9.陥落?

 ***


 シュリルワとエルリアはハイキングコースの終点へと辿り着いた。平らで開けた場所。他の面々が遊んでいるビーチに面しており、標高はそれほど高くなく、互いをはっきり視認できる。景色とみんなの楽しそうな姿を両方楽しめるというわけだ。こんな都合の良い場所が元々あったとは思えないので、おそらく夫の努力の賜物だろう。


「綺麗です……」

「ええ……」


 大海原が広がる。島ひとつなく、雲もない。空の青と海の青だけが視界の大部分を満たす。自分たちが絶海の孤島に来ていることを実感する景色だ。そして視線を下に向けると、


「あ! フフ、見てくださいな。ジルーナさんがヒューネットさんのバストを特盛にされてますよ」

「随分小高く盛ったですね……」

「もうちょっと横に垂れさせた方がリアルですわね」


 確かにそうだけどジルーナには黙っておこうと、シュリルワは胸に誓う。


「あ、ティアがこっち見てるです」


 続いて休憩所の方に視線を向ける。そしてすぐに違和感を感じた。


「……あんな窓あったです?」

「水着も変わってますわね……?」


 事情はさっぱり分からないが所々不思議なアップデートがなされている。ついでに彼女は見たことのないごっついカメラを持っていて、こちらを撮影しているようだった。ひとまず笑顔でポーズだけしておく。せっかく夫に連れてきてもらったというのに、海や山を楽しむつもりはさらさらなさそうだ。察するに諸々の変化は夫を働かせてのことだろうとも思う。


 ────彼女は当てにならなそうだとシュリルワはため息をついて、エルリアに提案する。


「ちょっと休みながらヴァンに何をお返しするか考えるですか」

「ええ、そうしましょう」


 二人は景色を楽しめる位置に備えられた木製のベンチに腰掛ける。多分これも旦那のお手製。負債がどんどん増えていくような気分だ。


わたくしはやっぱり<検閲されました>しかないと思うんです!」


 待ってましたとばかりにエルリアは口火を開いた。清々しいほどの笑顔で大人数参加型の性的なパーティーを示す単語を放つ。


「あ、アンタ大人しくするって言ったです!」

「シュリルワさんのデートのお話を伺ったらやっぱり<検閲されました>が<検閲されました>になってしまいましたわ!」

「……っ!」


 大丈夫って言うから話したのに。ここはひとつ、きっちりシメておかねば。


「もっと真面目に考えるです! せっかくのお出かけなんですから下品な話すんじゃねぇです!」

「ま、真面目に申しております!」

「どこがです!」

「あの、もちろん単にわたくしがしたいというのも否めないのですが……。 今回限りは本当に、真面目にそれがいいと思うんです!」

「……?」


 エルリアが珍しく真剣な表情をしているので、シュリルワは一応詳しく聞いてみることにした。


「今回ヴァン様がこれだけ頑張ってくれたのは何故だと思います?」

「それは……」


 彼が妻を喜ばせるのが大好きな人だからだ。シュリルワはつい先ほど夫がデートでしてくれたことを語ったばかりで、彼のその姿勢がいかに有難いか痛感していた。素敵な人と結婚できて良かったと素直に言える。……だが、今日に関しては彼に邪まな願望があったことも理解していた。


「み、水着……」

「その通りです! ヴァン様はわたくし達の水着が見られると思ってはしゃいでらっしゃるのです!」


 まったく。いっそ愛らしいと思ってしまうくらいおバカな夫である。


「ですが、わたくしちょっと疑問があるのです。いくら何でも水着程度でここまでします? 水着の方が逆にエロいと思われただけかもしれませんが」

「……うーん」


 彼は水着どころかすっぽんぽんを毎日、何度も何度も見てきている。言われてみればちょっと不自然かもしれない。


わたくしが思うに、ヴァン様は単に水着姿を見られるからテンションが上がってしまったのではなく、『八人の水着姿を同時に見られる』からああなったのですよ!」

「!」 

「これは全員参加の<検閲されました>をしてみたいという願望を抱えてらっしゃる証拠ですよ! ご本人に自覚があるのかは分かりかねますが、して差し上げたら絶対に喜んでくださると思うんです!」


 ……そうなのだろうか。やっぱり八人で同時となれば八倍嬉しいのだろうか。確かにそう考えると本日の彼の異様な頑張りに説明がつく。彼はエルリアの要求を「他の妻に悪いから」と断ってはいる。しかし実は彼自身もしてみたいと思っていたのなら、角を立てずに実現可能な「全員の水着を同時に見る」には飛びつく。そんな構図だったのかもしれない。


 しかし────、


「そもそもお返しがその手のやつっていうのはどうなんです……?」


 山をひとつ改造するほどのもてなしを頂いたお返しがエロで済むと考えるほど自分を高く見積もっていない。そして彼が内心ハーレム願望を抱いているのだとしても、そこは正直寄り添わなくていい部分ではないかと思う。


「そうですわね……。ヴァン様はセクシーなお返しが貰えれば万事オッケーと思ってらっしゃるかもしれませんが、そんなのこちらがお得なだけですものね」

「そ、そういうニュアンスじゃなかったですけど……」


 若干の解釈違いはあれど、エルリアもお返しは別ジャンルのものが望ましいと思っているらしい。ちょっと意外だ。


「ですが……。こちらの気持ちはどうあれ、ヴァン様ご本人が一番嬉しいと思うことをするのが一番なのではないかと」

「……! ま、まあ、確かに……」


 相手が喜ぶものを贈る。それが贈り物の基本だ。「あなたにはこっちの方がいいと思うの」とこちらの希望を押し付けるのはエゴでしかない。


「ですが普通の<検閲されました>は日々しているわけですし、特別な<検閲されました>となるとやはり全員で襲いかかるくらいしませんと!」

「えぇ……? で、でも……」


 何だか……、彼女の言う事が正しいのではという気になってきた。彼はそのジャンルのお返しを最も求めており、そのジャンルの中でも<検閲されました>に需要がありそうで、特別感もある。


 ────いやいや、冷静になろう。そんなの恥ずかし過ぎるし、まるで変態じゃないか。あと他の人のソレも見たくない。エルリアが「ワンチャンあるかも」みたいな目でこちらを見ていることも若干癪に触る。


「追い詰めるようで気が引けますが、シュリルワさんこそ頑張らないといけませんよ」

「な、何でです?」

「……水着も見せてませんよね?」

「うぅっ!」


 確かに仰る通りと唸るしかない。


 彼は結婚から何年経とうが自分を女の子として見てくれる。それが多少面倒くさい時もあるけれど、得難くて、とても嬉しいことだと自覚していた。そんな彼の、たかだか「水着を見たい」という些細な願いすら叶えてあげなかったのだ。


 しかし彼は残念そうな顔一つせず、山に行くなら安全で楽しいコースを用意してあげようと頑張ってくれたのである。何ならハイキングコースが一番手間がかかっているくらいだ。彼の場合「焦らしプレイみたいで逆に良い」と思っていた可能性も否定できないが……。


「シュリルワさん……。その、抵抗があるのは理解しております。ですが、実際してみたら絶対楽しいと思うのですよ……!」

「え、えぇ……?」

「普段<検閲されました>をする時、ヴァン様が気持ちよさそうな顔をされているとゾクゾクしませんか?」

「な、何言ってるです!」

「答えてください! どうなんですか⁉︎」

「そ、そりゃ……」


 もっとしてあげたいと思わなくもないけどさ。


「一人では到底引き出せない表情を、八人なら引き出せるはずです。見たくないですか⁉︎」


 そんなこと言われたら……興味なくはないけどさ。


「ちょ、ちょっと考えさせてです……」


 どうしよう。文字通り一肌脱ぐべきなのか……?


「ワンチャンありますわね……!」


 エルリアはついに口に出した。

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