6.結束

「────はい。お願いします」


 ジルーナが内線でルームサービスの注文を済ませる。高級ホテルで優雅にランチとは、実に豪勢な体験だ。


「あ、早めにヴァンさんに連絡しておきましょうか。犯人が先に電話なりなんなりしちゃうかもしれないですしぃ。多分ヴァンさんすぐ私たちのこと見つけちゃいますよねぇ? すんごい力技で無理矢理ぃ……」

「多分……。く、国中の建物全部を探すくらいはしちゃいそうですね」

「お、恐ろしい人ですねぇ……」


 犯人たちへの反撃を食事だけで済ませる気はない。まだまだおちょくって遊びたいというのがジルーナとミオの共通認識である。助けに来てもらうのは飽きてからでいい。


「あ、ヴァンさん?♡」


 ミオは魔法で交信すると同時に送っている言葉を口に出す。ジルーナにも聞いてもらうためだ。ヴァンの方の声は彼女には聞こえないが、随時補足していこう。というか、彼女なら言わなくても彼の応答が何となく分かるかもしれない。


「急に魔法でごめんねぇ。あのねぇ、ちょっとしたお知らせがあるんだけどぉ、落ち着いて聞いてくれるぅ? びっくりするだろうけど、私の指示があるまで動かないって約束して?♡」


 多分「そんなのすぐやめてくれ、助けに行くから」と懇願されるのを予想して釘を刺しておく。


「えっと、とりあえず起きたことを時系列順に、私が気づいたことも混じえて報告するわねぇ♡ さっきジルーナさんとランチに行こうとしたらねぇ、なんか攫われちゃったのよぉ」


 あーもう、返事がうるさい。


「ぶ、無事だから大丈夫よぉ。落ち着いて聞いて? ダミーマンションを出てすぐのところでいきなりテレポートで誘拐されたの。……そう、ジルーナさんも一緒に」


 ジルーナと二人で外出したのは今日が初めてだ。多分犯人グループは二人まとめて攫えるタイミングをずっと窺っていたのだろう。気づけば二人はトラックのコンテナの中。そしてこのホテルに連れて来られて緩やかな軟禁に至った。


「私たちが見たのは三人でぇ、あとは運転手もいたはずねぇ。ホテルで準備してた人もいるだろうから、最低でも五人以上かしらぁ。それでドアの前に一人見張りがいるんだけどぉ、わざわざ連絡に無線機使ってたから多分ファクターじゃないわぁ。だから銃くらいは持ってるかも」


 見たわけではないので憶測だ。だがジルーナの暴走を防ぐためにあえて言葉にした。予想通りジルーナはギョッとしていた。怖がらせてしまうのは申し訳ない。でももう椅子を投げつけないでほしいのだ。危ないから。


「……あ、そうなの。私が魔法使えるって知らないみたい。だからもう、どうしたってこの誘拐は失敗ね♡ ちっちゃい銃くらいなら私バリアで防げるけどぉ、私が見張りに奇襲を仕掛けるって言うのはヴァンさん反対よねぇ?」


 わざわざ尋ねるまでもない。これは単に、無茶な要求を一つ置いてから本命のお願いをする交渉術だ。


「それでヴァンさんにお願いなんだけどぉ、助けに来るのはちょっと待ってくれない?♡」


 ミオは犯人に無理矢理接待させる作戦を伝える。だから気が済むまで待機していて欲しいと。当然夫は反対してきたので、ミオは口に出さず魔法だけで情報を伝える。


(だ、だってジルーナさんが大暴れするんだもん! 何か仕返しさせてあげなきゃ収まらないわよぉ!)

(じ、ジルが……?)

(すごいのよ……! さっきドアに椅子投げつけようとしたのよぉ……⁉︎)

(あー、目に浮かぶようだ……! 悪いな心配かけて……!)


 どうやら過去に何度も彼女の無鉄砲さに頭を抱えた経験があるようだ。確かに彼女の納得する道を用意してあげなければ止まらないかもしれないと告げられた。


 ジルーナ視点からするとしばらく無言が続いたので、不思議そうにこちらを見ていた。ミオは慌てて声を発する。


「……うん、ありがと♡ 必ず二人セットで行動するしぃ、危ないと思ったらすぐに呼ぶからぁ。それで場所なんだけどぉ……」


 ミオは部屋に置いてあった館内案内からホテルの名前を見つけ出してヴァンに伝える。内線の近くに部屋番号も書いてあった。そして窓際に移動して外の景色を確認。


「えーっと、国防庁のビルと区庁のビルが見える。位置関係的に……アラム駅の西側ね。となると窓の向きは南東と南西に一面ずつ。……あ、あのビルと同じ高さってことは大体三十階くらいだと思う。これでお部屋の場所絞れるかしら?」


 ヴァンから肯定の返事をもらう。情報提供はありがたいし、そもそもホテルの見取り図を入手するとのことだ。


「部屋から移動したら都度都度居場所を連絡するわねぇ」


 多分あの人、全部の部屋の位置を暗記するだろうなぁとミオは思う。


「それでねぇ、見張りの人が持ってた無線機って私も前仕事で使ったことがあるやつだったんだけどぉ、せいぜい二、三百メートルくらいしか電波が届かないはずよぉ。現場のリーダー的な人もこのホテルのどこかにいるんじゃないかしらぁ。いざ突入する時は取りこぼしがないようにね♡ ……うん、わがまま言ってごめんねぇ」


 話がまとまり、ミオは交信を終える。早速ジルーナに報告だ。


「OKですって♡」

「はえ〜、ミオさんかっこいいなぁ……。そんなに色んなこと考えてたんですね」

「フフ、危ないお仕事してたもので♡」


 彼女が憧れの目を向けてきたので思わずドヤ顔してしまった。


「……本当にミオさんがスナキア家に来てくれて良かったなぁって改めて思いました。こんなに心強い味方がいるなんて」

「!」

「あ、あの私大暴れしたのでそうは見えなかったかもしれないんですけど、結構怖かったんですよ。でも今は全然怖くないです!」

「ジルーナさん……」


 嬉しくて、思わず崩れ落ちそうで、ミオはさっき彼女が投げようとした椅子に腰掛けた。ちょうどここに運んで来てくれて助かった。────彼女は自分を味方だと思ってくれている。


「私も、対処方法が染み付いてるってだけで本当は怖いですよ。だって誘拐されてるんですもん。フフ、でも、一人じゃないから平気です」


 彼女とは、単に誘拐されたという恐怖を共有しているだけじゃない。自分たちが何のためにどんな戦いをしていて、どんな目に遭っていて、どんな思いを抱えているのか、世界でこの二人しか知らない。


 だけど、二人はいる。その有り難みを、今ほど痛感したことはない。


「……次は何します?」


 ジルーナは悪どい笑みを浮かべた。釣られてミオも笑う。


「……ここ温水プールがあるみたいですよぉ♡ 水着もレンタルできるそうです……!」

「いっぱい食べた後はカロリー消費といきますか……!」


 強烈な仲間意識が生まれた。そして相手もそう感じていることも分かる。どうしてもニヤニヤが止まらない。それも同じみたいで、彼女のニヤニヤも止まらない。その表情が愛しくて仕方なかった。

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