20.マッチアップ

「は⁉︎」


 思わず声が裏返る。


「は、話聞いてたか? な、何でジルが……っ! 一番わけ分かんないぞそれ⁉︎」


 相手は夫に交際を申し込んでフラれたばかりの女性であり、政府の刺客かもしれない。ジルーナは妻であり、政府にとっての敵。会ってはいけない理由が多すぎる。


「ええっと、大丈夫。流石に今回は無茶だって自覚してる」

「そ、そうだよな。じゃあ止めよう」

「でも私、ウィンザーさんにどうしても伝えたいことがあるの……」


 ジルーナは申し訳なさそうに縮こまり、猫耳を垂れさせた。可愛い。いやそんなこと言っている場合ではない。今回は絶対ノーだ。


「それならハーミットさんを通じて伝えてもらおう」

「うーん……、本人にしか言えない話なんだよ。ヴァンにも聞かせたくないし」

「い、いや、俺には話させておいてズルいぞ……」

「わがままだっていうのは分かってるけど……」


 ジルーナはスカートの裾をぎゅっと掴み、下唇を甘く噛んだ。いくらなんでも無茶なお願いをしてしまったと反省しているのだろう。────どう見てもそんな姿だったのに、


「私は夫が他の人と結婚するのも許してあげちゃう懐の広〜い奥さんだから、とんでもないわがまま言っても許されるはずなんだよ……」

「⁉︎」


 しおらしくしているのはただ要求を押し通すための演技プラン。その実、ヴァンを強烈に脅していた。


「は、初めての手口だなこれは……」

「いつも大声で言い張るだけじゃヴァンが退屈しちゃうかと思って……」


 相変わらず反省した風に申し訳なさそうに語る。だが言っていることはかなり凶悪だ。この妻、やはり強い。


「お、俺はまだ別の誰かと結婚したわけじゃないだろ?」

「うん。でもいずれ絶対するんだもん。私との結婚の条件、破っちゃったらどうなると思う……?」

「うっ!」


 私にフラれたくないでしょとばかりに、ジルーナはいよいよ堪えきれずにニヤリと口元を緩ませた。……ああ、そうだよ、ジルーナに捨てられたら死ぬ。その時はこの国も道連れだ。


「ちょ……っと待ってくれ……。安全確保できるか考えるから……!」


 ヴァンはまたしても彼女に敗北した。やむを得ずヴァンは作戦立案用の分身・ヴァン[作戦]を作って思考はそちらに任せる。ジルーナはパッパとスカートを払って皺を伸ばし、小芝居抜きに告げた。


「あ、あのね、喧嘩しようってわけじゃないの。それは安心して」

「本当か? ひ、引っかかないでくれよ?」

「そんなことしないもん! まああっちがそう来たらやり返すかもしれないけど……」

「不安だ……!」


 ジルーナが心配なのはもちろんだがミオも随分動揺させてしまうだろう。……まあそこはいいか。こっちは一ヶ月も存在しないストーカーを探させられていたのだ。多少のご負担をかけても許してほしい。


「俺は聞いちゃダメってことは、近くで護衛もできないんだよな?」

「ウィンザーさんの家の中で喋るから外で見守っててくれる? 魔法で会話を聞くのはなしで」

「うーん……、じゃあそうするか」


 仮に刺客だとしても、まさかこのタイミングで妻がやって来るとは思っていない。何らかの罠を仕掛けようと思っても間に合わないだろう。あの家周辺の警護はもう手慣れたものだし一部の隙も与えない。


「っていうかウィンザーさんが国の手先だとしても知りたいのは私が持ってる情報でしょ? 手荒なことはしないんじゃないかな」

「多分、だな。俺はジルが絶対に安全だっていう確証が欲しい」


 するりと分身のヴァン[作戦]が会話に割って入る。


「乱暴にはなるが事前にハーミットさんを脅そう。ジルーナを無事に帰さなかったらこの国を真っ平らにすると」

「えぇ⁉︎ ヴァン、それはやりすぎじゃない? まだ本当にスパイかどうかも分かんないんでしょ?」


 ジルーナは夫が目の前に二人いるという異常事態も見慣れ切っているため当たり前のようにヴァン[作戦]との会話に切り替える。二人のヴァンは目くばせをして言いたいことを確認し合い、代表してヴァン[作戦]が伝える。


「これ以上は譲らないぞ……! 絶対に会わせるからやり方は俺が決める!」

「わ、分かったよ。できれば後で謝らせてね。ヴァン経由で私から……」


 ヴァン同士が頷き合うと、ヴァン[作戦]は早速イリスに電話をかけた。


「あ、もしもし。ハーミットさん?」

『ヴァン様! た、大変なんです! ミオが────』

「あー、先にすみません。ちょっとバリアを張ってもらえます?」

『え?』

「いいから」


 丁寧にお願いする余裕もなく、思わず言い方がキツくなる。すぐさま初対面のとき覚えておいたイリスの魔法の気配を察知した。ヴァン[作戦]はイリスの背後にテレポートする。


「……⁉︎」


 イリスは咄嗟に臨戦態勢に入る。そしてヴァンだと気づいて驚愕していた。……やはり戦い慣れている。しかもよく見たらここはミオの自宅のすぐ近くだ。ここまで来られるなら買い出しくらい自分が行けばいいのに。分身魔法も使えそうなのでを抜けられないとも思えない。もはや疑いは確信に変わりつつあった。


「ハーミットさん。あなたは諜報部の方ですね?」

「え……っ⁉︎ な、何を突然⁉︎ 私は────」

「あ、いえ、答えなくてもいいです。色々とお願いがあるのでそれだけ聞いてください。もうあなたの魔法の気配は覚えたので逃げられませんよ」

「っ……!」


 完全に脅迫である。もしヴァンの勘違いであったらどう詫びればいいのか。


「諸事情あって僕はウィンザーさんのところに行けません。ただ、代わりに妻が行きたいと言っています」

「お、奥様が……⁉︎」

「知っての通り僕の妻はこの国の、いや世界のトップシークレットです。僕は人前に出したくないし、危険に晒したくもない。……もし三十分以内に妻が元気な姿で帰って来なければ誰も彼も死にます。いいですね?」

「…………っ!」


 イリスは答えない。あまりの驚きに絶句しているというわけでもなさそうだ。諜報部員であることを認められない以上、イエスもノーも言えないと言ったところだろう。


「ウィンザーさんに『妻が行く』と連絡を。もしすでに何らかの罠を張っているなら全て取り除いてください」


 彼女は素直にヴァンの指示に従った。彼女が携帯で『ヴァン様の代わりに奥様が来られます。絶対に丁重に。三十分以内にお帰ししてください』と打つのを目視し、送信させた。そして念のため携帯電話も取り上げる。


「妻が戻るまであなたのことを監視させていただきます。それで……あと……誤解だったらすみません」


 随分乱暴なことをしているなと冷静になり、頭を下げた。そして自宅に残っている方のヴァンに「脅迫終了」と交信する────。


 ────メッセージを受け取った自宅のヴァンはジルーナを見て頷いた。


「準備OKだ。三十分以内ってことにしたが足りるな?」

「充分! ありがとね。あ、あとごめんね……。何かで埋め合わせするから……」

「期待してるぞ……!」


 セッティングは整った。果たしてジルーナは、何を伝えたいというのか────。





—————作者からお知らせとお願い—————

今回思いの外長くなってしまったのでどんどん更新して行きます!

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