28.共に抵抗しよう

 ***


 ジルーナはヴァンから支援団体に関する説明を聞き終え、ただただ驚愕していた。


「と、とんでもないことするね、ウィンザーさん……!」


 ジルーナも大概過激なつもりでいたが、彼女のやってのけたことにはとても敵わない。夫と並んで国家反逆罪ものだ。どうやら夫もそう思っているようで、すぐさま彼女をフォローした。


「もし問題になったら俺が脅して無理矢理やらせたことにするよ。それっぽい証拠も捏造しておく」

「そ、それはそれで私は複雑だけど……。でもそうしてあげて」


 頼れる夫に守ってもらわなければ。国家の手先だなんて今思うと馬鹿馬鹿しい。ヴァンの味方であって欲しいと暗に伝えて来たが、ここまでやれとは言っていない。天晴れと言うほかなかった。


 おかげで────、


「私あの家に戻れるね!」

「ああ」

「自由にお出かけできるしお医者さんにも行けるんだね!」

「ああ、そうだな」

「もう嫌なニュース見なくて済むんだね!」

「ああ! 本当に良かった!」


 ずっと暗かった別荘の雰囲気が嘘みたいに明るくなった。生活の質がグッと上がると同時に、政府に対する大きな対抗策も得た。希望が生まれた。まだ戦える。ヴァンの妻として!


「ハァ〜……本当に助かったよぉ……。もういつヴァンに『別れよう』って言われるかずっとヒヤヒヤしてたもん……」

「い、言わないよ。俺が言われると思ってた」

「私だって言わないもん! ハハ、でも言われたら身を引かなきゃとは思ってたよ」

「俺もだ。いやぁ……本当に良かった……!」


 お互い破局を覚悟していた。それほど追い詰められていたのだ。好きで好きで仕方がないのに、一緒にいれば相手を苦しめてしまうからと。ミオのおかげで窮地を脱した。感謝してもしてもしきれない。


「……なんか私、急に元気になってきちゃった」


 鉛のようだった身体が嘘のように軽くなった。するりとベッドから立ち上がると、すぐさま夫から抱擁を受けた。こんなに安心したのは久しぶりで、ジルーナは思いっきり彼の胸に顔を埋めた。


「ヴァン……大好きだよ」

「俺の方が好きだ」

「ハハ、私に勝てると思ってるの?」


 彼は負けるものかと抱きしめる力を強めたので、こっちからもお返しにぎゅっとする。ついでに太ももに尻尾を巻きつけてあげたら彼は動揺したのか力が抜けた。相変わらず変態の、いつもの彼だ。


「……ヴァン、ごめんね」


 ふいにジルーナが告げると、ヴァンはジルーナの両方を掴んで少し引き離し、顔を覗く。


「な、何がだ?」

「なんかもう全部だよ。わがまま言ったり、泣いたり、何にも説明しなかったり、怒鳴ったり……」

「そんなのいいよ、もう」

「良くないよ。私ずっとうじうじしてた。心配かけてごめんね」


 彼に謝りたいことがたくさんあった。何より大きいのが────、


「ヴァン、あのね、正直に言うね。私口では他の人とも結婚してって言ってたくせに本当はすっごく嫌だったの。それで泣いてたの。でも私たちができるのってもうそれしかなかったから、どうしていいかわかんなくて……」

「うん……。そりゃそうだ」

「でももう大丈夫になった! 私ウィンザーさんなら大歓迎だよ!」

「……!」


 彼女が立てた計画から感じたのは、強い意志だ。


 彼女には、ヴァンの傍にいるという罪を共に請け負う道連れになる気など毛頭ない。それは罪なんかじゃない。誰に恥じることではない。もし罪と呼ぶ者がいるならば、共に抵抗しよう。そう叫んでいる声が聞こえたような気がした。なんて頼もしい。彼女も、ヴァンのためなら何でもする人だ。


「それで、ヴァンはどうするつもり? ウィンザーさん、嫁入り道具のつもりなんだと思うよ」


 ────それにしては大きすぎるけど。


「私に遠慮しないで、っていうか私のためにも、ウィンザーさんの気持ちに応えてあげてよ」


 彼はしばらく考え込んだのち、申し訳なさそうに、でも少しはにかんで告げた。


「今から結婚してほしいと言いに行く」

「……好きなの?」

「……ああ」

「……」


 その言葉を聞いたらきっとショックだと思っていた。今だって何とも思わないわけじゃない。でも、


「うん。なるようになって来なさい!」


 力強く、本音で、背中を押すことができた。彼女はヴァンにとって必要な人だ。そしてきっとジルーナにとっても。


「ありがとう、ジル。……君のことも必ず大事にする。今まで通りに、いや、今まで以上に」


 彼は強く約束し、分身を生み出してどこかに派遣した。

 残ったヴァンとジルーナは引き続き会話を続ける。……なんか不思議だ。今まさに夫が他の女性にプロポーズしようというのに、こちらもこちらで夫と二人きり。


「分身できる人で良かったよ。……これからはこんな生活になるんだね。慣れていかないと」

「まだOKもらえるか分からないぞ?」

「え? 何言ってんの。ヴァンのことが好きだからここまでしてくれたんじゃん」


 今更彼女の気持ちに疑いはないだろう。しかしヴァンは悩ましげに目を覆っていた。


「結婚するとなったら全部言わないといけないからな。俺には後継ができないってことも……」

「あー……」


 ヴァンの力の源であるルーダス・コアを継承できるのは愛する人との子どもだけ。そしてヴァンはビースティアしか愛せない。現状どうあがいてもスナキア家は子どもを授かれない。ビースティアとの奇跡を引き当てない限りは。


 これからも国からの圧力で苦しい状況になることはあるかもしれない。だが、苦しくなったから夫がファクターと結婚して後継を作ってもう安心、とはいかない。逃げ道はないのだと、彼女には事前に伝えなければならないだろう。それでも────、


「大丈夫でしょ。ウィンザーさんなら」


 挫けずに寄り添ってくれるだろう。


「……さて。えっと、こっちはこっちでヴァンとイチャイチャしてても良いのかな……? すっごくベタベタしたい気分なんだけど……」

「お、俺からは言いづらいが、……いいんじゃないか? お互い変に気遣うよりノータッチの方が……。俺もあっちの俺とは情報交換しないようにするよ」


 ちょっと悪い気がしないでもないが、お互い独立した別の夫婦と割り切っていた方が暮らしやすいだろう。一応こっちだって別れの危機を乗り越えた劇的な日だし、実は結婚記念日前夜でもある。……これが一夫多妻か。何だか実感が湧いてきた。


「じゃ、こっち来てヴァン。一ヶ月も我慢させちゃったから取り戻さないとね♡」


 ジルーナはヴァンの手を引いてベッドに引き摺り込もうとした。だが、それより早く彼がベッドに飛び込んだ。分かりやすい人だ。並んで寝そべりながら、ジルーナは囁くように告げる。


「あのね、ヴァン。私がウィンザーさんに会いに行って心配かけたとき、『埋め合わせする』って言ったでしょ?」

「滅茶苦茶覚えてる」

「それでね、ヴァンが喜ぶのって何か考えてたんだけど……」


 まあ、簡単だ。


「今後左の猫耳はヴァンのものってことにしてあげる」

「……?」

「ヴァンのものなので、いつでもどこでも好きにしていいです」


 てっきり大騒ぎするかと思っていたが、夫は瞳孔を開いたまま硬直していた。やがて絞り出すように、


「いずれ右も尻尾ももらう……!」


 ……怖いなぁウチの夫。好きだけどさ。

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