本当にその通りだと思います。現に今も、独りでここで暮らしていた時よりも、レミリエルが居てくれてずっと毎日が楽しいです」


「それは、嬉しい限りです」、私は素直に返す。


「あと、自分が優れていると思うなら、自分より下を育てれば良いと言われました。そして力は、自分一人で独占するものではなく、誰かに伝えて共有するものだと教わりました」


 リリーエ師匠は、ここで一息挟む。


「それが、私が教師をめざしたきっかけの一言です」


「そうだったんですか。話してくれてありがとうございます。色々と衝撃でした」


「ほほう。どんな所が衝撃でしたか?」


「その⋯⋯師匠が尖っているところとか想像できなかったので」



 リリーエ師匠は、私の素直な意見を聞いて、少し微笑む。

 不思議とその笑顔は、どこか安心するものだ。


「弟子にそう言われると言う事は、私も丸くなったのかもしれませんね」


 昔を師匠を知らないので、共感する事はできないが、私が師匠と出会えたことの様に、師匠がラミリアさんと出会えた事はきっと、とても大切な事なんだろう。



「すっかり話し込んでいましたね、今何時でしょうか」


「うわ、もう午前の二時です⋯⋯」


「明日もお互い仕事と学校なので、そろそろ眠りにつくとしましょうか」


「そうですね⋯⋯おやすみなさい、師匠」


 話が終わったせいか、一気に眠気が押し寄せる。私の瞼はすぐに重く閉ざされる。


「おやすみなさい、レミリエル⋯⋯」


 師匠が頭を撫でてくれているせいか、私安心して深い意識の底へと潜っていけた。




 翌朝、夜遅くまで話し込んでいたせいで、何時もは起きれるはずの鳥の鳴き声で起きられなかった。

 慌てて師匠を叩き起して、身支度を始める。



「レミリエル⋯⋯本当にもう時間なんですか? 見間違えじゃないですか? 二度寝しませんか?」


「残念ですが、極限まで時間が迫っています。今からならギリギリ間に合うかもしれません。急いで下さい」


 私は師匠に早く着替えを済ませるように催促をする。

 私自身も、人に構っていられる程余裕がなく、寝癖を治して、慌ててローブを身に纏う。

 ちなみに三角帽子は大きすぎて落ち着かないので何時も置いて行ってる。


「レミリエル、準備出来ました! 行きましょう!」


「ナイスです! 今からならギリギリ門が閉まる前には間に合います」


 私達は、慌てて家から出ようと玄関前まで行く。そこで思い出した。


 朝ご飯、食べてない。

 何時も、母親から朝ご飯を食べる様に言われていた。


 私はリリーエ師匠に、少し待っているように伝えて、師匠と私の分のパンを二切れ取る。



「お待たせしました! 行きましょう!」、私は師匠のホウキの後ろに跨る。


「では、出発です!」


 私と師匠を乗せたホウキが、勢いよく空を走り出す。

 途中、私は手に取ったパンを師匠へと手渡す。



「パン、食べて下さい。朝ご飯は一日の元気の源ですよ」


「レミリエル、お母さんみたいですね。頂きます」


 お母さんみたいというか、実際に母の受け売りの言葉だ。

 私は、後ろに乗りながらパンをひとかじりした。


「行ってきます、お母さん」、私が小さく呟いた言葉は、師匠に届く訳でなく、ただ風を切る音に消えていった。





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