新たな幸せ~おうち時間が教えてくれたこと~

NOTTI

第1話:新たな幸せ

会社の周りが少しずつ春に向かって新しい息吹を感じるようなってきて、毎日新しい発見で1日がスタートしている。


 その頃、彼は自宅の書斎で慣れない始業準備に取りかかっていた。昨日まで営業1課での業務を行っていたため、危うく電車に乗って本社に出勤してしまうところだった。今日からは総務管理課の業務が在宅でスタートする。このサイクルに本格的になってからまだ2ヶ月目だが、仕事のやりがいを感じていた。


彼がこれらの業務を兼務するきっかけが以前から社内で議論されていたテレワーク導入に関する社内改革案が本格的に始動することが決まり、社内で導入に向けた会議が始まっていた。


年が明け、彼のところに人事部から呼び出しがあった。それは、会社の役員会でこれからの働き方の諮問会議があり、導入前にモニタリングをするための社員候補を各部から3人選出するように言われたというのだ。そこで、各部署で選ばれた人たちが集められたのだ。


彼が所属している営業課の所属社員30人と面談して、主任である神崎孝志、入社5年目の久留田賢人、そして、部署内でトップの成績を収めている久利松孝次朗の3人が推薦された。彼らが推薦された理由としてこれから成長を期待されている若手社員であり、会社内での信頼も厚い。他の部署からも選出されているのはその部署で良い成績を収めている社員ばかりだ。

各部から推薦リストを提出して、1週間後の役員会議で選考するための資料作成が始まった。毎年この時期には人事異動などの面談が始まるが、今年は社会情勢を鑑み、異動ではなく、配置換えもしくは兼務で調整することになる。つまり、テレワーク導入が決まると、テレワーク対象者全員が総務部管理課との兼任が決まる。メンバーは全員で30人程度になるため、全部署合わせると1500人いる会社で少数精鋭の一員になる事は今後の彼のキャリアにとって利点しかないのだ


そして、選考会議が行われ、役職者会議で人事部長から説明を受けたのち満場一致で可決された。そして、選ばれた社員が呼ばれ、社長から直々に辞令を交付される。そして、発表当日の朝を迎えてドキドキしながら会社に向かった。仮に選ばれると現在所属している営業課と新たに所属する管理課を兼務することになり、前半を総合営業部営業1課で後半を総務部でそれぞれ過ごすことになる。


そして、推薦者全員に対して合否結果が通知された。仮に合格なら30人分のアドレスが載っているメールが届き、それ以外の場合は個別メールが届くことになっている。


 彼の元に届いたメールには

“この度はテレワーク推進のために新たに創設されるテレワーク担当部への着任おめでとうございます。つきましては4月1日付けで兼務発令を行います。これからの日程としては事前準備として3月からテレワークと実勤務を組み合わせて実際に着任後のシミュレーションを行い、テレワークに向けた確認事項を順次実施していただきます”という内容だった。


 彼には3歳年下の奥さんと小学3年生で双子の娘、年長の息子がいるが、昨年から緊急事態宣言などの発令により家の中で家族とともに過ごすことが増えていった。そのため、孝次朗が在宅勤務と出勤が交互に課されていたときには出勤日には必ずと言って良いほど子供たちが玄関でお見送りしてくれていた。


 そんな彼もこの時ばかりは「ずっとテレワーク出来ると良いのに」と心の中でずっと思っていた。なぜなら、子供たちは休校・休園していて、奥さんも都内にある商社で事務と経理の仕事をしているが、機密情報が多いため、書類などを持ち出すことが許可されず、休日以外はずっと出社していたため、日中は子供たち3人で過ごすしかなかった。


 そして、彼の会社から在宅勤務の許可が下りて、月の半分を在宅勤務に切り替えても良いという許可が下りた。


 その時は“やっと子供たちと一緒に過ごす時間が出来る”と思ったと同時に“今までの一緒に過ごせるはずだった時間を取り戻したい”と思ったのだった。実は子供のことを奥さんに任せきりで彼は子供たちと十分な時間を過ごすことが出来ていなかった。特に、上の2人の娘とは生まれた時にはまだ就職して2年目だったこともあり、遊ぶ時間は確保出来ているつもりだったが、彼女たちが寝ている時間に帰宅し、起きる時間には出勤してしまうという生活を続けていて、休日も月の半分は休日出勤をしていたため、子供たちとはあまり関わる時間が少なかった。しかし、会社からのテレワーク許可が下りたことで9年越しの娘たちとの時間、6年越しの息子との時間がやっと確保出来ることになる。


 そして、翌週からはテレワークで仕事をする事が増え、子供たちと一緒に昼食を作ること、夕食を作ることでこれまで失われていた子供たちとの時間を埋めていくためのきっかけになっていた。


 そして、これまであまり積極的ではなかった娘たちも父親が家にいることに違和感を覚えていたが、夜は家の地下にあるシアタールームで好きな映画やドラマを観て過ごすことや室内で遊べるように作ったプレイルームなどで身体を動かすことでストレスを軽減させていた。


 そして、父親が出勤するときは隣の家に住んでいる娘の仲の良いお母さんに声をかけて出勤していた。


 テレワークが始まって少し経った頃に嬉しいニュースが舞い込んだ。それは、奥さんのお腹に新しい生命が宿ったことと孝次朗が2年連続で表彰されて特別ボーナスを手にすることが出来ることになったのだ。


 彼にとっては子供が増えることも喜ばしいことだが、成績上位に5年連続で入ることができ、3年連続で営業成績トップという名誉のある評価をもらえたことも同じくらい喜ばしいことだった。


 そして、同僚や上司は彼を“敏腕営業マン”と呼んでいた。なぜなら、彼が営業に行くと必ず契約を持ってくる。その功績は会社にとってはいなくてはいけない存在だった。


 そんな彼もテレワークになってもその敏腕は健在で、常に新しい取引先との契約や紹介してもらった企業との接待でも指名が絶えなかった。


 そんな彼を見ていると本当に仕事が大好きな人なのだと改めて感じた。


 彼が家で仕事するようになってから、仕事の合間に子供たちとの時間を過ごすこと、奥さんのお腹をさすりながら毎日お腹の子に声をかけることも増えた。


 彼はこれからも多くの人から愛されて過ごしていくことになる。彼はその愛を受けてみんなを、彼の家族を幸せにしていく。

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