10.そちらもですか?

 ***


 ついに誰かがエルリアの<検閲されました>に参加したのかもしれない。……そんな疑惑をきっかけに始まったミオとフラムの「実際複数人だとどうするのか?」と言う談義は、まだまだ白熱していた。


「じゃあ結局一人が<検閲されました>してもう一人が<検閲されました>って形がいいのかしらぁ……?」

「うーん、ええっとね、それだとお互い顔が見えちゃって恥ずかしいと思うの。 だからねぇ、<検閲されました>する人は後ろ向きの方が……」

「だ、ダメだよぉ。それじゃ今度は<検閲されました>が丸見えになっちゃうわぁ。そっちの方が恥ずかしいかもぉ」


 我ながら最悪の会話をしているなぁと、ミオは自覚していた。でも存外楽しい。もちろんネタで話す分にはという程度だが。


 いよいよ「では女子三人ならどうなのか?」という話題を振ろうとした時、ミオの背中に悪寒が走る。嫌な予感がしてゆっくりと背後を確認する。


「それやりましょう! ぜひ! 今すぐに!」


 ────そこにはこれ以上ないほどブチ上がったエルリアがいた。マズい。絶対に聞かれてはならない人物に聞かせてしまった。


「え、エルちゃん……!」

「あ、あのねぇ、違うんだよぉ……⁉︎ 」


 まるで<検閲されました>の計画を練っていたみたいじゃないか。そりゃあこの子は大暴れするというもの。


「二人の場合は<検閲されました>と<検閲されました>がベストかと思いますが三人となると<検閲されました>を<検閲されました>する担当も必要になると思うんです! その際<検閲されました>をしている人の<検閲されました>を<検閲されました>で────」


 ビーチ中に響き渡る隠語の数々。流石にミオもフラムも口に出せなかったようなエゲツない単語のオンパレードである。その勢いは数千年ぶりの大噴火を披露した火山の如く。とても人類には止められない。


 そしてそんなエルリアの背後に佇んでいるシュリルワの視線も痛い。


「ミオもフラムも……さ、最低です……っ!」

「じ、実際やる気はなかったのよぉ⁉︎」

「え、えっとねぇ、お話ししてたらねぇ、つい盛り上がっちゃったのぉ!」

「盛り上がる時点でアンタらはおかしいです! ほら、責任取ってアンタらでこいつの口を押さえつけるです!」


 シュリルワは親指でエルリアを指す。完全にスイッチが入ったエルリアは天に拳を突き上げていた。何なら感激のあまりちょっと泣いているのではあるまいか。


「いよいよ全員参加の<検閲されました>をおっ始める時が来たようですね! あぁ、この日を待ち侘びましたわ……! シュリルワさんだけではなくミオさんとフラムさんも乗り気だなんて……!」

「⁉︎」


 ……今、何て?


「シュリちゃん乗り気なのぉ……⁉︎ あれ⁉︎ っていうか、もしかしてシュリちゃんだったのぉ⁉︎」

「わ、わたしたちね、え、エルちゃんが最近大人しいからぁ、もしかしたら誰かがもうそうなってるんじゃないかって思ってねぇ、それでこのお話してたんだよ……⁉︎」

「ヒィー……っ! ち、違うです! そんなことしてないです! さ、さっきちょっと引き摺り込まれそうになっただけです!」


 シュリルワは首が取れそうなほどの勢いで横に振りまくる。その態度を見れば誤解だとミオにはすぐ分かった。だが、ワンテンポ遅れがちなフラムが追い討ちをかけた。


「シュリちゃん、あのねぇ、<検閲されました>してるのを後ろから見られたら<検閲されました>が見えちゃうんだよ⁉︎」

「……っ!」


 顔面蒼白である。シュリルワは虚ろな目で、プルプルと震える両手を見つめていた。やがて絞り出した声は、


「あ、危ないとこだったです……! さっきはどうかしてたですっ……!」


 意外なことに一時はその気になりかけたのだなと推測できるものだったが、ミオはもう触れないことにした。ただただ我に帰ることができてよかったねと心の底から祝福するのみだ。身の固い彼女が一体どんな甘言に騙されたのだろう。たまたまリアルなシュミレーションをお伝えできたのは彼女にとってラッキーだったかもしれない。


 エルリアがミオとフラムに向けて珍しく声を荒げた。


「ちょ、ちょっと! せっかくもうちょっとでシュリルワさんを取り込めましたのに! 責任とってください!わたくしが<検閲されました>する際はお二人が積極的に<検閲されました>してくださいね!」

「そ、そう言われてもねぇ……? <検閲されました>はお姉さんちょっとぉ……」

「あのねぇ、それだと今度はエルちゃんの<検閲されました>が丸見えで気まずいと思うの……」

「見えたら<検閲されました>すればいいじゃないですか!」


 延々と隠語を放ち続ける三名。そこについに、指導が入る。


「いい加減にしなさい!」


 キャプテン・ジルーナである。……お願いだから収拾つけてください。


「げ、下品過ぎるよ! もう聞いてらんない!」


 至極真っ当なお怒りである。あまりにエグかったからかヒューネットがジルーナの背後で怯えている。純粋無垢な彼女にとってはさぞ堪える単語のオンパレードだっただろう。もう素直に反省である。


「……ねぇ、ヴァンへのお返し考えた?」


 ジルーナはこれ以上エロい話に言及するのは嫌だったらしく、お説教はさっさと切り上げて話題を変えることにしたらしい。流石ナイス判断だ。その件はちょうど妻たちの共通認識であり、良いアイディアが出ないという悩みや焦りも共有していることだろう。おかげですぐさま空気が切り替わった。


「ええっとぉ……」


 しかしミオは回答に詰まった。考えようとはしていだのだ。だがいつの間にか話があらぬ方向に逸れてしまいこのザマである。咄嗟にも思いつかないので正直に白状するしかない。


「ごめんねぇ、ずーっと下ネタ喋ってたわぁ……」

「ど、どうしてだったかしら……?」


 残念なことにミオ&フラム組は何のお役にも立てそうになかった。


「こちらも主に下ネタですわね」

「す、すまんです……」


 シュリルワ&エルリア組も同じくらしい。規律正しいシュリルワがいたとはいえ、エルリアがいる中で下ネタを避けるのは不可能に等しかっただろう。多分真面目に考えていたのはジルーナ&ヒューネットだけだ。


「……あれっ? ヒューたちもそうじゃないっ?」

「そ、そうかも……」

「えぇ⁉︎」


 まさかのこの二人もだった!


「ひ、人のこと言えないんだけどぉ、ジル何してるのよぉ……? よりにもよってヒューちゃん相手にぃ……」

「ほ、ほんとだよね……」


 妻たちは黙り込んだ。海や山に連れてきてもらい、数々のサービスをしてもらったというのに、お礼のことはろくに考えることもなく、揃いも揃ってただただ下品な話を繰り広げただけだったのである。いつかこの日を思い返した時に最初に浮かぶ記憶は美しい景色でもみんなで遊んだ記憶でもなく、「二人で<検閲されました>をする時は一人は<検閲されました>を中心に攻めた方がいい」とかそんな話をした方だ。夫に申し訳なさすぎないですか……?


「みんな集まってどうした?」

「「「⁉︎」」」」


 突如その夫が現れ、妻たちの尻尾がピンと立った。……何か、ごめんなさい。今あなたの顔が見れません。


「……ちょうどいいからそろそろ飯にしないか。ユウノとあっちの俺も呼ぼう。休憩所作ったけど……、せっかくならビーチで食べるか」


 夫の提案に、妻たちは上ずった声で肯定の返事を揃えた。

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