第13話「南の島を楽しんで」
1.ベストアイディア
(前回まで過去編をお送りしました。今回は時系列を戻します)
***
「……あっ! みんなで海に行かないっ⁉︎」
朝食の場で、第六夫人・ヒューネットは突如声を張り上げた。
「今日っ!」
キョトンとしていた夫と他七人の妻に追い討ちをかける。それぞれ二、三人ずつに分かれて別の会話をしていたというのに、こうなると全員参加の会議をせざるを得ない。
「急すぎない?」
おそらく全員が思っていたことを第五夫人・キティアが告げる。しかしヒューネットは止まらない。
「この前みんなでミカデルハに行ったの楽しかったじゃんっ! あの時は人助けだったけどさっ、今度はただ遊びに行こうよっ!」
我ながらナイスアイディアと、ヒューネットのボルテージは喋りながら上昇を続ける。確かに災害救助のために全員一斉に異国に行って同じ体験を得たのは良い思い出だった。ただのレジャーというならもっと愉快な一日になりそうではある。しかし、
「……急すぎない?」
キティアは解消されなかった疑問を再度ぶつける。
「みんな暇でしょっ⁉︎ どうしても今日やらなきゃいけないことあるっ⁉︎」
この一言に妻たちは「まあそうだけど……」と納得しつつも、素直に認めるのも癪だったのか誰も何も発さなかった。唯一饒舌になったのは夫のヴァンである。
「常夏の地域に無人島を持ってる。俺のテレポートがあれば行き帰りは一瞬だな。バリアで島を覆って紫外線だけカットするから日焼け対策は万全だし、ベンチとかパラソルなんかも何から何まで用意しよう。シャワーを浴びたい時は一旦家に連れてくし、食べ物・飲み物も随時調達する」
妻が水着になる。しかも八人一斉にである。普段から毎日裸まで見ているとはいえ、……いや、見ているからこそか、滅多に見られない水着の方がエロい気がする。ヴァンはもう、ヒューネットの発案を絶対に実現させるつもりだった。本当に彼女のアイディアガールっぷりには感謝感謝である。
「ヴァンさん、魂胆見え見えよぉ?♡」
「いい加減馬鹿なの辞めたらどうですか?」
ミオとキティアから苦言を呈されるも、ヴァンは聞こえないふりを決め込んでヒューネットにガッツポーズを見せていた。彼女も賛同者を見つけたことが嬉しいらしく、同じポーズを返してくれた。
「……まあ、いいんじゃない?」
キャプテン・ジルーナが口を開く。
「全員で遊びに行くってあんまないもんね。……あ、ヴァン抜きでならちらほらあるけどさ」
「混ぜてくれたまには……!」
妻たちが八人揃ってぞろぞろとランチに行っている話はたまに聞かされている。本当はついていきたいところだが、国内のお出かけだとヴァンは同席できないのだ。だが海外の、しかも人目に付かないプライベートビーチなら全くもって問題なし。
「楽しそうではあるけどぉ、お姉さん海とかプールとか苦手なのよねぇ……」
「わたしもねぇ、泳げないからちょっとぉ……」
ミオとフラムが目を見合わせていた。猫の血を引いているらしいビースティアは水に濡れるのを嫌う人が多いとされている。さらに、
「シュリは海辺で育ったから海は飽きちゃったです。山にしないです?」
シュリルワも続く。みんなで遊びに行くにしても行き先は再考すべきではないかという空気になり、ヒューネットは慌て気味に危険人物に会話を振る。
「え、エルっ! みんな揃ってほとんど裸だよっ! どう思う⁉︎」
「ヒュー⁉︎ 変態を刺激すんなです!」
孤島で裸同然となった八人と夫。被ハーレムフェチの第七夫人・エルリアにとっては絶景だろう。
────しかし、
「フフ、素敵ですわねぇ」
思いのほか食いつかれず、ヒューネットは狼狽していた。他の妻たちも驚いたようだったが、あまり突っつくと今度こそ爆発するかもしれないと深く触れないのだった。
ヴァンは彼女の落ち着きの理由を知っていた。だがそれは、皆の前ではなるべく言ってほしくないことだった。彼女が口に出す前にと、話を別の方向に逸らす。
「まあ、あの島ビーチのすぐ裏が山だからどっちも楽しめるぞ。全員で行くだけ行って遊び方はそれぞれって感じでいいんじゃないか?」
「そうねぇ♡ フーちゃんは私と浜辺でゴロゴロしてましょう?」
「そうしよっか。あのねぇ、ヴァン君、本当にパラソル用意してもらえる?」
ヴァンは首肯する。寝っ転がれるベンチ二つとパラソル一つ、そしてテーブルと名前は分からないけどあのトロピカルなジュースも用意しよう。
「な、なんかイメージと違うよ……っ。みんなで水をかけあってキャッキャウフフの予定だったのにっ」
「ヒュー、
「ジルっ! ありがとっ! ジルはいつまでも若々しくて素敵だよっ!」
ジルーナはミオとフラムが放つ恨み節の視線をケロッと受け流して微笑んでいた。単にジルーナは元々の性格がアクティブなだけだとヴァンは思う。年齢は皆揃って若い。
「ティアはどうするっ?」
「え〜? あたしは暑いのも濡れるのも嫌だから海は興味なくて〜、虫嫌だから山も興味なくて〜、でもあたしだけ置いていかれるのは絶対嫌だから〜、ヴァンさんに快適な小屋でも作ってもらって、冷房も効かせてもらって、随時コーヒーか何か持ってきてもらって、窓から景色とかみんなの楽しそうな姿とかを楽しみつつ読書でもしてたいかな」
「い、いっそ清々しいよっ……!」
遠慮一切なしのわがまま発言にヒューネットは目を丸くする。しかし、
「ヴァンさん、一応水着は着てあげますけど?」
「全部叶える」
「ありがとで〜す☆」
ヴァンは全力で彼女のご期待に沿うと誓った。先日のミカデルハの一件でバリアを利用して避難所を建てた経験が生きそうだ。魔法できっちり空調を効かせた快適なプライベートルームを浜辺にご用意しよう。
「ユウノはどうするっ?」
ヒューネットは期待を込めて問いかける。あのワイルドで豪快な後輩ちゃんは海で全力で遊ぶわんぱくさを持ち合わせているはず。
「あー……どうすっかな」
ユウノはあまり乗り気がなさそうで、少し照れくさそうに後頭部を撫でていた。
「遊び方はそれぞれってんならアタシ……、ヴァ、ヴァンと二人で遊んでていいか……?」
「え……っ? う、うんっ! もちろんだよっ!」
「ユウノ……!」
突如の御指名にヴァンは硬直した。皆とお出かけできる上にユウノとはデートである。今日死ぬのではあるまいか。
「な、なんかごめんなアタシだけ」
「フフ♡ 素敵じゃない♡」
顔を真っ赤にして縮こまるユウノを、他の妻たちは微笑ましそうに見守っていた。
「逆に一人しかいないの笑いますね」
キティアがボソッと呟くと、ダイニングが一斉に笑いに包まれた。今日も妻たちは仲良しだ。ヴァンが疎外感を感じるほどに────。
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