第14話「喧嘩に敗者の姿なし」
1.ただ一言で
***
小鳥の囀る朝。第二夫人・ミオは颯爽と自室から退出し、廊下を進む。
一人の夫に対して八人の妻がいるこのスナキア家。結婚前は二人目になるというだけでも異様だと思っていたのに、今や八人である。だが先輩のジルーナには快く受け入れてもらえたし、後輩たちとの関係だって良好も良好。ミオはこの暮らしを大層気に入っていた。
「今日の朝ごはんは何かしら……♡」
この一夫多妻生活には、家事を分担できるというメリットがある。正直言ってとてもありがたい。
結婚直後にジルーナに家事を一通り教えてもらったし、主婦になって約八年ともなればすっかり慣れたものである。それでももっと上手な人にお任せできるのは魅力的だ。ゆっくり起きてのんびりとダイニングに馳せ参じれば他の妻が作ってくれた美味しい朝食が待っている。
「……?」
視線の先に二人の人物を見る。夫のヴァンと第五夫人・キティアだ。美容ガチ勢のキティアは毎朝しっかり仕上げて朝食の場に登場しているのに、今日はパジャマのままだし髪も乱れている。寝起きそのままの姿といった印象だ。
「だからそれは君が先に言い出したんだろ⁉︎」
「ま〜たあたしのせいにして! そうじゃないでしょ⁉︎ そもそもヴァンさんが最初に────」
何やらお互い大声を張り上げている。────これはどうやら、夫婦喧嘩というやつだ。
「……朝から元気ねぇ」
ミオは呑気に呟いた。基本的に妻同士は『夫婦の形はそれぞれ』と割り切っており、ヴァンとの関わり方に干渉しない。喧嘩していようと仲裁に入ることはなく、どちらかの味方につくようなこともない。これはミオに限らず、八人の妻全員共通のスタンスである。冷たいようだが、第三者が入ると余計ややこしいことになってしまうかもしれないのだ。
それに、どうせ大したことじゃない。「夫婦喧嘩は犬も食わない」とは良く言ったもので、周りから見たらくだらないことをきっかけに反目し、すぐに仲直りしてかえってイチャコラすることになるだけである。それはミオも自身の経験からよく知っていた。
夫は妻をとても大切にする人だ。そしてキティアも多少のわがままは言えど根っこは夫をしっかり支える良き妻である。先日の海の一件から本当に頭が上がらない。そんな二人が喧嘩するとしたら何らかの些細なすれ違いがあっただけに過ぎず、深刻なトラブルには至らないという確信がある。
また、「喧嘩するほど仲が良い」というのも言い得て妙である。不満があったら適度に言い合えるくらいの関係の方がストレスを溜め込まずに済むし、お互い改善しようと努力することができる。嫌いだから喧嘩になるのではなく、大好きで今後も一緒に居たいからこそ喧嘩になるのだ。
というわけでここは無視して通り過ぎるのがベターだ。ファクターとビースティアのハーフであるミオは、一応ちょっとだけならテレポートもできる。二人に気づかれる前に一階のダイニングに退避することが可能だ。
────だが、この朝の爽やかな時間に怒鳴り合いをされるのは単に同居人として愉快なものではない。それに本来自室の中で済ませるべき喧嘩が廊下に出た後まで繰り広げているというのは、二人とも鉾の納め時を見失っている証拠だ。ミオはちょっとだけ二人に手を貸すことにした。
「それはさっきも説明したでしょ⁉︎ ちゃんとあたしの話聞いてます⁉︎」
「そっちこそ俺が何度言っても無視してるだろ! 俺はあの時────」
ミオは相変わらず言い合う二人に接近し、ニコニコしながら無言で観察する。やがて二人はミオの存在に気づいたようで、
「あ……ミオさん」
「……」
気まずそうに口籠った。他者がそばにいるというだけで一気にトーンダウンするものである。さらに、ミオは追い討ちをかける。
「今日はそういうプレイなのぉ?♡」
たっぷりの含み笑いと共に問いかけた。二人はミオの言葉の意味を一瞬考えた後、
「「違う!」」
大慌てで声を揃えた。
「フフ、仲良しねぇ♡」
「「……!」」
ミオはさらっと言い放ち、スタスタとその場を後にする。二人ともミオのたった一言ですっかり毒気を抜かれたようで、背後からはもう怒鳴り声は聞こえなかった。やがてドアを開閉する音が届く。キティアは身支度に入り、ヴァンは一階の大浴場にテレポートして他の分身と合流したのだろう。
昔取った杵柄だろうか。ミオは影からそっと手を回し、さりげなくトラブルを解決することに長けていた。唯一の先輩であるジルーナをこの家のキャプテンとするなら、ミオはサポートを得手とする副キャプテンだと自負している。
また今日もこの家の平和を守ってしまった。ミオは満足げに微笑みながら朝食に向かう。
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