8. モノみたいに

 ***


 波打ち際。

 ヒューネットの胸部に高く積まれた砂は、Mカップに達していた。


「やっぱり晩御飯を豪勢にするしかないかな……」

「でも、いつもやってるもんねっ……」


 夫へのお返しを考える会議は依然難航していた。砂浜に移動してからというもの、彼は途切れなく飲み物を給仕してくれ、「やってもらったことポイント」だけがどんどん加算されていく。ハードルは上がる一方だ。特別なお礼をしてあげたいのに。


 他のグループの動向が気になり、ジルーナはヒューネットのMカップをNカップに進化させながら辺りを見回してみる。するとちょうどキティアが休憩所から現れて、ヴァン[ライフセイバー]の元へトコトコ歩いていた。彼女はさっきまで着ていたタンクトップビキニから普段着にすでに着替えており、海を楽しもうという気概が一切感じられない。


「ヴァンさ〜ん、あたしお買い物に行きたくなっちゃいました」

「い、今か? せっかく来て────」

「お願い♡ ついでに別の水着買ってきますから☆」

「駅前のビルでいいか⁉︎」

「はい! 一時間くらいで迎えに来てくださいね」


 キティアはヴァンに連れられ国内へ戻っていった。


「す、すごいねあれは……」

「本人は小悪魔のつもりかもしれないけどさっ、もうほぼ悪魔だよっ……!」


 好き放題やり散らかしている彼女は当てにならない。何だかんだヴァンが頼られて嬉しそうなのは否めないが、お礼ってそうじゃないと思う。


 ジルーナは続いて砂浜でダラダラしているミオとフラムに注意を向けた。────直後ジルーナの背筋に悪寒が走る。


「……! ヒュー。ちょっと移動しようか!」


 せっかくヒューネットに砂の乳を盛りつけたところではある。ここからさらに前人未到のQカップを目指したいところだ。だが、もうこの場所には居られない。


「何でっ⁉︎ ヒューやっぱNくらいじゃ妥協できないよっ!」

「う、うん。もっと大きくして上げたいんだけどさ……」


 ヒューネットは地面に寝そべっている。きっと波の音がうるさくて聞こえないのだろう。


「あっちのバカ二人がずーっと下ネタ喋ってるんだよ……!」


 ミオとフラムは下品にも程がある会話を延々繰り広げている。これ以上は聞くに堪えない!


「ミオは分かるけどフラムも……っ?」

「あの子が実は一番恐ろしいんだよ……!」


 フラムは自分から下ネタを振ってくることはない。だがどんな話題でも優しく迎え入れる包容力に大人の余裕が重なって、誰かが下ネタでかかってくると見事に話を膨らませてしまうのだ。……っていうか実は結構その手の話が好きなんじゃないかという疑いすらある。


「あの二人組み合わせると最悪なんだよ……! ヴァンに関する下ネタで盛り上がったりするんだから!」

「え、エゲツな……っ!」


 流石に一夫多妻という状況に対して開き直りすぎではあるまいか。ジルーナとしてはあまり聞きたくないし、噂される夫も不憫だ。ジルーナが咎めると決まって「大人だから平気なの♡」と鼻で笑われてしまうが、大人ってそういうことじゃないと思う。


「ヒューみたいな純粋な子には絶対聞かせらんないよ。ちょっと移動しよ? 次はUカップにしてあげるからさ」


 ジルーナはパンパンと手を打って仕切り直しを促す。


 だが────。


「純粋……っ?」


 何か引っかかったようで、ヒューネットは泣き出しそうな目をしていた。

 ────どういうことだろう。子ども扱いしてしまったのがマズかったのだろうか。彼女はこのスナキア家の最年少とはいえ、考えてみれば一応もうすぐハタチを迎えるレディーである。……いや、やっぱ若いな。何ならこの子、まだ乳が育つ余地すらあるのではないか。


「……ジルっ。急なんだけど、ちょっと相談していい……っ?」


 ヒューネットは思い詰めたような表情で問いかけた。


「え……? うん。どうしたの?」

「あ、あのねっ、こんなこと他の人に話しちゃいけないことかもしれないのっ……。でももうどうしていいか分かんなくて……っ。……いーい?」

「う、うん。何でも話して!」


 ジルーナは何度も頷いた。この空気、ただごとではなさそうだ。猫耳をしっかり彼女に向けて傾聴の姿勢を取る。


「さ……最近気づいたんだけどねっ……。ヒューって、いじめられるのが好きみたいなの……っ!」

「…………⁉︎」


 え? 何? ……まさかヴァンに関する下ネタですか? だからこのタイミングで思い出したんですか?


「ヒューは純粋なんかじゃないのっ! ヒューこれじゃ変態だよ……っ! ど、どうしたらいいの……っ?」

「う、う〜ん……」


 どうしたらいいのと問われても、正直「好きにしたら?」以外の感想が出てこない。そんなに思い悩むようなことではない気がする。きっと初めて自分の中に性癖と呼べるものを見つけて戸惑っているだけだ。


 ジルーナが口籠もっていると、ヒューネットは続々追加情報を吐露する。


「最初はねっ、ちょっと意地悪なこと言われるくらいでドキドキしてたのっ」


 まあ、それくらいなら「普通」のラインを超えていないのでは?


「でもヒューねっ、何だか段々エスカレートしてきちゃってねっ……。い、痛いくらいにしてほしくなってきちゃって……っ!」


 うーん、普通……でいいかな。まだ何とか。そういう気分になることがある人も多いんじゃないでしょうか。知りませんが。


「でもヴァン優しいからさっ、全然物足りないって思っちゃうの……っ! ヒューはもっと……モノみたいに扱われたいのにっ……!」

「⁉︎」


 あ、越えたかも。


「ねぇっ! やっぱりヒューは変態になっちゃったのかな……っ⁉︎」

「え、えぇっと……」


 子ども扱いするなんて丸っきり見当違いだった。この子、中々の上級者である。流石に変態という強い言葉で表現するほどではないとは思ったが、真顔で「変態じゃないよ!」と言い切る自信もなく、


「ヴァ、ヴァンに比べたら可愛いもんじゃないかな……?」


 夫を引き合いに出して第三のルートへの逃走を図る。


「……でもヴァンってお耳と尻尾がすっごく好きってだけで実は意外と普通ってことないっ? お、お外でしようとか言わないじゃんっ」

「そんなこと言い出したらはっ倒すよ!」


 確かにビースティア好きというのは結構ポピュラーなフェチではある。彼の場合その影響が大きすぎる故に変態というイメージが強調されているだけなのかもしれない。


 ────まんまとこちらも夫に関する下ネタを話していることに気がついてジルーナは息を呑む。もうよろしくない。ヒューネットには悪いがサラッとフォローして話を打ち切ってしまおう。


「そんなに心配しなくてもさ。……みんな何かしらあるよ」


 ジルーナは目を逸らしながらボソッと呟いた。


「……ジルはっ?」

「…………………………内緒」


 そういうのは旦那だけ分かってくれていたらいいの。

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