第9話 魔法教師への道

 食卓に広がる数々の品。

 二人と別れて既に二週間は経っているが、未だ高揚が冷めない私は、らしくもなく料理を作りすぎてしまった。

 ちなみに、寮で寝泊まりしているが、食事は師匠と共にしている。




「レミリエル⋯⋯、いくらなんでもこれは作りすぎでは⋯⋯うっ」、既にリリーエ師匠の胃袋は限界の様だ。


「すみません⋯⋯つい、何だったら明日に回しましょうか?」


「いえ、一度弟子が皿に盛った料理は何がなんでも食べて⋯⋯。あ、ひとつ言うことがあるんでした」



 リリーエ師匠は、唐突に話を切り替えようとする。

 ちなみに私は、「言うことがあるんだ」と勿体付けられると、少し身構えてしまうタイプだ。



「大変申しにくいんですが⋯⋯。来年、あの二人が十一歳になって魔法学校に入学する頃には、レミリエル卒業です」


「え」


「卒業です」


「マジですか」


「大マジです」


 私は、リリーエ師匠の宣告に絶望した。

 何それ、知らないんですけど。てか私最高学年だったんですか? そういうの、初めのあの紙に書いておいてくださいよ。



「てことは、中々会えない⋯⋯?」


「まあ、酷な話ですが⋯⋯。そうですね」


「何か他に、学校に残れる方法は⋯⋯。留年ですか? 私、友達の為に本気で留年しちゃいますよ?」


「いや、自分たちの為に留年されるとか、普通に二人も迷惑でしょう。まあイバラの道ですが、方法はありますよ?」



 リリーエ師匠は、人差し指を立てて言う。

 絶望していた私に少しだけ、希望の光が差し込む。


「いっその事、卒業後に魔法学校の先生になってここに務めちゃえば良いんですよ」


「え、先生⋯⋯? わ、 私がですか!?」


「はい、私がです。魔法は扱い方によっては大惨事を招きかねませんから。正式に教師になるにはかなり下積み期間が必要ですがね」


「教師⋯⋯。確かに卒業後の進路なんて考えた事が無かったし、良いかもですね」


「友達のために教師になろうとするの、提案しといて何ですが凄いですね」


 確かにあの二人と接したいという気持ちもあるが、少ない期間しか接していないが、私はこう見えてリリーエ師匠を尊敬している。


 瞬時に、それぞれに合ったやり方を見抜いて教えたり、さり気なく根回しをしてくれているのも知っている。

 リリーエ師匠の計らいが無ければ、私はあの二人と友達になれていなかったかもしれない。

 私には無い優れた能力を、リリーエ師匠は持っている。


「今までは、出来ない方は一生出来ないものだと思っていました。でも、原因を取り除くきっかけさえ作ってあげれば、できる様になるかもしれません」


「その通りですね」


「友人だって、出来ない方たちの馴れ合いだと思っていました。でも、お互い不足している部分を補って、高め合うことができる」


「はい」


「アクリアさんが魔力使える様になった時、本当に嬉しそうな顔をしていました。フレムさんもです」


 ここまで言っておいて、次の言葉を発するのが恥ずかしくなってくる。

 リリーエ師匠は、黙って私の話を聞いてくれている。


「その私も⋯⋯普段は自堕落ですけど、師匠みたいに子供達を見守ったり、ああいう嬉しそうな顔、私も引き出せたらなって⋯⋯。私が言うと、らしくないと思いますけど」


 後半、恥ずかしさで早口になってしまった。

 らしくない事を言っているのは、自分でも分かっているし、だからこそ顔が紅くなってしまう。


「レミリエル⋯⋯」


「な、何でしょう⋯⋯。や、やめた方がいいんでしょうか?」


「最高ですっ⋯⋯!」


 リリーエ師匠は私を強く抱き締めた。

 正直少し痛かったが、肯定してくれた事の嬉しさの方が勝った。



「そう言ってくれて、師匠としては何よりも嬉しいです⋯⋯! やりたい道を突き進んで下さい」


「ありがとうございますっ⋯⋯。卒業したら、教師として一緒に働きましょうね」


「あ、先ずは三年間の見習い教師期間が必要なので、正式に教師として働くのはまだまだ先かもです」


 完全に、熱い抱擁をして感動する雰囲気になっていたのに、リリーエ師匠は急に冷静沈着に現実を突き付けてきた。


「え、三年間も見習い教師するんですか?」


「魔法学校の教師って責任重大ですし、めちゃくちゃ難関ですからね。実は私、めちゃくちゃ凄い人なんですよ?」


「凄い人なのは知っていますけど⋯⋯。見習い教師って、私の通っている魔法学校でやれるんですか?」


「まあ、ここの魔法学校でもやれますけど、経験を積むという名目で、人手不足の学校に要請されて世界各地に飛ばされたりもします。後、さり気なく嬉しいこと言ってくれますね」



 リリーエ師匠は私の頭を撫でる。


「ん⋯⋯。見習い教師になるには、どうしたら良いんですか?」


「卒業後の進路を、教師に絞る事ですね。後は筆記試験に合格したら、教師見習いになれます」


「なんだ、簡単そうじゃないですか」


「大抵の魔法使いは、筆記試験に合格出来なくて教師の夢を諦めます。まあ、レミリエルなら差して問題は無いと思いますが、記憶を無くしてしまった以上、しっかりと勉強に励むべきです」



 リリーエ師匠は真面目な面持ちでいう。

 確かに何事も甘く、下に考えてはいけない。

 実際にこの世界来て、それで失敗もしている、これからは空き時間に徹底的に勉強するとしよう。



「勉強するのなら、私が教えられますし。ここから通学したらどうですか?」


「良いんですか⋯⋯? 師匠に迷惑じゃ⋯⋯」


「本音を言えば、私が弟子と居たいんです。それに、美味しいご飯も出てくるし、気付けば掃除もされているし、お風呂も沸かしてくれる、最高ですか?」


「最高ですか? じゃないです。一瞬感極まった私の気持ちを返してください」



 絶対的に、師匠が後から羅列してきた言葉が、私を家に置く本心だろう。出不精めが。

 雰囲気的に目に涙が溜まりかけたのに、引っ込んでしまった。



「冗談ですよ。前までいくら誘っても、無視されていましたから。一緒にいられることが嬉しいんです」


「そ、その節はすみません⋯⋯」、とりあえず謝っておく。


「まあ、記憶が抜け落ちているレミリエルに言うと、意地悪になってしまいますね。謝らないで下さい」、リリーエ師匠は私の頭を優しく撫でる。



 出会ってから、憧れるまでが早すぎるなとは自分でも、確かに思う。しかも異世界で。


 けれど、世の中には一目惚れと言うものがある。その理論で行くと、別に時間の早さは咎められる物ではない。


 私が原因だけれど、学校では陰口ばかり叩かれていた、けれど異世界で久しぶりに、「ありがとう」を言って貰えた。


 絶対に、魔法学校の教師になってやります⋯⋯!


 そして、食卓に並べられた料理がすっかり冷え切っていることに気が付いたのは、この後の事でした。












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