第7話 リリーエ師匠の魔法教授

「とりあえず、お掛けになって下さい」


 私は、ずっと立ちのままの少女たちにソファーに座る様に促す。


 甘いジュースでも出してあげたかったですが、生憎この家には水しかないんでした。



「あの、私の名前はレミリエルと言います、ここの家に住んでいる先生の弟子です。とりあえず貴女達のお名前を教えて貰ってもいいですか?」、私は適当な自己紹介を済ますと、今度は少女たちに投げ掛ける。


「私っ! フレムって言います! 好きな魔法は炎魔法、嫌いな魔法は水魔法です」、先ずは赤髪ツインテの少女が元気よく答える。


 どうやら典型的な炎魔法信者の様です。本当に典型的かどうかは知りませんけど。


「私、アクリアって言います。好きな魔法は水魔法、嫌いな魔法は、ほの⋯⋯いや、ないです」、少しオドオドした様子で自己紹介する青髪ロングさん。緊張しているのだろうか。


 というか、今嫌いな魔法、炎って言いかけましたね。絶対隣のフレムさんに気を使ったやつじゃないですか。



「ありがとうございます、二人とも良い名前ですね。所でですが、何故魔法を習おうと?」


「私はね! 魔法で悪いヤツをとっちめたかったから」


「私は立派な理由じゃないけど、フレムちゃんと同じ事がしたくて⋯⋯」


 片方が自信満々、もう片方が自信なさげ、と言った所だ。

 なので、私は思ったままの言葉を伝える。



「私が魔法を習う理由は、何となくこの世界では魔法が必要なんだろうなと思ったからです。後、自衛も出来ますし。まあ大体そんな物なので、大層な理由は必要ないと思いますよ。いいじゃないですか、友達と一緒な事がしたいなんて」


「は、はい! ありがとうございます!」


 アクリアさんは、先程までとは打って変わって大きな声で返事をする。気が晴れたようなら良かった。

 先程まで、アクリアさんはあまり口を開かなかったから気づかなかったが、八重歯がある。



「レミリエルー。今帰りましたよー」



 扉の向こうから、リリーエ師匠の声がした。

 私は、「先生が来ましたよ」、と二人に伝えると家の扉を開ける。



「おかえりなさい、フレムさんとアクリアさんもう来ちゃいましたよ」


「それはそれは⋯⋯。初めまして、リリーエと申します。フレムちゃんとアクリアちゃんですか? 今日はよろしくお願いしますね」



 リリーエ師匠は、子供達の方を向くと、しゃがみこんで子供の目線に合わせる。口調も穏やかだ。

 フレムさんとアクリアさんは、「はい!」、と子供らしい表情を見せた。

 リリーエ師匠、子供心を掴むのが凄く早い⋯⋯。



「ああ、それとレミリエル。私のいない間、上手くやってくれていたみたいですね。名前までしっかり覚えていて偉いですよ」、リリーエ師匠はまるで子供を褒めるように、私の頭を撫でる。


「私まで子供扱いしないでください⋯⋯その、恥ずかしいです⋯⋯」、私はリリーエ師匠から顔を背ける。その綺麗な顔で見つめられると余計に気恥しい。



「さて皆さん。では早速魔法の授業を始めます。先ずは一本ずつ杖を配ります」


「はーい!!」


「は、はい⋯⋯」



 フレムさんは、相変わらず元気のいい返事をするが、アクリアさんはやはり何処か控えめだ。

 もしかしたら、フレアさんが元気すぎるだけで、アクリアさんの反応が普通なのかもしれない 。

 リリーエ師匠は、それぞれに杖を一本ずつ配る。



「本物の杖だよ、フレムちゃん!」


「うん! もう炎とか出るのかな?」


「ふふふ、それはまだ先ですよ。先ずは魔力を杖に乗せて飛ばす練習をしませんと。とりあえず外に出ましょう」


 私達は家の外に出た。

 リリーエ師匠は、「いいですか? 先ずはあの大木に魔力を飛ばしてみます」と一際目立つ大木を指さす。

 そして、軽く杖を振ると、杖の先から魔力の弾が飛んでいき、大木が激しく揺れる。

 大木が激しく揺れているところを見ると、恐らくシルバーネさんとは比にならないほどの威力だ。



「わ!すげー、木がめっちゃ揺れてる!」


「あんなのぶつけられたらきっと痛いよ⋯⋯」



 一方で二人は、先生の魔法を見て対極的な反応を取っている。因みに私はアクリアさん側だ。



「初歩的な魔法ですので、これが出来ないことには他の魔法は使えません。なので、今日一日は魔力の弾を飛ばす練習をしましょう」


「はーい!」


「出来るかなぁ⋯⋯」


 見た所によると、フレムさんは前向きな印象があるが、アクリアさんはフレムさんの後ろで不安そうにしている印象が強い。基本、フレムさんがアクリアさんを引っ張っている感じなんだろうか。


「いいですか? コツとしては、杖の先に魔力を込める感じです」


「すみません! 質問がアクリアからあります!」


「ええっ⋯⋯!? えっと、魔力ってどうやって込めるんですか」


「近くで魔力を放出している者がいると、必然的に自分の身体も共鳴して魔力を扱いやすくなるはずです。とりあえず、私は永遠魔力の弾を放出してるので、隣で真似していて下さい」



 リリーエ師匠は説明が終わると、大木に向かって杖を振り、魔力を放出し始めた。そしてその横で、子供達二人が見様見真似で杖を振る。

 それが永久的に続いて、シュールな光景が広がる。

 大木が、今にも折れてしまうんじゃないかと悲鳴を上げている。



「ほら、レミリエルも見てないで真似して下さい」


「は、はいっ⋯⋯!」



 シュールな光景に見蕩れていて、すっかり魔法の練習を忘れていた。

 私も杖の先に魔力を込める感覚で、見様見真似で杖を振るう。


 魔力を込める感覚なんて分からないが、何故か私の杖の先から魔力の弾が飛び出した。

 しかも大木が大きく揺れる、かなりの威力だ。

 皆、一旦手を止めて私の方へ駆け寄る。



「レミリエル、出来たじゃないですか!」


「で、出来ましたね⋯⋯なんで?」


「さあ、身体が覚えていたんじゃないですか? とりあえず、一抜けですね。おめでとうございます」



 フレムさんとアクリアさんが「お姉ちゃん凄い!」と寄ってくる。子供相手にしたり顔を浮かべそうになったが、よく良く考えればこれは初歩的な魔法だった事を思い出し、踏み止まる。



「さあ、練習を再開しますよ。レミリエルはなんか上級魔法も扱えそうな感じがするので⋯⋯まあ頑張ってください」


「結構投げやりなんですね⋯⋯」



 リリーエ師匠は、再び大木に向かって魔力の弾を飛ばし始める。二人も一生懸命にそれを真似している、まだ何も出てはいないが。

 私は、二人が好きだと言っていた炎魔法と水魔法の練習を始める事にした。

 とりあえず、何となくイメージしたままに、杖を振るってみる。



「あ、炎魔法と水魔法出来ました」


「え、マジですか」



 結論から言うと、出来ました。

 フレムさんとアクリアさんが羨望の眼差しでこちらを見つめてくる



「すごい! お弟子さん、めっちゃカッコイイ!」


「水魔法⋯⋯とっても綺麗だった。凄い」


「二人も練習すればこのくらい直ぐに出来ますよ。先ずは魔力の弾を飛ばす事に集中しましょう」



 私自身は、今日習い始めた子供達と全く変わらない魔法キャリアだが、したり顔で先輩面をしてみせた。

 私の促しに子供達は「はーい」と素直に返事をする。


 暫くそうしていた頃、リリーエ師匠が「やめ」の合図で手を叩く。



「皆一旦やめにして、昼食にしましょう。何か食べたい物はありますか?」


「私、美味しい物!」


「えっと⋯⋯シチューかな?」


「それだ!」


「ではシチューにしましょうか」



 子供達の提案で、昼食はシチューに決まった。

 そして、まぁそうだろうなという予感はしていたが、やはり、「レミリエル、お願いしますね」、と師匠に頼まれた。

 なので、私は台所で調理を開始する。

 リリーエ師匠が食材を買ってきてくれていたので、今度はちゃんと料理が作れそうだ。

 よし、やりますよ⋯⋯!




「お姉ちゃん、お腹空いたー!」


「わ、私も⋯⋯お腹空いた⋯⋯」


「レミリエル、私もお腹が空きました〜。早急に頼みます」


「いい大人が便乗しないで下さい。二人とも、急いで作るので少し待っていて下さい」



 食材はあるので時間をかけて、こだわって作ろうと思いましたが、どうやらそうもいかない様ですね⋯⋯。


 私は、手際よく調理に取り掛かる。

 作っている最中、お腹空いたコールが私を焦られせる。



「出来ました。熱いので気を付けて食べて下さいね」


「分かった! 頂きます! あつっ!!」


「ちょ、フレムちゃん!? ちゃんとフーフーして食べないと駄目だよ!?」



 私の忠告を理解した上の愚行なのか、はたまた食欲に負けたせいなのか、フレムさんは熱いシチューを勢いよく口にして涙目になっている。

 アクリアさんは、慌てて「お水だよ、飲んで」とコップを差し出している。


 というかアクリアさん、大きい声出すんですね。

 フレムさんが行き過ぎた時に、ストッパーになるのがアクリアさんなのかもしれません。




「アクリアさんは、フレムさんの事が大事なんですね? 私も弟子がめちゃくちゃ愛おしいです」


「えっと⋯⋯大事って言うか、フレムちゃん人の話聞かないし、周り見ないで走って言っちゃうし、少し頭も悪いから傍で見ていないと心配で⋯⋯」


「ほほう、中々辛辣な様で」


「あはは、私バカだからアクリアがいないとダメなんだよなー。でも、アクリアだって引っ込み思案だから、私が引っ張っていかないとダメなんだから!」


「お互いに不足しがちな所を補えるいい関係なんですね」


 リリーエ師匠の言葉に、二人は大きく頷いた。

 思えば、私は友人とこういった関係を築けた事がない。いや、そもそも友人がいなかったか。




「レミリエル? 何一人で暗い顔をしているんですか? 自分にお友達がいないのを気に入しているんですか?」


「は!? いや別にそういう訳じゃ⋯⋯」


「そういう訳ですよね。今度、お友達作り手伝いますよ。それでも駄目なら私の胸に飛び込んで泣いてください」


「いや、本当にそういうのいいですから⋯⋯」




 先生に悟られてしまう程暗い顔をしてたのでしょうか⋯⋯。そもそも、別に友人が居ないことなんて慣れっ子なので、暗い顔なんてする必要がありません。


 前まで友人関係なんて否定的で、「一人じゃ何も出来ない奴らが群れているだけ」、と思っていた私が、二人を見て肯定的になっている。

 自分でも、何故こんなに急に考え方が変わったのか分からない、今まで友人同士の馴れ合いなんて学校で見て来たはずなのに。



「フレムちゃん、口にシチュー付いてるよ?」


「あっ、気付かなかった! 取って!」


「もう、取ってくださいでしょ? そこら辺分かってる?」


「あはは! そうだった、取ってください!!」



 あれ、友人同士⋯⋯? フレムさん、実はアクリアさんに従わせられてる?

 てかアクリアさん怖っ、そんなキャラでしたっけ。


 思えば、学校で友人同士の関わり合いは見て来たつもりではいたけど、実際は気にも留めないで、見ていたつもりになっていただけかも知れない。

 今まで見てこなかったものを、いきなり目の当たりにしたら考えが簡単に覆る事もあるのかもしれません。



「ご馳走様でしたっ! お姉ちゃんのシチューとっても美味しかった!」


「私も、とっても美味しかったです! また食べたいな、なんて⋯⋯」


「あ、ありがとうございます。こんなので良かったら、また何時でも作りますよ」


 子供の素直な意見を伝えられ、少し照れくさい気持ちになる。


 純粋無垢な笑顔を向ける子供達を見て、少なくとも私は、二人の関係を前みたいに、「下らない」、の一言で片付けられなくなっていた。

































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