第1話 ハイスペックモブキャラ、今日も推しを愛でる
今日もまた朝が来る。当たり前のように。
目覚める。見慣れた天井。
上体を起こす。眠気まなこで辺りを見回す。
生成色の寝具。ベッド。サイドテーブル。ロッキングチェア。それらの家具だけでいっぱいになる狭い部屋。
サイドテーブルの上には、革張りの赤い表紙の手帳。かなり年季の入ったもの。育ての親である老紳士から譲り受けたものだ。
日々の出来事と、店の備忘録が淡々と綴られている、日記帳。
布団を剥いで立ち上がる。伸びをする。
二歩歩いて、カーテンを開ける。
晴天。
窓を開ける。
視界に広がる、空、海、山、街並み。
ショーンクラウド王国。
南はアンリー海、残る三方はヴィヴィ山脈に囲まれた自然の要塞であるこの国は、二度に渡る世界戦争の戦火を免れ、かつては「忘れられた国」と呼ばれていた。
中央広場から山側へ向かって伸びる大階段。
その先にあるショーンクラウド精霊教寺院は、観光地としても有名であり、「精霊教」の巡礼地でもある。
寺院にはこの国のシンボルとも呼べる時計台があり、その鐘は日の出と日の入りに、一日二度鳴るのだった。
部屋の窓からは、山際に段々畑のように連なる街並みや、港を行き交う漁船まで一望できた。
中流階級居住区の中でも、なかなか自慢出来る眺望を誇ると思う。狭いけど。
深呼吸をしたあと、窓を閉める。
部屋を出る。廊下も狭い。目の前の扉はトイレ兼洗面所。
「四葉珈琲店」の三階部分であるここは、店主の居住スペースである。
本来物置だったスペースに無理やり住むようにしたので、いろいろツッコミどころはあるけれど、概ね快適である。
扉をひらく。目の前は便器。
右側に手洗い場と鏡。
掃除は行き届いているが、どれも古びていて年代物だ。よく言えばレトロでアンティーク。
蛇口をひねる。顔を洗う。
鏡を見る。
灰色のマッシュヘア。
開いているのか分からないほどの細目は緑色。
色白の肌に目立つそばかす。
華やかさのまるでない、地味としか言いようのないルックス。
すれ違っても、覚えられない、背景に溶け込んでしまう、特徴のなさ。
これぞ、モブキャラ。
「私」の前世の記憶、すなわち、BLゲーム「ショーンクラウドに鳴る鐘は」完全攻略の知識を持つリスロマンティックなアラサー女子だった記憶が目覚めたのは、ニコ18歳、2月5日の朝だった。
その衝撃を想像してほしい。
朝、見知らぬ部屋で目覚め、窓の外に広がる景色を眺めた時のことを。ソッコーで「ショークラの世界に入り込んどる!!」と理解した我がヲタク脳を。背景(世界観)で気づくあたり私もそんじょそこらのヲタではない。
同時に、前世の「私」自身の記憶が曖昧な反面、「ニコ」の記憶が脳内になだれ込んできた。確かに「私」は「ニコ」であり、ニコとして生きた18年の記憶が、確かに存在していた。
そして、その記憶を辿る中で、もうひとつの衝撃に遭遇する。
「私」の推しと「ニコ」が幼なじみである、ということを。
ショークラには6人の攻略キャラがいる。
ニコが暮らすのはショーンクラウド王国の中流階級から庶民が多くを占める居住区で、階級的にはそこそこお金に余裕のある庶民である。
ニコは孤児でお金持ちの老夫婦に引き取られ、悠々自適老後ライフを満喫する老夫婦に持ち物である喫茶店を任されている、というモブにしてはあまりに至れり尽くせりな都合のよい設定まみれなのである。むしろ主人公かよ!
前世は薄給であくせく働いていた(と、いう朧気な記憶はある)自分が、まさか転生後に若くしてほのぼの隠居生活みたいなことになるとは。幸運すぎる。むしろ私は何か前世で徳を積むようなことをしたのだろうか?いや、してない(覚えがない)。
さておき。
そんな「四葉珈琲店」店員、悠々自適モブ少年ことニコと幼なじみという謎設定が追加された私の推しが、「レイン・ワイズ」。青みがかった黒髪と、焦げ茶色の瞳に、眼鏡。攻略キャラの中では比較的地味である。
しかし、私は「幸薄そうで神経質そうな知的眼鏡男子」が大好物である。レインはまさに、それ。幼い時に両親を亡くし、中流階級居住区にある診療所、薬局で医者見習いとして働いている。チェルシーという5歳年下の妹がいて、彼女がナイスアシストするイベントもゲーム本編には多い。
本人はなかなかのハイスペックなのに、自己評価が低すぎて全くそれに気付いてなくて、「そんなことないよ君はめちゃイケてるんだよぉぉぉぉ」と褒めちぎりまくって赤面させるのが至高というかなんというか。まぁとにかく、地味で控えめだけど魅力的な我が推しである。控えめ長男美味しいですもぐもぐ。
転生して前世の記憶がある!と自覚した初日の私の動揺ぶりを想像してほしい。死んだことより転生したことより、「なにその追加設定!?」の動揺が一番でかかった。推しと幼なじみて。幼なじみ属性は残念ながらないのだがしかし。
「おはよう、ニコ。今日は診療所の方には顔を出すの?」
推しに顔見知りというか、親しげに話しかけられた時ののリアクションよ。挙動不審ぶりよ。
「適当に何か見繕って昼頃に届けに行くよ。どうせ今日も閑古鳥だろうし。放っておいたらレインは何も食べないでしょ」
「そんなこと……あるけど。助かるよ」
ニコの口からこぼれたのは幾度となく繰り返されたであろう日常で。
推しの食生活を、健康を支えるモブ。推しの血となり肉となる(語弊)モブ……なにそれ尊い。
ニコの仕事。
すなわち、「四葉珈琲店」の営業であるが、前述の通り、お金儲けをする必要が無い悠々自適少年である彼が日々の業務に必死なはずもなく、完全なる趣味の延長、開店休業状態なのである。なんて羨ましい。いや、今や私のことなのだけど。
前世、私はコーヒーが好きだった(記憶がある)。
休日は喫茶店探訪で終わることも多かったし、家であれこれ自分でいれてみたりもした。
それが何の因果か、私はカフェ店員の少年に転生し、ニコの養父母の持ち物である四葉珈琲店を任されるという、なんとも都合が良すぎる毎日を送っている。
そもそも、転生後の私の家族、ニコの養父母である老夫婦は中流階級ながらそこそこの資産家で、農園を持ってたり漁船を持ってたり、それを人に貸して不労所得を得て本人たちは世界中を旅して回ってたりしてほぼうちに居ない(という、都合が良すぎる設定。たしかに、ゲーム本編の喫茶店にカフェ店員の少年以外の従業員は登場しない!)。
ニコもその生活に慣れてしまっていて、うちで一人で過ごすことが多いのも別に最早寂しくないらしい。レインはじめ、友人がいないこともないし。負い目はないものの、そもそも孤児だった自分を引き取って何の不自由もなく育てて貰った感謝が先行して文句など出てくるはずがないのだった。元々、ニコはあまり深く物事を考えない、のんびり屋らしい。
そんなわけで、世の飲食店経営者に殴られそうなやる気のなさで営業されている四葉珈琲店なのである。
だからと言って、ニコが自堕落引きこもりニートかというとそうでもなく、のんびりながらわりとアクティブに毎日を過ごしている。中流階級居住区ではそこそこ顔も広い。もちろん、育ての親である老夫婦の影響力が大きいのだけど、「あのご夫婦のとこの息子さん」ということで、庶民の間ではどこへ行っても歓迎されるのだった。ニコはニコで、本来なら売り物であるはずの、手作りスイーツや軽食をおすそ分けしたり、住民達の困り事の解決に奔走したり、なかなかのおせっかいぶりで、意外と重宝されているみたいだった。
そんなニコの毎日のルーティンのひとつが、幼なじみのレインにランチをデリバリーすることらしい。何それ羨ましい。いや、今や私のことなんだけど。
レインは没頭すると寝食忘れるタイプで、放っておくと一日何も食べないとか倒れるまで寝ないとかがざらにある。妹のチェルシーが日頃から口を酸っぱくして言い聞かせているのだが、未だに改善は見られない。そんなわけで、チェルシーが通学のためレインの監視が出来ない昼ごはんの世話は、ニコが買って出ている、というわけである。何それ羨((ry
午前9時、一応開店準備はしたあと、自分のための、カプチーノを一杯。心ゆくまでフワフワにしたミルクを堪能しながら、
「今日は揚げ物の日にしよう……」
つぶやき、ぼんやりとメニューを決めた。
魚介のフリット、生ハムとモッツァレラチーズ入りのアランチーノ、チョコチップ入りのカンノーリ。塩辛いものから甘味まで。
「フリットはやっぱり港の屋台で買うのが断然美味しいけどねー……この間漁師さんに分けてもらった魚のすり身がまだあまってるんだよなぁ」
四葉珈琲店の一階のキッチンをフル活用しつつ、フリットは出来たてをつまみ食いしながら、淡々と揚げ物を量産していく。この没頭できる感じが、ニコは嫌いじゃない。
お客さんは、来ない。
そもそも開いていることを知ってる人がいるのか怪しい。まるで宣伝活動などしていないのだから。
ニコの午前中は揚げ物作成に費やされた。気がつけばお昼時だ。出来上がったランチをバスケットに詰めると、ニコは店を出た。
二月末。季節はすっかり春で、レモンの花の爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。この調子であっという間に陽射しが強くなって、帽子や日傘なしでは到底出歩けない、リゾートで賑わう夏がやって来るのだ。
まあ特にイベント事には無関心なタイプなので、ニコの日常は季節によって格段変化するわけではないのだけど。
四葉珈琲店は中央広場から細い路地を入って入って入り組んだ石畳の道を進んで進んでやっとたどり着ける。看板はあるものの、趣と歴史は感じるが華やかなメインストリートからかけ離れ過ぎていて、そもそも喫茶店を構える立地ではないのが伺える。知る人ぞ知る店すぎる。
レインの職場である診療所兼薬局は中央広場付近のメインストリート沿いにある。ニコは急いだ。
「やあ、ニコ。今日も甲斐甲斐しいねぇ」
中央広場が近づくと、急に人通りが多くなる。
観光のベストシーズンではないものの、過ごしやすい気候で他国からの人の出入りも多い。中央広場は、この国に海から来ても山から来ても必ず通る道なので、昔からある老舗も多いし、出店の屋台もたくさん賑わっている。
そんな広場に行き交う人々の中で、一際目立つ長身が、ニコを呼び止めてきた。
キリク・ダンスト。
ショークラの攻略対象キャラ6人のうちの一人。
中流居住区の中心的人物というか、リーダー格というか、良くも悪くも目立つ人だ。
まず見た目が目立つ。元々は旅芸人一座を率いて世界中を旅してたとかなんとか、その辺も随分と胡散臭いのだが、とにかく多国籍な民族衣装フルコースみたいな服を着て、長い金髪には色とりどりのエクステやメッシュが入っていて派手だ。
また、彼の肩書は「魔法使い(自称)」で、より胡散臭さが増している。
ショークラの世界では「精霊教」という宗教が生活に根ざしている。所謂自然現象全てには精霊が宿っていて、精霊に祈りを捧げましょう、という信仰だ。一方で、精霊による自然現象を「科学的」に解釈して自在に操ろうとするのがキリクさんみたいな「魔法使い」と呼ばれる人達で、精霊教の教会関係者とは折り合いが悪いらしい。
キリクさんも元々は精霊教関係者らしいけど、何故また翻って魔法使いになったのか。とにかく、腹の中の読めない不思議な(不気味な)人なのである。
ちなみに余談だが、ゲーム版ショークラで、キリクさん関係のシナリオは誰が相手でも左側固定になるため、ユーザーから「スーパー攻め様」と影ながら称えられていたことを追記しておく(笑)二次創作を探しても、彼が右側な作品はとんとお目にかからず、徹底されてると感心したものである。
さておき、喫茶店店員の少年というモブキャラと、攻略キャラがそうそう普段から関わる訳では無いはず……と思ったものの、そもそもレインと幼なじみという補正がかかっている時点で、キリクさんとも接点が自然と発生してしまう。ニコは中流階級居住区で18年生きてきたわけだから、そのリーダー格であるキリクさんと関わってないはずがないのだ。ニコの養父母の老夫婦も、たいそうキリクさんを信頼しているらしい。こんなに胡散臭いのに!
「甲斐甲斐しい……ってなんですか?」
ニコは立ち止まると、声の主に問いかけた。キリクさんは広場の出店の主人と何やら話し込んでいたところで、こちらに気づいて声をかけたらしい。
「それは幼なじみくんへの貢物だろ?毎日毎日通い妻から手作りの差し入れ。いやー羨ましいなぁ」
口調が芝居がかってて、どこまで本心なのか分かりづらい人である。どこ製かわからない赤地に金の刺繍の入ったマントを翻しながら、キリクさんはニコの元までやってきた。頭ひとつ分くらい、ニコより背が高い。
「イヤーソレホドデモー」
「おーい!リアクション雑!そんなに面倒くさそうにすることないだろうに」
いやいや、ニヤニヤしながらからかってくるキリクさんが面倒くさくないわけが無い。普段から頼りになる人だけに、ウザ絡みモードのときは本当にタチが悪いのだ。
「いいじゃないか、レインと君は実に仲良しなんだからちょっと冷やかしてみたって。アイドリングトークだろ?」
「いや仲良しだから冷やかすとか、毎日ランチを配給してるから通い妻とか、短絡的でだいぶ面倒臭いです」
「……ほんとニコってオレに当たり強すぎない?」
「いえいえ、割と平等にこんな感じですよ」
……推し以外には。
「絶対嘘だー!オレに対して一際冷たい気がする!なんでだよー、昔からいろいろ面倒見てきたのにー!」
大の大人の駄々っ子モードは見るにたえない。長身のイケメンなら尚更である。
はぁ、とニコはため息をつくと、持っていたバスケットから、小分けにしていたアランチーノとカンノーリをキリクさんに手渡した。
「別に、レインのためだけに作ってるわけじゃありませんから。自分の食事のついでです」
いやそもそも喫茶店で軽食として販売するはずのものですから。お客さんが皆無なだけで。
「なので、よろしければキリクさんもどうぞ。お口にあうか分かりませんが……」
キリクさんは、レインとは別の意味で食事に無頓着、腹が膨らめば何でもいいタイプで、全く食にこだわりがない人だった。
「ほんとに?それはどうもありがとう!大丈夫、さすがのオレでも、ニコの手作りとあらば、ちゃんと味わって食べるよ」
「ドウデスカネー」
いや、モブキャラ相手にそんなとびっきりの決めスマイル披露しなくて結構ですから……。本当に、真意の読めない人である。
そんなキリクさんだが、やはり、自称「魔法使い」としての腕は確からしい。
「私」がニコの中で目覚めてから、初めてキリクさんに会った時の事だ。もちろん、その時既にニコとキリクさんは知り合いだった訳だが、
「…………おや?」
あからさまに、キリクさんは首を傾げながらまじまじとこちらを眺めてきた。全てを見透かしてきそうなアメジスト色の双眸が、ニコの奥の奥を見据えてきてドキリとしたものだ。
「そこにいるのは誰だい?」
さすがは、スーパー攻め様!(そこじゃない)
何者かまでは特定出来ないものの、ニコの中に異質な「何か」が存在することには気づいているらしい。ただの胡散臭いだけの見た目が派手なお兄さんではないのだ。
「……どういうことですか?」
早速バレて一瞬ビビったものの、持つべき情報量の多さでは圧倒的に「私」に分がある。つとめて冷静に、ニコは問い返した。
「何か、これまでの君とは違う気配を君の中に感じる……一体誰かな?」
「僕は、ニコ・キッドソン以外の何者でもないのですが……」
「…………」
しらばっくれてみたが、キリクさんは見逃してくれないようだ。ニコの中の「私」を見据えたまま、視線を逸らしてくれない。
小さく嘆息して、ニコは観念した。
「まだ、僕も受け止めきれてなくて……もう少し落ち着いて、自分でも整理しきれたらお話します。それまで、このことはそっとしておいてもらえませんか?ひとつ確かだと断言出来るできるのは、僕は間違いなく、ニコ・キッドソンだ、ということです」
前半は嘘で、後半は本当。自分の状況は既に理解出来ているが、上手く説明できる自信はない。
さて、これで誤魔化しきれなかったらどうしようかと身構えたが、案外簡単にキリクさんは引き下がってくれた。ニコの中の「異質な何か」の存在が一応肯定されたことに満足したのかもしれない。
「……そうだね。別に君を追い詰めたいわけじゃない。ただ、力になれることがあるかもしれない。心の準備が出来るのを、オレは待ってるよ」
紫水晶の瞳を蠱惑的に細めながら、キリクさんは怪しく微笑んだ。
うーん、やっぱり胡散臭い!
そのあとも他愛の無い世間話にしばらく付き合わされた後、キリクさんとは別れた。初対面の時のこともあり、あまり積極的には関わりたくない相手である。油断ならないから一緒にいてちょっと緊張するし。立場上、というか設定的に、全く関わらないのも不自然なのが厄介だ。
すっかり時間を取られてしまった。
変わらず活気のある中央広場を通り抜けて、四葉珈琲店とは逆サイド、西側のメインストリートに入る。昔ながらの商店が立ち並ぶ通りをしばらく行けば、レインの職場である診療所が見えてくる。
ちょうどお昼休みの時間帯で患者さんは居ない。周囲の人気もまばらだ。
入口のガラス越しに中を覗くと、受付にレインの姿が見えた。カルテの整理に集中している。本当に、この診療所でレインは何でも屋さんだ。人手が足りてないんじゃなかろうか。たまに、ニコも駆り出されたりしているし。
入口は施錠されていたので、コツコツとガラスを叩いてアピールしてみる。レインの集中力は人並外れているが、そこは幼なじみのよしみ、もしくは推しへの熱い念のお陰か、わりとすぐこちらの存在に気づいてくれた。
「ニコ!来てくれたんだね、ありがとう」
「遅くなってゴメン。お疲れ様。外、出れそう?」
「ひと段落ついたところだから、大丈夫。行こう」
男ふたりでピクニック、というのもどうかと思うが、だいたい晴れの日は気分転換にちょっと散歩して外で食べることが多い。中央広場から伸びるメインストリートには木陰やベンチなど憩いのスペースが点在している。
診療所の鍵をかけたレインとともに、ニコは診療所に背を向けた。
「あ」
診療所を出ようとしたところで、目の前を歩いてくる見知った姿。目が合って、思わず声が出る。
服装が全身、黒一色。人気のない通りでは逆に目立つ。頭部を多い隠すフードから、切れ長の深紅の双眸が、ニコとレインの二人を捉えていた。
沈黙。
そして数秒後、くるりと踵を返した。
「ちょっと!」
ニコは慌てて後ろ姿を追うと、その腕を掴んで引き止めた。
バサッと勢いでフードが外れる。
美しい銀髪と、褐色の肌が顕になる。
「なんで逃げるんだよリュード!」
「……邪魔しちゃ悪いかなー、と」
「邪魔わけないだろ、もう」
無感情にフードを被り直しながら、目の前の青年はボソリと呟いた。
リュード・バリモア。
彼もまた、攻略対象キャラ6人のうちの1人である。
短く切りそろえられた銀髪と、赤い瞳、褐色の肌。一目でショーンクラウド王国の民ではないとわかる見た目を持つ彼は、実は先の世界戦争で滅んだとある国の王族である。ショーンクラウド王国の移民たちの根城、通称「貧民街」に流れ着いた彼は、レインの妹チェルシーを悪漢から救ったことから、レインと(その流れでニコとも)出会うこととなる。
恐らく、現段階で、リュードが亡国の王族であることは、レインは知らない。もちろん私は知っているけれど。
ただ、黒装束で隠しても溢れ出る高貴な見た目、さすがは攻略対象キャラである。やっぱり目立つ。華やかすぎる。特に彼の銀髪なんてツヤッツヤで、ニコのグレーの髪との差が歴然過ぎて切ない。これがメインキャラとモブキャラの差である。切ない……。
さておき、そういう影のある設定のため、言葉少なだったり表情の変化が乏しかったりするけれど、根は優しい良い奴である。ちょっと、変に気を使いすぎるくらい。
「何か診療所に……ていうか、レインに用があったんじゃないの?」
「どこか怪我でもしたのかリュード」
移民のリュードはこの国で就ける仕事が無い。……表向きは。腕っ節の強さを活かして、賞金稼ぎ的なことをして暮らしているようだ。だから、ちょいちょい怪我をしては友人のよしみで診てもらっているらしい。
「いや、たまたま近くに来たから寄っただけだ。急ぎの用はない」
「そうか……ならいいんだけど」
「じゃあせっかくだから、リュードも一緒に行こうよ」
何やらとっととその場から立ち去りそうな黒装束の裾を掴んだまま、ニコは提案した。
「行くって、どこへだ?」
「ご飯食べに。適当に、その辺」
リュードは切れ長の瞳をぱちくりさせたあと、ゆっくりと細める。
「……男三人で?」
「そうだよ。大丈夫! そこまで人通りも無いし、そんなに目立たないって」
本来なら、白い目で見られる場面かもしれないが、ここはそもそもBLゲームの世界。男同士でいる方が自然なのである。多分。
実際、男三人でピクニックしようが、周囲から奇異な目で見られたり、ツッコミが入ることはない。何やら大いなる力……BLゲーム補正がかかっているとしか思えない。
もっと言うと、明らかに華やかなイケメン(※攻略対象キャラ)二人に、残念なビジュアル(※モブキャラ)が挟まれていたら本来なら悪目立ちしまくるはずなのだ。が、今のところツッコミもヤッカミもない。安心でご都合主義な補正である。
「いや目立つだろ。それに……俺がいたら邪魔じゃないか?」
「さっきから何なの、それ。邪魔なわけないでしょ。ほら、行くよ」
半ば強引に、憮然としているリュードと、苦笑いのレインを連れたって、男三人のピクニックに繰り出した。
診療所のあるメインストリートをしばらく行くと、長方形の日陰が出来るように整えられた街路樹の並木がある。夏場は陽射しよけになるその下にはベンチとテーブルが設置されており、住民たちの憩いの場になっている。
途中の屋台でコーヒーとジュースをテイクアウトして、三人はベンチに腰を下ろした。
ニコとテーブルを挟んで向き合うようにレインが、その隣にリュードが腰掛けた。
(うーん、眼福!)
リュード×レイン。通称リューレイは、私の最推しカップリングである。どこか初々しく、お花感、百合感が漂うところがリューレイの魅力である。
意図的に働きかけて二人を隣同士に座らせて内心ニヤニヤが止まらない。他愛のない会話をしながら、推しカプの二人がモグモグタイムを眼前で繰り広げている。悦。まことに、悦。食い入るように二人を眺めながら、私ことニコは努めて普段通りを装っていた。
「なんだお前……気持ち悪い顔して」
速攻でバレた。
しかし気持ち悪いは酷い。自覚あるだけに。
「どうせ僕は二人みたいに見た目が良くないですからー」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないだろ」
適当に誤魔化しつつ、開き直ることにした。
「だって二人があんまりにも仲良さそうだったからさ、微笑ましくて」
ニコの発言に、レインもリュードも揃って飲み物を吹き出す。ほら、仲良し。
「ちょっとニコ、突然変なこと言わないでよ」
「変じゃないよー、二人ともキャラが全く違うのに、いい友達なんだろうなーって」
「友達……、なのか?そんなこと改めて考えたこともないな」
リュードは元々育ちが良いせいか、食事の時の所作が美しい。レインとは真逆で、食を大事にするタイプで、半ば強引に勧めたニコ手作りのアランチーノとカンノーリなのに、口の奥で何か祈りの言葉を呟いた後、数分無言で食べきってしまった。なんだか作った方が申し訳なくなってしまう。もっとイイモン食ってくれ、と……。
「そもそも、俺とこの国で積極的に関わろうとする奴なんてお前らしかいないだろ」
あまり表立ってはいないが、上流階級がそれ以下に対して、庶民が移民に対して、差別的な感情を抱いているのは否めない。移民の根城になっている旧市街地を取り壊せという案が度々浮上するものの、具体策は挙げられぬまま今に至る。
「リュードは妹を助けてくれた恩人だからね。だから僕もチェルシーも、君のことは信頼してるよ」
「呑気すぎて危なっかしい兄妹だよな、お前らは」
レインはのんびりと2個目のアランチーノにてをのばしながら微笑んだ。
照れているのか、リュードは悪態をつく。
「リュードって良い奴が滲み出てるよね」
「確かに」
「なんだそりゃ」
ああ、ニコニコしている推しと、その言葉に照れて目を逸らす相手役。最高ですモグモグ。友達からあんなことやこんなことがあってドゥフフな展開になる未来もありうるということを、私は知っている。ドゥフフ。
「いやだからその顔やめろって。何企んでんだ……」
リュードのジト目のツッコミに、ニコはハッと我にかえる。いかんいかん、ヨダレが出るところだった。
「ところでニコ、さっきから僕達のことばかり言ってるけど……」
ギクッ。
どうにかして二人をくっつけようくっつけようしていることに感づかれたのだろうか。
レインの言葉に、ニコが一瞬身構えていると、
「僕達が友達だとしたら、ニコも友達なんじゃない?」
ね?とレインがリュードを見ると、
「いやだから男三人でさっきから何言ってるんだ寒すぎだろ……」
更に照れまくっていた。おいおい。
「僕も?……レインやリュードと友達?」
ふと、胸の奥がふわふわするような、逆にモヤモヤするような、何かつっかえたような変な気持ちになる。
私が……、「ニコ」が二人と関わっているのは謎の補整のお陰であって……二人の仲を傍で見守りたいだけであって、二人と友達になりたいわけではないというか……。
でも、今ニコは、既に二人の友達になってしまっているのだろうか。モブキャラなのに。攻略対象キャラと?
ニコはなんとも言えない感情が込み上げてきて、首を傾げた。
二人はそんなニコを照れていると勘違いしたことだろう。
(僕は今のまま、二人に関わっていいのだろうか……?)
胸の奥がザワザワする。
このまま、なんでもない日常が続けばいい。続けばいいのに……。
時は流れる。「ゲーム開始」の時間が、刻一刻と迫ってきていた。
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