2.水着を見るため

 ***


「みんな揃ったね」


 朝食から二時間後。各自準備や自分の部屋の家事を済ませてダイニングに集合。ヴァンが「どっかに掴まってくれ」と告げると、妻八人は腕やら肩やら足やらに触れた。そして彼女たちを連れてヴァンははるか遠方の孤島へとテレポートする。


 即座に感じる心地の良い熱気。突き刺さるような豪快な日差し。ほとんど白に近い砂浜とエメラルドグリーンの海。緩やかに吹く潮風が生温い。波は低く絶好の海水浴日和といったところだ。そして背後に広がるのは雄大な山。揺れる葉が鳴らす音が爽やかで、晴天に包まれながらも一度木陰に入れば涼しいピクニック日和でもある。


「「「わー!」」」」


 妻たちは一斉に歓喜の声を上げる。


「い、いざ来てみると途端に楽しくなってきたわぁ……」

「ハハ、本当だね。ヒュー、ナイスアイディアだったね」

「へへんっ! お安い御用さっ!」


 ヒューネットは得意げに胸を叩いた。彼女の思いつきはいつだって唐突だが、乗っかれば大抵良い結果になるのは皆経験済みだ。今日もきっとそうなる予感がしてきた。


「皆遊ぶ前にちょっといいか!」


 ふと、ここまで妻を引率してきたヴァンとは別のヴァンが現れる。水着完全装備済みのヴァン[ライフセイバー]である。


「海は楽しいけど危険だからな! 事前に注意事項を話しておく!」


 ヴァン[ライフセイバー]の表情は真剣そのもの。だが妻たちはあまりの気合の入れっぷりに若干戸惑っていた。よく見ればプールサイドやビーチでよく見る監視員が座るようの背の高い椅子が設置されていた。あれがこのヴァンの定位置ということだろう。


「ここの海は遠浅だし危険な生物もいない。だが油断するな。一応足がつかなくなるくらいのところにバリアを張らせてもらった。そこから先に行ってみたい時は必ず俺に一声かけること。あと物が沖に流されてもそのバリアが止めるから無理に追いかけないように」

「ヴァン先生みたいっ……!」

「しかも面倒臭い方の奴です……!」


 過保護すぎると目線で抗議する妻たちをよそに、ヴァン[ライフセーバー]は説明を続ける。


「ビーチでゴロゴロしたい人はあそこのラウンジベッドとパラソルを使ってくれ。ちなみにテーブルに置いてある鈴を鳴らすと俺が飲み物の注文を取りに来るシステムになってる」

「ヴァン君……、あのねぇ、ヴァン君も遊びに来たんだよ……?」

「どうして自分から奴隷みたいになるのよぉ……?」


 無論、普段ヴァンを支えてくれている妻たちに充実したホリデーを楽しんでいただくためである。


「山に行きたい人はあのハイキングコースを利用してくれ! 豪勢な滝とか立派な樹とか、この島の見所を巡りながら山頂に続く道になってる! 適度な疲労感を得られるちょうどいい長さだ!」

「ここ無人島でしたよねヴァン様? なぜそんなコースが……?」

「さっき作った!」

「ヴァン張り切り過ぎっ……!」


 朝食後の二時間で数千人の分身で土木工事をさせていただいた。妻に道のない山道を歩ませるわけにはいかないので、観光地化しておいたのである。明日からリゾート地として一般客を入れられるほどだ。


「で、あっちにはバリアで建てた休憩所がある。一階には全員座れるテーブルと椅子を用意した。あとシャワーとトイレもやってみたら案外作れた。二階はソファーとか持ち込んで最高に快適にしてあるからキティアはそこへ」

「苦しゅうないです☆」

「希望者がいれば何軒でも建てるぞ!」

「いいって……。ヴァンも楽しんでよね?」


 心配は要らない。ヴァン[ライフセイバー]は見守るという名目で妻の水着姿をジロジロ堂々と観察する役目を負っているからだ。ちなみにUVカットと安全対策の名目でこの島を覆ったバリアにはほんの少しだけ内部に熱がこもるような加工を施してある。暑くなれば妻たちは水着を隠すように羽織っている上着を必ず脱ぐことになるだろう。水分補給係を申し出たのは罪悪感からでしかない。さらに、


「ユウノは俺と島の反対側に行こうか」

「お、おう……」


 妻とのデートもセットだ。楽しくないはずがない。


 ────さて、説明は完了。各自自由行動となる。


「じゃ、シュリは山の方行ってくるです」

「あ、わたくしもご一緒してよろしいですか?」

「フフ、ついてくるです」


 シュリルワとエルリアはハイキングコースへ。残念ながらこの二人はおそらく水着を持ってきてすらいない。これはこれで夜に向けた焦らしプレイとして楽しもう。


「フーちゃん、行きましょう?♡」

「うん。……あ、そうだ、あのねぇ、わたしサンドイッチ作ってきたら、みんなお腹空いたら来てねぇ」


 ミオとフラムはベンチでゴロゴロする体制。二人ともまだ上半身は前びらきのパーカーを羽織り、下半身にはショートパンツを履いている。さりげなくビーチに熱風を吹かせていく所存だ。


「ヴァンさん、休憩所にも鈴置いてあります?」

「もちろんだ。先に聞こうか」

「じゃ、アイスコーヒー飲みたいです!」


 キティアは休憩所で優雅に過ごす。冷房を御所望されてしまったので正直ここに関しては攻めあぐねている。しかしキティアが水着くらい好きに見たらいいという姿勢でいてくれているので大きな問題はないだろう。


「ジルっ! まずは全力で泳ぐよっ! あの岩からあの岩まで競争だよっ!」

「えぇ⁉︎ い、いいけどさ」


 ジルーナとヒューネットは羽織っていたウィンドブレーカーを脱ぎ捨てて海へと走っていった。ありがとう。ありがとう。ジルーナは上がハイネック、下がスカート型になっているセパレートタイプ。ヒューネットはガーリーなフリルが散りばめられたワンピースタイプだ。


「ユウノ、こっちだ」

「お、おお……」


 そしてヴァンとユウノはどこで何をするのやらである。ここは孤島。あえて悪い言い方をするなら、無法地帯だ。


 図らずもヒューネットの提案によって本日ヴァンは天国に来ることになった。そのせめてものお礼に、妻八人には最高の環境を用意したい。心ゆくまで楽しんでくれ────!

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