第4話 少しだけ身の危険を感じる師匠

「魔法を一から教えてってどういう⋯⋯、今まで魔法を教えようとしてもずっとガン無視だったじゃないですか」


「ちょっと魔法の使い方を全てド忘れしてしまいまして⋯⋯その節はすみません」


 魔法を教えて貰えなくなっては困るので、適当な理由をでっち上げて、頭を下げる。

 そして、レミリエルが想像以上に問題児だった件について。

 いや、私も先生の話基本無理やり遮ったりしてたっけ。


「事情はよく分かりませんが、いいですよ? とりあえず私のお家に来てください」



 リリーエ師匠が杖を振ると、何処からかホウキが飛んできて、それを手に取る。


「さっ、乗ってください」


 リリーエ師匠はホウキに跨り、私に後ろに乗れと促してくる。

 少し怖い気持ちもあったせいか、ホウキに跨ると直ぐに私は、落下防止のため、泥だらけで申し訳ないがリリーエ師匠に強く抱きついた。


 抱きついた際に、リリーエ師匠が「ふへへ」と気味の悪い笑い方をしていた様な気がした。

 まあ、気の所為だろう。



「かなり早く飛びますので、落ちない様にしっかりと掴まっていてくださいね?


「で、出来れば安全運転でお願いします⋯⋯」


 弱腰な私の態度に、リリーエ師匠は「らしくないですねぇ」と釈然としない様子だった。

 レミリエル、絶対前まで爆速でホウキ飛ばしてたタイプだな⋯⋯。


「じゃ、出発進行でーす」


 リリーエ師匠は私の要望通り、緩い速度で飛んでくれた。

 なので、「ありがとうございます」と述べると、「こっちこそ都合が良いのでありがとうございます」という謎の返事をされた。


 リリーエ師匠は、緩い雰囲気を纏っているが、時々不可解な「ふへへ」という笑い声が聞こえたり、会話が不成立する時があった。



「さあ、着きましたよ。私のお家です」


「これまた⋯⋯随分隠れ家的な所にあるんですねぇ」



 リリーエ師匠がしばらく飛んでホウキを降りた場所は、山奥。

 人気のつかない山奥の中に、ポツンと塔の様な家が立っていた。

 木造住宅で、三階建てだ。所々家の外観に木々が生えていて、アンティークな雰囲気を感じる。



「さあ、レミリエル。久しぶりに上がってください」


「久しぶりなんですね。お邪魔します」


 私がリリーエ師匠の家に入った途端、リリーエ師匠はまるで私を閉じこめるかのように、扉を勢いよく閉めた。

 ちなみに中は一通りの家具が揃っているが、めちゃくちゃに物が乱雑していた。




「あの、ドアを閉める勢い強くありません?」


「レミリエル、やっと二人きりになれましたね⋯⋯。さあ、弟子成分を摂取させて下さい!!」


「え、ちょっと、来ないで⋯⋯」




 リリーエ師匠は、私達が、師匠の家で二人きりなると同時に、目の色を変えてにじり寄ってきた。

 息遣いも荒く、「弟子成分」、等と意味の分からない発言を繰り返している。

 次第に私は部屋の隅に追いやられ、逃げ場が無くなった。



「いや⋯⋯来ないでください」


「どうして師匠相手に怯えるんですか? 怖い事なんて何一つありませんよ」


「じゃあにじり寄るのをやめてください!」


「あ、それは無理な相談です」



 リリーエ師匠は、「えい」という掛け声と共に私に飛び付いてきた。

 そして、永遠とも思える時間、私に頬擦りやハグを強要してきた。辛かった。

 けど、魔法を教えて貰えると思ったからなんとか耐え抜いた。ちなみに泥だらけだった上着は、「洗濯する」、との理由で師匠に回収された。



「ふう、弟子成分は補給できましたね」


「やっと終わった⋯⋯。師匠成分で体調が悪くなりました」


「師匠成分は身体に良いので平気ですよ。そうだ、後は身長を測りに行きましょうか」


「いや、何故身長を⋯⋯」


「弟子の成長は常に把握しておかないといけませんからね」


 リリーエ師匠はしたり顔でそう言うと、メモ用紙と羽根ペンを取り出した。

 私を測定機の前に立たせると、測りのメモリを私の頭に乗せた。




「えっと、百五十二センチメートルですか。去年より一センチ伸びていますね」


「はぁ。そうなんですか」


「弟子の成長を感じられて嬉しいです」



 私は至ってどうでも良さそうに返事をするが、

 リリーエ師匠は何故か自分の事のように嬉しそうに微笑む。

 そして、丁寧にメモ用紙に私の身長を書き込んでいる。横目でメモ用紙を覗いてみると、過去の私の身長がびっしりと記載されている。恐怖。



「あの、そろそろ魔法を教えて貰っても宜しいですか?」


「そろそろ日が沈み出しましたね。お腹が空いたでしょう? 夕食にしましょうか」


「いや、夕食の前に魔法を教えて欲しいんですけど⋯⋯」


「ちなみに私料理作れないんで、久しぶりにレミリエルが手料理を振舞ってください」



 リリーエ師匠は私の「魔法教えて下さい」を二度ほどスルーして後、厚かましくも手料理を作るように言ってきた。

 そろそろ分かってきた、この人といると会話のペースを持っていかれる。なら、無理に抵抗せずに乗った方がいい。



「はいはい、分かりました⋯⋯。作れば良いんですね、作れば」


「作ればいいんです。あと食材は冷やしてあるものを好きに使って良いですから」


「言われなくても好き勝手使うつもりです」



 私は、台所付近に木箱が置いてあるのを見つけた。

 木箱の蓋を開けると、中には食材と氷が詰められていた。成程、この世界には冷蔵庫がないからこうして冷やしているのか。きっつ。



「えっと⋯⋯。まあ一通りは揃っていますね。あ、これ腐ってる」


「中には腐ってる物もあるから、上手に選抜して下さいね」


「は、はい⋯⋯。所で、好きな料理はありますか? 食材が足りる様でしたら作りますよ」


「何でもいいです。弟子の作る物なら何でも美味しいので」


 何でも良いが一番困るんですよ。全国の主婦の気持ちを考えてください。


 後、気付いた事がある。

 最初は一通りの食材が揃っていると思っていましたが、殆どが腐っている。氷で冷やす意味とは。


 無数にあった料理への選択肢が一気に狭まった。


「あの、このミルクいつ買ったものですか?」


「それは一昨日、牧場で購入した物です」


「ならギリ何か作れそうですね⋯⋯。味のクオリティは求めないで欲しいですけど」


「ふふふ、期待してますね。ちなみに私はそこそこグルメです」



 何故、味を期待しないで欲しいのアンサーが私はそこそこグルメです、なのか。

 まあ、不味いものは出来ないと思うし、久しぶりだけど腕を振るうか。



「うげっ⋯⋯。洗い物くらいして下さいよ⋯⋯」


「あれ? 溜め込んでいましたっけ? まあそこら辺もお願いします」


 リリーエ師匠はソファーに横たわりながら、私にお願いする。

 ここまで他人にこき使われたのは久しぶりだが、リリーエ師匠はきっとこの世界では私より優れている。従う他はない。


「くそっ⋯⋯だりいです」


 調理を始める前に、私はまず洗い物から取り掛かった。その間に使える食材から献立を考える。

 この世界だったら、何が好まれるんだろう。

 洗い物を終えると、私は適当に考えた献立から調理に取り掛かった。



「出来ましたよ、熱いので気をつけて召し上がって下さい」


「私の弟子は気が利きますね。ちなみにこれは?」


「えっと、鶏肉のクリーム煮ですが。馴染みがありませんか?」


「いえいえ、ただ聞いてみただけです。ちなみにたった今、弟子が作ってくれた事により好物認定されました」


 とすると、クリーム煮は好物では無かったことになります。まあ、文句は言わせずに食べさせますけど。

 ちなみに、ちゃっかり自分の分も作っておいたので頂くとします。



「ん、美味しい。久しぶりに作った割には中々ですね」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


「あの、食べないんですか? せっかく作ったので冷める前に食べて欲しいんですけど。そして魔法を教えて欲しいです」


「あの、あーんとかないんですか? 私、レミリエルからのあーんが欲しいんですけど」



 私がそこそこ美味しく出来たのでは、と自画自賛している間、ずっとクリーム煮を食べないので何かあったのかと思いましたが、あーんを要求してきやがりました。


「ほら、口開けてください。はい、あーん」


「あーん。んんっ、美味しい! やっぱり愛情が籠っている料理は違いますね。今日はレミリエルがずっとあーんして食べさせてください」


「あれ、可笑しいですね⋯⋯愛情は込めた覚えは無いんですが。後、あーんはもうしません、ご自分で食べてください」



 弟子という立場上、仕方なくスプーンでクリーム煮を「あーん」してあげた。結果、リリーエ師匠は付け上がって二口目を要求してきた。

 流石にそれはお断りして、私は自分の分のクリーム煮を食べ進める。



「ふう、ご馳走様でした」、私は一通りクリーム煮を平らげた。


「お粗末さまでした」、リリーエ師匠は私に向けて言う。


 それは、私の料理が大した事なかったと言いたいのか。そもそも食材を腐らせるくせに。

 私が食べ終わると直ぐに、リリーエ師匠もクリーム煮を完食した。

「見てください」と皿を見せた来た時は何事かと思いましたが、中々綺麗に食べ切ってくれた様で、そこだけは感心した。



「レミリエル、料理の腕を上げましたね。とても美味しかったですよ」


「⋯⋯どうも」


 リリーエ師匠は、真っ直ぐな瞳で私を見つめて、「美味しかったです」と微笑んだ。

 それが変にむず痒くて、けれど悪い気はしなかった。

 ちなみに、その後にやらされた皿洗いは普通に悪い気しまくりだった。少しは手伝え。



「夕食も作ったので、そろそろ魔法を教えてください」


「ああ、そんなことも言っていましたね。その件ですが、明日、魔法学校に入学予定の子供達が私の家に魔法の基礎を習いに来ます。その時に一緒に教えて差し上げますよ」


「え、子供たちと一緒に⋯⋯?」


 リリーエ師匠は至って当たり前という様子で返事をする。

 正直子供にまみれて教えられるのは、精神的にきつい物がある。弟子なのだから個別で教えてもらいないのだろうか。


「あのっ、それはちょっと⋯⋯」


「という事で、今日はもう遅いので泊まっていってください」


「え、泊まりですか? 私、着替えも何も持ってきていませんよ⋯⋯」


「私のを貸すので。さあ、お風呂を沸かしましょう。手伝ってください」


 リリーエ師匠は私に有無を言わさず、家に泊まる事を決定付けさせた。






















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