第3話 暴虐な吸血鬼とリリーエ師匠

 私、ただいまとっても不機嫌です。

 何処を探しても師匠とやらは見付からないし、他の生徒に「私の師匠ってどこにいますか?」と聞いても、露骨に嫌な顔をされた後に無視をされる。


 成績優秀者ってどうしてこうも嫌われるんでしょうか。


 もしかして前のレミリエルの身体の持ち主がめちゃくちゃ筋金入りの悪だったとか、有り得なくもない。勝手に人の精神を入れ替える様なやつだ。


 私は手当り次第に魔法学校を一周してみたけれど、師匠らしき人物は見当たらない。顔も名前も分からないから、道行く人に聞くものの、大体嫌な顔をされて避けられる。


 広い魔法学校を一周もし、歩き疲れてきた。

 疲労感と人の悪さから腹が立ってくる。もう師匠を探すのなんてやめて、帰ろうかなんて気分になってきた。



「ちょっと、レミリエル!!」



 私が「やる事はやった。帰る」、という気になっていた頃、後ろから聞き慣れた甲高い声が聞こえてきた。その声色には怒気が含まれている。

 無視をされて腹が立っていた手前、自分が無視をする訳にもいかず、仕方なく振り向く。


「あの、なんでしょうか。私今から帰るんですけど⋯⋯」


「さっきの試験結果。納得いかないわ。貴女、ズルをしたでしょ!」


 振り向くと、シルバーネさんが物凄い剣幕で私を怒鳴りつけた。

 そして私の不正疑惑をぶつけてくる。コイツ、そこまでしか一位になりたいのか。




「あの、どうしてそんなに私を嫌うんですか? きちんと勉強をして取った点数なんですけど」



「今まで私にした事を忘れたの!? 話しかけても無視、やっと口を開いたと思ったら要領が悪いだの向いてないだの、罵倒ばかり!」



 シルバーネさんは積年の恨みを早口で羅列していった。

 前の私は、どうやらシルバーネさんに随分当たりが強かった様だ。

 なので、私も当たり強く接しても問題ないという事でしょうか。



「いや、別に自分より下の人間⋯⋯貴女は吸血鬼でしたっけ? と話しても得られるものはないと思うので」


「何それ、私が貴女より下だって言いたいの?」


「あれ、試験結果を見れない程馬鹿なんですか? それでよく私を劣等種だの罵れましたね?」


 強く当たるついでに、罵られた事を割と根に持っていたので、それについても言及した。

 言い過ぎたつもりは無いけど、シルバーネさんは私を睨み付けてくる。



「ちょっとアンタ、表出なさいよ」


「そんな古風な表現技法⋯⋯えっ!?」


 シルバーネさんは昭和のヤンキー感を醸しながら、強引に私の手を掴み、屋外へと連れ出そうとする。



「力強⋯⋯離してください! 何する気ですか⋯⋯」


「魔法勝負よ、本当の実力でどちらが上か決めようじゃない」



 シルバーネさんは私を強引に屋外へと連れ出し、人気のない校舎裏へと連れ込まれる。

 魔法勝負、多少魔法の知識が着いただけで、私は魔法なんて使えないし、このままではボコられるかもしれない。



「シルバーネさん、私を校舎裏に連れ込んで暴力を振るう気ですか? 誇り高き吸血鬼が人間相手に?」


「何? 今から怖気付いたの? 途中から転校してきた癖に、私を大衆の前でのしたのは貴女よ? 人気のない校舎裏を選んであげただけで感謝しなさい?」


 何とか口八丁で難を免れようとしたけど、どうやらそうもいかないみたいだ。それに私は相当前科があるらしい。

 転校してきた、という事は当時この魔法学校の頂点だったシルバーネさんを大衆の前でボコって、一位の座から滑落させたという事だ。




「でも、それとこれとは話が違うじゃないですか。私に負けた貴女が悪いんです、逆恨みじゃないですか」


「そうよ? だから今度は貴女が私に敗北する番よ」



 シルバーネさんは、冷淡にそう言い放ち。懐から取り出した杖を、私に向けて振りかざしてきた。

 振りかざしてきた杖から、何か衝撃波の様な物が飛んできて、私の身体を吹き飛ばす。



「くはっ⋯⋯!?」


「あらぁ? レミリエル、魔力の弾も避けられなかったのかしら?」


 私は吹き飛ばされた衝撃で、濡れた泥だらけの地面へと横たわる。服が泥まみれで不愉快だ。

 そして、痛い。魔力の弾だか何だか知らないが、脳が揺れている。



「レミリエル、立ちなさいよ。何時までそうしている気なの? 私が倒れた時は、そんなもんですかって鼻で笑ってたわよね?」



 シルバーネさんは杖を構えて私が立ち上がるのを待っている。冗談じゃない、これ以上攻撃されたらまた死んでしまうかもしれない。



「ちょ、待ってください⋯⋯。私、貴女と戦う気なんて⋯⋯」



「煩いわね」



 シルバーネさんはもう一度杖を振り、魔力の弾を私に衝突された。私は更に吹き飛ばされる。

 腹部に当たった事もあり、猛烈に痛い。


 シルバーネさん、私を殺す気⋯⋯?


「ちょ、やめてください⋯⋯私っ、本当に争う気はっ、んんっ!?」


 今度は無言で魔力の弾を打ち込まれた。痛い、腹部が感じたこの無い熱を帯びている。

 何処まで前の私は恨みを買っていたんだ。

 もう、私の精神は限界だった。

 暴力なんて振られずに生きていた私が、何度も痛めつけられる。耐え難い恐怖に駆られた。


「助けて⋯⋯助けて下さい⋯⋯私っ、本当はレミリエルじゃないんです⋯⋯」


「今更何を訳の分からないことを言ってるのよ。そんな言い逃れが通じる私じゃないわよ」


 シルバーネさんが再度、杖を振り下ろそうとした際には、既に私は泣きじゃくっていた。


「もっ、やめてぇぇぇぇ⋯⋯痛いですっ、 怖いですっ⋯⋯」


「全部貴女が私にしてきた事じゃない。泣いて済まされようなんて、見損なったわ」


「違っ⋯⋯。私本当はレミリエルなんかじゃなくて、魔法も使えなくて⋯⋯」


 私がいくら泣けど喚けど、シルバーネさんの冷淡な口調と眼差しは変わらない。

 転生してきたと、本当の事を伝えようとしても、焦る脳のせいで上手く言葉を伝えられない。


「ずっと人を見下して、自分の方が優れると思い込んで、何でも自分で出来ると思い込んで、人の気なんて考えない。アンタのそういう所が嫌いなのよ⋯⋯! その涙だって全部自分の為でしょ!」


 シルバーネさんが感情的に叫ぶ。

 私は焦る脳で、何とか言っていることを咀嚼してこの窮地を脱する策を練る。

 でも、こういう時に限ってろくな打開策が出てこない。人の気なんて言われても、知らなくたって上手く生きていけたし、そんなことを言われても困るだけだ。


「あ、あの⋯⋯すみません、言っていることが⋯⋯」


「分からないでしょうね。他人の意見なんて一切聞かなかったアンタにはね。勉強が出来ても、それ以外の事は人並み以下なんて、自分でも気付いてないんでしょ?」


 シルバーネさんの言葉は、レミリエルとしてでは無く、私自身に突き刺さる様な気がした。

 確かに、人付き合いは並以下かもしれないが、そもそもそんなの能力のない人間が集まってやる事だ。


「私がやらなくてはいけない必要性が⋯⋯感じられません⋯⋯」


「アンタねぇ!! まだ分からないの!?」


 消え入るように呟く私に、怒り狂うシルバーネさんは、また杖を振り上げる。

 また、私に暴力を振るう気だ⋯⋯。

 だが、ここで救済の手が入った。


「レミリエルー、何処にいるんですかー? もう帰っちゃたんですかー?」


 何処からか、私を呼ぶ声が聞こえる。

 シルバーネさんは杖を振るう手が止め、「リリーエ先生だ⋯⋯」と呟く。



「チッ、今日の事、誰にも言うんじゃないわよ⋯⋯」



 シルバーネさんは、有無を言わさない表情で私に圧をかけた後、何処へと早足で立ち去って言った。


 そして、入れ解るようにローブと三角帽子を纏った魔法使いが来た。きっと、リリーエ先生だかだろう。

 腰まで伸びた淡い紫色の髪と瞳をしていて、「これぞ毒林檎を差し出してくる魔女」という色合いだ。そして童顔なのか、あまり私と歳の差がある様に思えない。



「レミリエル、こんな所にいたんですか。って、泥だらけじゃないですか!」、リリーエ先生とやらは、泥だけの私を見て直ぐに駆け寄ってきた。私の近くに来たら泥がつくのに。



「あ⋯⋯お、お気にならさず⋯⋯」



 私はシルバーネさんに言われた事が脳裏を過り、何度も魔力の弾をぶつけりた事を言えなかった。言ったら次何をされるか分からない、という恐怖に縛られているのだろう。


「でもそんなに泥だらけで⋯⋯まるで誰かと争ったよう⋯⋯」


「こ、転んだだけですから⋯⋯」


 痛む腹部を抑えながらでは、説得力が無いようで、リリーエ先生は私の顔を覗き込む。

 言ってしまったらという恐怖もあったが、何よりも私が手も足も出せずに地を這わされたという事実を誰かに共有したくなかった。惨めだった。


 そんな私を見て、リリーエ先生は少し考え込む素振りをしてから、「もしかしていじめですか? いじめられてるんですか? レミリエル嫌われてますもんね」と一人で納得した様に語りかけてきた。


 リリーエ先生はオブラートって物を知らないんだろうか。まあ、嫌われているのには気付いていたけど。



「悩みがあったらいつでも言ってくださいね? 一応貴女の師匠なので」


「え⋯⋯師匠?? リリーエ先生、私の師匠なんですか?」


「いや、レミリエルが私を指名したんじゃないですか。師匠ですよ」



 まさかこのリリーエ先生が私の師匠だったとは、驚きと好都合だ。

 この世界では魔法が使えないと、さっきの様な目に遭ってしまう。なら自衛のためにも、この師匠に縋り付くしかない。



「師匠、私に一から魔法を教えて下さい!!」


「はい?」



 リリーエ師匠は素っ頓狂な顔でまさに、「コテり」、と首を傾げた。











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