5.二人の悪巧み
***
「……えー?」
二人が監禁されたのは、意外にも高級ホテルの一室だった。広さや豪華な内装を見る限り、スイートルームだと思う。携帯やカバンは回収されてしまったが、手足を縛られることもなく、目隠しをされているわけでもない。軟禁というやつだ。それもとびっきりの「軟」である。
「大人しくしてろよ」
ドア越しにくぐもった声が聞こえた。外から鍵をかける構造すらないため、ドアの向こうで見張っているぞとアピールしているのだろう。随分と緩い誘拐だ。
「ひょっとして……えぇ……?」
これはもしや、「危害は加えていない」ということなのだろうか。夫を恐れるあまり二人を手荒に扱えず、できるだけ快適な環境を用意したという言い訳をこさえるしかなかったのだ。攫った時点でアウトだろというツッコミにはどう対応するつもりなのだろう。思わせぶりだったくせにお粗末過ぎないか。
「あっ! じ、ジルーナさん、大丈夫ですか?」
誘拐犯についてアレコレ考える前にまず彼女のケアが重要だ。突然こんなことになって怯えているに決まっている。
「……」
ジルーナは無言で部屋の奥へと進んでいき、椅子を一つ持って戻ってきた。
「ジルーナさん……?」
何事かと思って見ていると、彼女は入り口のドアに相対し、椅子を肩に担ぎ上げる。
「気に入らない……っ!」
「……⁉︎」
彼女は微塵も怯えていなかった。眉間にギッと皺を寄せ、ドアの向こうの誘拐犯を睨みつけている。そして彼女は、あろうことか椅子をドアに投げつけようとしていた。
「えっ⁉︎ ま、待って⁉︎」
ミオは大慌てで彼女とドアの間に入る。
「どいてください! 大人しくなんてしてやるもんですか!」
「えぇ⁉︎ ほ、本当に待ってぇ! 落ち着いてください!」
「これが落ち着いていられますか! 全員引っ掻いてやります!」
「ね、ねぇ! お願いだから暴れないでぇ!」
やむを得ずミオは無理矢理彼女の手から椅子を奪い取る。しかしそれでも彼女は止まらないので、後ろからはがいじめにするしか無かった。体格的に腕力ではミオが上回る。ジルーナは力で対抗することはすぐに諦めてくれたが、その代わり口が止まらない。
「何をされようが私もヴァンも屈しないから! ただ結婚しただけじゃんか! なんでアンタらに文句言われなきゃなんないの!」
「し、刺激しないでぇ……!」
おそらくあちらは武器を持っている。ジルーナが引っ掻いたところでどうにもならない。多分、ジルーナ自身それは分かっているだろう。それでも彼女は抵抗を辞めない。
「ミオさん離して! 私気持ちじゃ負けないから!」
「き、気持ちじゃ武装した誘拐犯には勝てないですよぉ……っ!」
強い。とにかく強い。前言撤回だ。彼女ほど破天荒じゃなければヴァン・スナキアとの結婚なんてやり通せない。思えばミオがスパイだと分かった上で単身会いにきたような人なのだ。ヴァンを困らせてばかりという言葉も今なら頷ける。
────っていうか、犯人はミオのことしか調べがついていないようだしまだ「彼女はただの友達」でも押し通せたのに。これじゃ自白したようなものだ。放っておくと名前まで言っちゃいそうだ。どうにか彼女を宥めなければ。窮地に追いやられたミオの脳が高速回転する。
「……! ジ、ジルーナさん! 良い作戦があるので聞いてもらえませんか⁉︎」
「な、何ですか?」
どうやら興味を惹けたようで、彼女は暴れるのを一旦中断して猫耳をこちらに向けた。
「私たちが戦うよりももっと誘拐犯を困らせられる方法があります。お、落ち着いて、冷静に、聞いてくださいね?」
「はい! 知りたいです!」
奴らを困らせるというフレーズがお気に召したのか、かなり前のめりである。ミオはドアの向こうの誘拐犯に会話を聞かれないように、彼女をそっと部屋の中まで誘導した。そして囁くように、
「まずですねぇ、私すぐにでもヴァンさんを呼べます」
「え?」
「ファクターの魔法がありますからぁ♡」
彼が分身同士で連絡を取り合っているように、ミオも魔法で彼と交信できる。ミオの魔力はとても弱いため本来近くにいる相手にしか届かないのだが、彼の方の受け止める能力が高いためどうにかしてくれる。
「じゃあ……、ヴァンを呼んで助けてもらうって感じですか? 私できれば自分で引っ掻いてやりたいんですけど」
「そ、それは置いとくとしてぇ!♡」
ダメだ、交戦的過ぎる。正直彼を呼んで収束させるのが第一候補だった。だがあまり納得はしてもらえなさそうだ。彼女を沈めるためには彼女自身に何か「やり返してやったぞ」という実感をプレゼントしなければ。
「どうせ後でヴァンさんが捕まえてくれるっていうのが大前提でぇ、その前に私たちの方でも犯人をおちょくって遊びましょう」
「な、何をすればいいですか?」
ジルーナはグッと身を前に押し出した。食いつきが良過ぎる。
「犯人たちが困りそうなことに心当たりがあります」
ミオは第二候補の説明に入る。
「あの人たち、私のことは知ってたけどジルーナさんのことは知らなかったみたいなんです。……あー」
言いながら戸惑った。犯人たちは政府を通じてミオの情報を得たはず。しかし政府にバレていることはヴァンやジルーナには内緒だ。どう説明しようか。
「……えっと、きっと結婚前のストーカー騒ぎで私がヴァンさんと度々一緒にいたところを見られたんでしょうねぇ。それ以来妻なのかもって疑って監視してたらまんまとスナキア邸近くに現れてぇ、しかも横にもう一人ビースティアの子がいたからまとめて妻だって決めつけたって感じかしらぁ」
「全然根拠なしですねそれじゃ」
「そ、そうなんですよぉ。だから私のことろくに知らないっぽいでしょう? だって私の魔法を全然警戒してないですしぃ」
ファクターを誘拐するにしては雑だ。もしミオにもっと魔力があればジルーナを連れて別の階の部屋に逃げることだってできただろう。ファクターを拘束するならまず意識を奪うのが正着。
つまり、彼らはミオがビースティアとファクターのハーフだと知らない。政府の指令で動いているならそんな大事な情報伝えられてないはずがなく、犯人は政府から断片的な情報を盗んだだけのその辺の素人だと判断できる。そもそも政府がミオに手を出す動機がない。政府にとってミオは見事スナキア家に送り込むことに成功したスパイだからだ。
「そんなことも調べられないってことはど素人だと思うんですよ。となると、資金力に乏しいのではという推測も成り立ちます」
「資金力……?」
「フフ、この手の犯罪って結構お金がかかるんですよ。廊下で堂々と見張ってるってことはこのフロア丸ごと借りてるんでしょうしぃ、さっきのトラックもそうですしぃ、あとは口止めとか色々と……。だからお金を使わせるように仕向けるとすっごく嫌がると思うんです」
ジルーナが小首を傾げる。「でもどうやって?」と思っているようなので、
「フフ、じゃあ実際にやってみるのが早そうですね♡」
ミオはお手本を見せるべく、彼女の手を引いて入り口のドア付近へ舞い戻る。ドアスコープを覗き込むと誘拐犯君が無線機で応援を呼ぼうとしていた。
「ねぇ、お兄さん♡」
ミオはドア越しに彼に気さくに話しかけた。
「何だ?」
「お腹空いちゃったからルームサービス頼んでもいいかしらぁ?」
「ば、バカを言うな。大人しくしてろと言っている」
「え〜? でもぉ、皆さんってなるべくヴァンさんを怒らせたくないんですよねぇ? わざわざこんな素敵なお部屋を用意してくれたわけですしぃ」
「……!」
この反応。読み通りだ。であれば傘に着よう。
「私たちには優しくしておいた方がいいんですよねぇ? 実は私たちちょうどお昼を食べに行こうとしてたのですごくお腹空いててぇ……。このままじゃ後でヴァンさんに『ご飯も食べさせてくれなかったの』って泣きついちゃうかもぉ……♡」
「クッ……!」
よし、もう一押しだ。
「ヴァンさんに要求があるって言ってましたよねぇ? それって私たちを無事に帰すことが必須条件ですよねぇ? ってことは私たちは後々必ずヴァンさんとお喋りする機会があるわけです。だから皆さんは私たちの心証を良くしておいた方がいいんじゃないかなぁって♡」
「ああもう分かった! 好きにしろ!」
「ありがとうございま〜す♡」
作戦成功。ミオはしてやったりとほくそ笑みながら振り返る。
「すご〜い……!」
ジルーナは目を輝かせながら拍手をしていた。
「さ、選びましょ? 好きなものを好きなだけ♡」
「ハハハ、そうですね! そっか〜、こういうことか〜!」
ジルーナは作戦の趣旨を把握し、小走りでメニューを探しに行く。化粧台の引き出しの中に目当てのブツを発見し、ミオを呼んでくれた。尻尾を大きくゆったり揺らしているところを見る限り、相当喜んでいただけたようだ。
ミオも少し、いやかなりテンションが上がってきた。家事ではあまり役に立てないけど、このシチュエーションなら彼女の力になれそうじゃないか!
「あ、……結局ミオさんにご馳走になりましたね」
「フフ、払うのは私じゃないですけどねぇ♡」
二人でくすくすと笑い合う。とても誘拐の被害者たちには見えないだろう。その姿はまるで、悪戯好きの姉妹のようだった。
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