19.報告と結果

 ***


 ミオの警護を担当していたヴァン[ウィンザー]が合流したことで、自宅にいたヴァンはようやく全てを知った。


 ミオに告白された。今度は告白まがいの一言ではなく、本物の告白を。ストーカーなんて最初からおらず、ただヴァンに会いたいだけだったことも。


 そして、ミオに対する複雑な想いも。


「……どうしたものか」


 確かにこの記憶を持っていたらジルーナの前でどう振舞っていいやらだ。ちょっとでも様子がおかしければ「何かあったの?」が飛んでくるし、その際は嘘も通用しなさそうだ。


 ヴァンがミオの告白をまるで気にしていないのであれば心配はない。だがそうもいかない。


 ストーカーの件が嘘だったと聞かされても、不思議と怒りが湧かなかった。一ヶ月の努力が全て徒労だったにも関わらずである。ただただ彼女が無事で良かったと心の底から思ったし、何なら自分に会いたいがために嘘をついてしまった彼女が愛らしいとすら感じた。それはヴァンが彼女のことを悪しからず思っているからに他ならない。


 そしてヴァンはあの告白を聞いた時、正直言って心躍った。曖昧だった気持ちがあの瞬間に言葉になったと言っていい。────だが、同時に強烈な罪悪感に苛まれた。ジルーナの悲しむ姿が頭に浮かんだ。断る理由はそれだけで充分だった。


 ヴァンにはミオとどうこうなる前に解決するべき課題が四つあった。一つ、ヴァンが自分の気持ちを固めること。二つ、ミオとイリスには何の裏もないと確認すること。三つ、ストーカーを逮捕すること。四つ、ジルーナに報告し、許可を取ること。四つ目が何より重要で、ヴァンはそれを果たせなかった。第二の結婚が国民に対する反撃となることが分かっていながら、ジルーナが受け入れられる状況とも思えなかった。


 そして二つ目。彼女の接近が諜報部の策略である可能性。この真相も闇の中だ。


 仮にあの告白が最終目標だったのだとしたら、諜報部の意図が見えてくる。まさか国がヴァンとビースティアであるミオをただくっつけたがるはずがない。妻となってヴァンの秘密を聞き出すのが本命だろう。となれば彼女の好意は本音ではなくただの演技ということにもなる。


 とはいえこの推理はイリスが諜報員であるという根拠のない推測から立脚したものでしかなく、ただの杞憂かもしれない。しかし可能性がある以上は動けなかった。


 ……要は、ヴァンとミオには縁がなかったのだ。そう考えて忘れるしかない。そしてそんな風に投げ捨ててしまえるのなら、ヴァンの気持ちはまだ本物ではなかったのだろう。ジルーナを傷つけたくないという感情を上回る想いなんて、きっと今後も抱くことはない気がする。


「……よし。冷静に、冷静に」


 ジルーナの前では平然としていなくては。ヴァンは気を引き締める。そして引っ越しの準備をしている彼女に声をかけに寝室に入った。


「ジル。持っていきたい家具あるか? 一応あっちにも一式揃ってるけど」

「あ、えーっとね、食器棚とか服を入れてるカラーボックスとかは持っていきたいかも。中身ごとテレポートしたら楽でしょ?」

「あー、そうか。じゃあ収納系は全部そのままだな」


 言われてみれば確かに、中身を段ボールに移す手間がなくなる。ヴァンが魔法で何ができるかを熟知している妻ならではの発想だった。長く共に暮らしているだけある。────やはりこの子を、この子だけを大事にするべきだ。


 ────ふと、ヴァンの携帯が鳴る。


 一件のメッセージ。送り主はイリス・ハーミット。その内容を読んで、ヴァンは一瞬、大きく動揺した。ミオが体調を崩したらしい。そしてイリスは仕事から離れられないため、食べ物や飲み物を買ってあげてくれないかというお願いだった。……今更そんなことできるはずがない。


「ん? どうしたのヴァン? 何かあった?」

「!」


 しまった。突然のことで困惑が表情に出てしまった。


「また何か良くないことが起きたの?」

「いや、大したことじゃないよ」

「……ホントに? 今の反応はそうは見えませんでしたが。すっごい顔してたよ?」


 ジルーナはジトっとした眼でヴァンを睨んでいた。本当に鋭い人だ。根拠なんてなくても分かってしまうことがあるのだろう。


「私のためなのかもしれないけどさ、私は隠される方が嫌だから何かあったなら教えてくれない?」

「……ジルや俺が危ないってわけじゃなくて、俺が別に大変な目に遭うわけでもなくて、聞かない方がいい話だとしてもか?」


 卑怯かもしれないが知らずに終わらせてしまった方がいい。多少気持ちが揺らいだとはいえ、ヴァンはしっかりと彼女の告白を断ってきた。何ら悪さはしていないし今後もやり取りするつもりはない。何なら結局連絡先すら聞いていないのだ。だが、


「聞かない方がいいかどうかは私が決めたいの。だから一旦聞かせて」

「メチャクチャだ……」


 これ、言うまで引き下がらないやつだ。いずれ根負けして白状することになるのが目に見える。……まあ、いいか。悪さをしていないのなら堂々と伝えるのもありだ。


「……ハーミットさんからの連絡だ。ウィンザーさんが風邪を引いたから買い出しを頼みたいって」

「……え? 普通に行ってあげたら? ていうかヴァンってウィンザーさんの家の近くにもいるんでしょ?」


 ヴァンには行けない理由がある。それを説明しなければならなくなるのが、ヴァンが動揺した理由だ。


「ジル、実は……、俺ウィンザーさんに告白されたんだ」

「えぇ⁉︎」

「それで、断ってきた。だからもう彼女には会えない」

「で、でもそれじゃ護衛は……?」

「ストーカーの件も俺と会うための嘘だったらしい」

「……!」


 ジルーナはそのまま長い間考え込んだ。疑問も、言いたいことも、きっとたくさんあるだろう。ヴァンはじっと彼女の言葉を待つ。


「……どうして断ったの?」


 感情の読み取れないゼロの表情で彼女は尋ねた。


「ジルが好きだからだよ」

「でも──」

「分かってる。……次の結婚が重要なのは分かってるよ。それでもジルを裏切るみたいで嫌だった」


 ジルは困ったように眉を八の字にして固まった後、大きくため息をついて項垂れた。


「……そうだね、ヴァンはそういう人だよ」


 諦めたような、怒っているような、少し喜んでいるような、数々の感情が入り乱れてメチャクチャになったような声音だった。複雑な心境なのはヴァンだけではない。むしろ彼女こそだ。


「ヴァン、ちゃんと言うね。あ、いや、何回か言ってはいると思うんだけど、はっきりさせよう? 私はさ、ヴァンに他の人とも結婚してほしい」

「……」

「最近私元気なかったから、心配してくれたんだよね? でも、私は最初からずっと変わってないよ。結婚の条件だったでしょ?」


 ジルーナは手を後ろに組んで、少し視線を落としながら曖昧に笑った。


「私に遠慮して断ったならもう一回ちゃんと考えてみてよ。せめて買い出しくらいは行ってあげたら?」


 もう終わった話だ。断った手前彼女とはもう会えないと、ヴァンは結論づけていた。それに、ジルーナの件をクリアしてもまだ課題は残っている。


「ちょっとややこしいことになっててな。ウィンザーさんは諜報部の刺客かもしれないんだ。俺に接近して秘密を暴こうとしている可能性がある」

「えぇ?」


 ヴァンはイリス・ハーミットの異様な強さから説明を始めた。あれだけの実力を持っていて軍属ではないのなら諜報員だと疑ってしまうこと。そのイリスがミオと接触の機会を設けたこと。となればミオにも疑惑を持たざるを得ないこと。


「……随分困ったことになってたんだね。言ってよ、もう」

「言えないよ。ウィンザーさんが刺客だとしたら、俺たちの結婚を祝ってくれたのは俺に気に入られるための嘘だったってことになるんだぞ?」

「えぇー、それは聞きたくなかったかも……」

「ほら。聞かない方がいいかは俺が決めるべきだろ?」


 意趣返しを受けてジルーナはムムッと眉を歪めた。ヴァンは得意げに口角を上げた後、引き続き説明を続ける。


「まあほんの小さな疑いなんだが、ハーミットさんから買い出しのお願いが来たことで確率が上がった。ウィンザーさんともう会わなくなるとなった途端に機会を作ってきた。ハーミットさんとは今までほぼ連絡を取ってなかったのに」


「んー……そっか」


 これでもう会わないことは納得してくれるだろう。


 ヴァンはジルーナに第二の結婚の許諾をもらってなお、「今ではない」と感じていた。国政選を直前に控えて国中の批判がヒートアップし、逃げるように引っ越しの準備をしている最中だ。次の結婚を目指すとしても、ジルーナの心境が落ち着いてから、何も裏がない相手を探すことになるだろう。


 ────などと考えていたら、全く予想外の言葉が飛んできてヴァンは驚愕する。


「よし、じゃあ私がウィンザーさんのとこに行く!」

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