ぐっどもーにんぐ

瀬海(せうみ)

ぐっどもーにんぐ


 カーテンの隙間から差し込む朝日。

 それに伴奏して聞こえてくる小鳥のハミング。

「…………」

 目を覚ました瞬間、「勝てる」と思った。

 何に?

 知らない。俺が訊きたい。

 いつもは目覚ましを止めつ眺めつ、ぼんやりと微睡んでいるのが普通なのに、今朝はアラームを止めた覚えがない。抱きついて離れてくれないのが常の布団でさえ、今朝は快く送り出してくれるつもりのようだった。

 時刻を確認すると、午前六時。

 なんだろう、このバッチリ感は。

「俺、死ぬのかな……」

 清々しさが止めどない。体は軽く心は晴れやかで、まるで生まれ変わったかのようだ……生まれ変わった? もしかして、寝ている間に異世界転生でハーレムなのだろうか? 思わずドキ胸するが、どこからどう見ても今いる場所は自分の部屋でしかなかった。

 いや待て。最近は異世界ものも多様化が進んでいるのだ、もしかすると「自室ごと異世界にワープした」というパターンかも知れない――そう思って廊下に出ると、何の捻りもなくそこは廊下だった。

 ――膝から崩れ落ちる。

「馬鹿、な」

 心が折れる。

 意志が屈する。

 残酷な現実に、理想が膝を突く。

 諦念と敗北の声が、意図せずして口から零れ落ちた。

 これが……これが俺の限界なのか。

 俺はこのまま一生、異世界転生できないのか……!


 夢か現か。

 そう――その時、その人影は見えたのだった。


「あなたは」

 あまりの神々しさに、はっきりとは見えなかったが。

 ただ、影は豊満なボディを目の前に見せつけ。

 仏のように穏やかな微笑をその顔に浮かべ。

 手にしたボールを差し出しながら、屈しかけた戦士に向かって――


 ――あきらめたら、そこで試合終了ですよ――


「ハーレムが、したいです……」

 滂沱と涙が溢れ出す。

 決意が漲り、ついでに煩悩も漲る。

 手当たり次第に他の部屋を覗いて回り、見知らぬ美少女でも寝ていないかと確認を続ける。それでなくとも異世界への扉くらいは開いていないものかと、芳香剤の香り漂うトイレも覗き込んでみる。

 アホらしくなってきた。

 朝から何やってんだ俺。

 そう思いながらリビングに入ると、

「あ、おはよう」

 美少女が挨拶してきた。

 というか妹が。

 ついでに言えば、それほど美少女でもない。

 いわば微少女。

「……何か失礼なこと考えてない、兄貴?」

「いや別に、おはよう微少女」

「何急に。あと一応確認しとくけど、今多分、微妙の微を頭に当てたよね」

「いや別に」

 流石我が妹。

 以心伝心という訳か。

 まあそれはともかくとして、現世の住人(俺)が異世界に転生してハーレムという夢は完膚なきまでに打ち破られたようなので、大人しく朝食でも摂ることにしよう。こんなに完璧な朝なのだから、シェフ(俺)の気紛れトースト ~目玉焼きを添えて~ くらいで丁度いいだろう。

 その間にコーヒーも準備もしようとしていると、妹が「ん」と熱々のマグカップを差し出してくる。もうすでに淹れていたようだった。

 流石我が妹。

 以心伝心にも程がある。

「あたしの目玉焼きもお願い」

 あ、交換条件か。

 ていうかそのコーヒー、数人分を纏めて淹れただけだよな。

 まあ目玉焼きを纏めて作る手間も大差ないと言えるし、今朝の調子ならば妹の要求を呑むのもやぶさかじゃない。フライパンを熱し、冷蔵庫から卵を取り出し――そして十分後、食卓の上に二人分の朝食が並ぶ。

 トーストとスクランブルエッグ。

 目玉は潰れた。

 妹はそれを凝視して一言、

「目玉焼きをお願い」

「目玉は潰れたのさ」

「見れば分かるけど」

「申し訳ありません」

 面目も潰れた。

 目玉だけに。

 とは言っても目玉焼き、つまりサニーサイドアップは単純であるが故にどんな誤魔化しも通用せず、原初にして至高の卵料理、プレーンオムレツと並ぶほどに料理人の技量が試されるメニューであるのだ。知らんけど。

 俺のようにチャーハンとカレーしか作れないヒヨッコ料理人が手を出すには些かハードルの高すぎる要求と言っていい。それに比べ、スクランブルエッグは卵をスクランブルするだけなので楽だしスクランブルって何だ。

「いただきます」

 ――疑問はさておき兄妹でユニゾン。


 腹が減っては戦はできぬ。


 何だか無意味な行間スペースが入ったような。

「ねえ兄貴」

 トーストの上にスクランブルエッグを乗せながら、妹は口を開く。

「何だ妹」

「名前で呼べや。……今朝、なんか早くない?」

 お前も早いじゃん。

 そう突っ込みたい気分ではあったが、妹としては普段と変わらぬ平常運転と言えるので、これをわざわざ突っ込むことがあるだろうか(いや、ない)。なので我が妹の質問に粛々と答えんがため、今まさに齧り付いたトーストをコーヒーで流し込むものの、別に粛々とする必要なんてありはしないし早起きの理由だって特になかったと気付き、

「良い朝だな」

 と微笑んで見せる。

 我ながら答えになっていないと思ったが、答えなどないのだから仕方がない。妹にしてもそれほど興味はなかったようで、「そだね」と素っ気なく答えると、そのままトーストを頬張り始めたのだった。






 ――後に、俺たちは知ることになる。

 地軸がなんか上手い具合に傾いたことにより、この朝一切の例外なく、世界中の人々がバッチリ爽快に目覚めたことを。

 そして、世界をそれほど揺るがさなかったこの朝の出来事は、元々そうであったように(特に英語圏で)連綿と語り継がれることとなるのだった。


 ぐっどもーにんぐ。

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