7.やりたい放題
***
ホテルの最上階にあった屋内温水プール。天井はガラス張りになっていて、冬の頼りない日差しとはいえ光が差し込んでいる。ミオはプールサイドに備えられた白いラウンジベッドに寝そべってジルーナを待っていた。
「あ♡ フフ、キマってますね」
彼女は水着姿に、サングラスまでかけてやって来た。
「これも借りれました……!」
彼女は左手を腰に当て、右手でサングラスのつるを持ち上げる。大して眩しくもないのにと、二人でお腹を抱えて笑った。そして彼女は「もう要〜らない」とそのサングラスをテーブルの上に適当に放り投げた。じゃあ借りなきゃいいのにとまた笑う。
「……フフフ、見てくださいよジルーナさん。本当に貸し切ってくれたみたいですよぉ」
「ホントだ、誰もいないですね。ハハ、いくらかかったんだろ?」
プールに入りたいけど水着姿を誰かに見られたくないという最悪なワガママを通させてもらった。犯人様々である。
「あの見張りの人ちょっと涙目でしたよ? ハハ、ミオさんひど〜い」
「えー? フフフ、それで言ったらジルーナさんがプールに行きたいって交渉した時もひどかったじゃないですかぁ。『食べ過ぎちゃったから運動したい』って……。あっちのお金でいっぱい頼んだくせに♡」
なんかもう、やりたい放題だった。誘拐犯はぐぬぬと唸りながらも何でも叶えてくれる。このまま二、三泊したいくらいだ。
「飲み物でも頼んでみましょうかぁ?」
「あ、いいですね! あれ作ってもらいましょうよ! 名前分かんないけどフルーツかいっぱい乗っててカラフルでトロピカルなやつ!」
「私も分かんないですけど何とかしてもらいましょ♡ ……見張りのお兄さ〜ん♡」
見張り君はギョッとして警戒しながらこちらへやって来て、注文を聞いてさらに顔を顰めた。しかし反抗できず無線機で何やかんや言いながらトボトボと所定の位置に戻る。ちなみに所定の位置とはプール唯一の出入り口の外だ。水着姿見せたくないし。
「あ、今のうちにヴァンさんに居場所連絡しときますねぇ」
最上階のプールでのんびりしてるの♡ と陽気に告げておく。
「そういえば犯人からヴァンにコンタクトあったんですか?」
横でジルーナが尋ねるのでついでにヴァンに聞いてみる。二人とも正直そこはどうでもよくなっていたので一応だ。
「……ヴァン・ネットワークを使って呼び出されてぇ、『妻を返して欲しくば後継を作れ』みたいなこと言われたみたいです」
「もう、うるさいな」
ジルーナはちょっとだけ口を尖らせる。ヴァンが要求を飲むはずがないことは分かっているので、怒りは控えめで済んだらしい。
「ヴァンさんは私たちが遊ぶ時間を確保するために『検討するから少し待ってくれ』って答えたみたいです。あと『妻を最大限丁重に扱え』って脅かしてくれたんですって♡」
存分に遊べる時間を確保してくれたようだ。二人は揃ってニヤリとほくそ笑む。
「!」
必要事項の伝達を終え交信を止めようとした時、予想外の一言が届いてミオの眉根に皺が寄る。
「? どうかしました?」
「あ、いえ……。ヴァンさんが『二人の水着姿が見たい』ってぇ……」
「も、もう……バカなんだから……」
さっき連絡した時はあんなに心配していたというのに、随分余裕じゃないか。多分いつでも助けられる体制が整え終わって安心しているのだろう。
「どうしますぅ? サービスしちゃいます?♡」
ミオとしては別に構わなかった。いつも裸を見られているのだし今更水着くらいどうってことはない。
「えー……?」
しかしジルーナは乗り気じゃなかった。やけに浮かない顔をしているなと思ったら、彼女は意を決したように告白する。
「……あの、ミオさん見てて羨ましいなって思うことがあるって言ったじゃないですか」
「え? は、はい」
「私、その……胸があんまりないので……。ミオさんすっごく大きいから羨ましいです……。だから今ヴァンに見られるのはちょっと……」
ジルーナは膝を抱えて丸くなった。
────彼女の胸は決して小さくない。ミオの見立てでは少なくともDはある。……しかし、ミオの方がかなり大きいのは事実。
「な、なんと申して良いやらぁ……」
自分とは別に妻がいて、その妻の方が身体がエロいとなると震え上がるほど恐ろしいのは理解できる。だがこればっかりはミオが彼女にしてあげられることは何もない。
「スタイル良いし大人っぽいし綺麗だし……。ミオさんと並んだら私なんてちんちくりんですよ……」
「ジルーナさんだって可愛いし私にないものいっぱい持ってるじゃないですかぁ。私初めてお会いした後完敗だーって泣いたんですよぉ?」
「えー? どこがですか……」
お互い思うところはある。同じ男性に嫁いだ身。つい比較してしまう。だけど、
「……ジルーナさん、私は私みたいになればいいって言ってくれたじゃないですかぁ。それすっごく沁みました。スナキア家の家訓にしません?」
「……そうですね。自分は自分のまんまでいいってことで」
ジルーナは自身に言い聞かせるように呟いて、両拳をぎゅっと握った。
少しずつ、複数の妻がいるという状況への対処法を掴めている気がした。それぞれありのままの姿でいいと思っておくこと。互いの力を持ち寄って助け合うこと。そして何より、他の妻は味方だと信じること。
「……なんていうか、いい機会でしたね」
「本当に♡」
この誘拐事件は二人にとって忘れ難い思い出になりそうだ。
ジルーナはおもむろに立ち上がる。
「せっかくだし私ちょっと泳いできますね。ミオさんは?」
「あー、私水に濡れるの苦手でぇ……」
「ハハ、ビースティアっぽいですね」
「ねぇ♡ 本当はプールなんて大嫌いなんです♡」
あえて見張り君に聞こえそうな音量で言い放ち、二人でお腹を抱えた。そしてミオはプールでカロリー消費に勤しむジルーナを見守りながら、次は温泉とサウナにしようと呑気に計画する。
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