第6話 突然の小さな来客

 朝、私は窓から入ってきた陽の光で目覚める。

 身体を起こし、横を見やるとリリーエ師匠‎が気持ちよさそうに眠っていた。


「そうだ⋯⋯私、昨日ここに泊まって行ったんでした」


 私は、現状把握を済ませると、何が大切な事を忘れている様な気がして悶々とした気持ちになった。

 しばらく考え込むと、それが朝食の支度だと言うことを思い出した。



「あれ、私、朝食を用意しろなんて言われましたっけ? でも謎に頭に残ってるし⋯⋯」



 眠っている時に洗脳の如く、朝食を作る事を刷り込まれていた事など、知る由もなく私は台所へと向かう。



「そうだ。食材が無いんでした、もうこの家にあるのは腐っている物だけです」



 私は、嘆息を漏らしながら、寝室へと逆戻りする。朝食が作れないなら二度寝をしてしまおうと思ったが、一度リリーエ師匠に指示を仰ぐことにした。



「リリーエ師匠、起きて下さい。食材が無くて朝ご飯が作れません」


「う、んんーー。そこら辺に生えてる草、あれサラダに使えるのでむしって何か作ってください⋯⋯」


「無茶言わないでください。とにかく、食材が無いので私は二度寝しますからね」


 リリーエ師匠は無茶な事を言ったと思ったら直ぐに眠りについてしまった。なので、私も隣に失礼して横になる。

 しかし、一度目が覚めてしまったが為に、中々上手く眠りに付けずに、横になる気が失せてしまった。



「あのー、先生。やっぱり起きて下さい、朝ご飯作ります。何か使える食材ってもう無いんですか?」


「んんー、子供達も来てしまいますし、そろそろ起きますか。朝食は、私と一緒に食べられる草をむしりに行きましょう」


「草は譲らないんですね⋯⋯」



 私は直ぐにシャツやローブを纏い、着替えを完了させたが、リリーエ師匠は、「え? 着替えとか今じゃなきゃダメですか? 子供達が来てからでいいですよね?」等と抜かしていた。

 この出不精め。


「さあ、レミリエル。無農薬で新鮮な草を取りに行きましょう」


「はぁ⋯⋯、そうですね」


「おやおや、朝は元気がないタイプですか? 草むしりですよ、テンション上げてください!」



 リリーエ師匠は不思議そうな顔で見つめる。

 誰のせいで元気がないと思っているのか、そして誰が朝食の為に草をむしりに行くことで、テンションが上がると思っているのか。




「ほうら、いい天気です。あ、そこの草食べられるのでむしりまくっちゃって下さい」


「あの、一応お聞きしますけど、どうして食べられる物って分かるんですか? 普段から食べてるんですか?」


「食材を買いに行くのが面倒なので、定期的に食べます。食べている内にどれが食べられる草か判断できるようになりました」



 朗らか笑顔で紫色の瞳を細めるリリーエ師匠を見て、私は絶句した。

 私という優秀な弟子が付いていないと、この師匠は人間として最低限度の生活が営めない、本気でそう思う。

 私は言われるがままに、指示された場所の草をむしってカゴに入れていく。



「いい感じに草がむしれましたね。これでお腹いっぱい食べられますよ、良かったですね」


「別に草なんてお腹いっぱい食べたくないんですが⋯⋯」


「まあまあ、頑張って美味しく調理して下さい」


「無茶を言いますね」



 私はリリーエ師匠の家に戻り、再び台所に立つ。そして、激しく頭を悩ませていた。

 この草を、どう美味しく調理するかだ。

 別に、ただリリーエ師匠に食べさせるだけならそのまま出す、ただ今回は私も食べる。

 そこが問題だ。



「とりあえず茹でて見ます⋯⋯?」、私はとりあえず草を茹でてみる。


「後は味付けですが⋯⋯この家にはドレッシングなんて無いですからね。あ、辛うじて塩があります」



 とりあえず、私は茹でた草を皿に盛り付けて、上から塩をまぶした。

 完成系を見て、私は思わず息を飲む。



「どうしよう⋯⋯死ぬ程食欲が湧かない」



 私は浮かない表情で、二つ分の皿をテーブルへと運ぶ。

 何故かリリーエ師匠は「わあ、美味しそうですね」等とほざいていた。薬でもやって幻覚が見えているんだろうか。

 私が食べるのを躊躇していると、リリーエ師匠は勢いよく草を口に入れた。



「んっ、まあまあいけるじゃないですか。ちなみに味付けは?」


「塩をまぶしただけですが⋯⋯。本当に美味しいんですか?」


「私は何を食べても基本美味しいので」


「私の師匠はたくましい限りです」



 お気楽でいいですね、という嫌味のつもりで言っだけど、何故かリリーエ師匠は「それほどでも⋯⋯」も照れ出した。

 そして私も、一口草を食べてみる。



「うっ⋯⋯! この世の終わりな味がしますっ」


「それって先入観からでは無いですか? 私は弟子が作ってくれた物という先入観から食べているので、とても美味しいです」



 弟子が作ったからって草がいきなり美味しくなるわけが⋯⋯という言葉を出しかけて、飲み込む。

 リリーエ師匠からは、冗談や嘘を言っている様子に見えなくて、ストレートに言葉をぶつけられた気分だ。

 何だろう、らしくないとは思うけど少し気恥しい。


 ただ、それは私が弟子のレミリエルであるから言って貰えるだけであって、本当の私に向けられた言葉ではない、という事に直ぐに気付き、何だか気分が悪くなる。


 何故でしょう、私はリリーエ師匠に好かれたいんでしょうか⋯⋯。会ったばかりなのに。



「ん? レミリエル、顔色が優れないみたいですけど、何かあったんですか?」


「リリーエ師匠は、私がもしも、以前の私と人格が変わっていたらどう思いますか?」


「難しい質問ですねぇ。まあ、私はどんなレミリエルでも好きですよ? 確かに、以前よりは尖っている感じはしませんね」


「前の私ってそんなに尖っていましたっけ?」



 意識せずに、私は本当の事を言いかけた。

 何を期待していたのか、自分でも分からないけれど師匠のどんなレミリエルでも良い、という発言に少し安心した。

 そして、話題は過去のレミリエルに移る。



「前のレミリエルは、私が魔法を教えるから泊まりに来いと言って基本無視するし、やっと泊まりに来たと思ったら、師匠とはお風呂に入らないとか言いますし」


「いや、お風呂は入らないのでは⋯⋯」


「でも、昨日は入ってくれましたよね? 後、師匠と寝るのは身の危険を感じるので嫌だとも言われました」


「そうなんですね⋯⋯。私はそこら辺の記憶、抜け落ちちゃってますけど」



 なんか思っていた尖り方と少し違う。

 師匠の中では、私が一緒にお風呂に入ったり眠ったりしないのが問題なのだろうか。



「あの、一緒にお風呂に入らないのって尖りに入るんですか?」


「当たり前です。私は常に弟子成分を補充したいんです。お風呂や睡眠は弟子の無防備な姿が見られますからね」


「あの、ずっと気になってたんですけど弟子成分とは⋯⋯」


「私の養分です。可愛い弟子と触れ合う事で満たされます」



 リリーエ師匠は、五大栄養素ではなく六大栄養素からなっているのか。

 ふとリリーエ師匠の皿を見てみると、既に草が無くなっていた。猛者すぎる。



「ほら、レミリエルも早く食べて下さい」


「あのー、私お腹いっぱいなので食べて欲しいなぁと」


「弟子の食べかけですか? ヤバい、めっちゃ食べたい」


「きっ⋯⋯、どうぞどうぞです」



 罵倒の言葉が出かけて、慌てて口を塞ぐ。

 下手なことを言って、「じゃあ食べませんよ」なんて言われたら私が草を食べる羽目になる。

 リリーエ師匠は、私の食べかけの草を物凄い勢いで食べ進める。




「ご馳走様でした。流石に二人分食べるとお腹いっぱいですね」


「よく食べられましたね⋯⋯」


「あ、子供達が来て食べる物が無かったらアレなので、面倒くさいけど街まで行って買ってきます」


「え、じゃあ最初からそうしていれば⋯⋯」



 その手が合ったのなら、初めからそうして欲しい。後、街あったんだ。

 リリーエ師匠は、やっとローブと三角帽子に着替える。


 魔法使いらしい格好をすると、紫色の髪と瞳も相まって立派な魔法使いに見える。

 そして、気付かなかったけど、思わず見蕩れてしまう程顔が整っている。


 リリーエ師匠、私とあまり歳の差があるように感じないけど、童顔なんだろうか。



「それでは、子供達が来るまでに帰ってきます。もしも間に合わなかったらその時は頼みます」


「頼みますって⋯⋯。まあ、気を付けて行ってらっしゃいです」


「ふふふ、気を付けて行ってきます」


 リリーエ師匠は、微笑みながらホウキに跨って飛んでいく。

 私が手を振ると、師匠は空から手を振り返してくれた。


 なんか⋯⋯私も空を飛んで見たくなりました。帰ってきたらとことん教えて頂きましょう。


 私は家の中に入り、黙々と物が床に投げ捨てられている部屋を掃除し始めた。

 子供が来るのだったら、こんな汚い部屋は見せられないだろう。師匠の顔を立てる意味でも掃除をしなければ。


 私、なんて出来た弟子なんでしょう。


 掃除を終えた後は、のんびりとソフィーに座りながら、床に落ちていた魔導書らしき物を読み耽る。

 魔導書には、育毛促進の魔法、嫌いな相手の足をつらせる魔法、等などが書いてあった。

 単純に炎を出したり、雷を落としたりするだけでは無いみたいだ。


 暫くそうしていただろうか、私がすっかり本に夢中になっていた頃、家のドアが何者かによって何度も叩かれ、ドンドンという音を立てている。


 えっと⋯⋯来客でしょうか。



「はいはい、どちら様ですか?」、家の扉を開ける私。


「魔法を教わりに来ました! せんせー、よろしくお願いします!」


 扉を開けた先には、凡そ十歳程度の活発そうな赤髪ツインテールの少女と、その後ろに青髪ロングな気の弱そうな少女がいた。どちらもローブと三角帽子を着込んでいる。


 そして、私を先生と勘違いしているのか、赤髪の少女が頭を下げてくる。その後に続いて青髪の少女が頭を下げる。



「あのー、私は先生じゃないんですけど。貴女達の先生は今食材を買いに行っているので、先に上がってください」


 私は、とりあえず二人を家の中へと上げる。

 少女たちは「お邪魔しまーす!」とドタバタと上がってくる。


 貴女達が何食わぬ顔で上がれるのは、私がせっせと掃除したからですよ。師匠、私が掃除をしなかったらそのまま家に上がらせる気だったんでしょうか。


 さて、少女たちを家にあげたところでどうすればいいんでしょう。


 今までろくに歳下と関わった事が無かったのを思い出す。

 前までなら、「関わったところでメリットはない」と言っていたところだが、今は私しか大人がいない。つまり私しか面倒を見るものがいないという事だ。


 私の視界には、落ち着かない様子で、不安気な顔をした二人の少女が居た。


 さあ、どうするレミリエル⋯⋯いや、私!!












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